第二十六話「嘘が血を流す」
シクルル村は、二つの領地を結ぶ街道沿いにある小さな村だった。その日の夕方、村の西からメティルディン男爵家の兵およそ七十人、東からはナラブリット子爵家の兵百人近くが現れ、双方の隊長が村の中央で向かい合った。
「なぜこちらへ進軍されたのです?」
「それはこちらの台詞だ」
「我々は、ナラブリット子爵家が撤退命令を無視したと聞いております」
「こちらも同じだ。メティルディン男爵家が兵を戻さず、ここへ向かっていると」
二人は黙った。王家からの撤退命令は、双方に届いている。だがその後、相手だけが命令を破ったという新たな通達も届いた。そして今、目の前には本当に武装した相手がいる。
「……双方、ここで止まろう」
ナラブリット側の隊長が言った。
「王都へ確認を取る。それまで動かない」
「異論はない」
二人が馬を返そうとした、そのときだった。メティルディン側の一頭の馬が突然大きくいなないた。周囲の怒鳴り声に驚いたのか、後ろ脚で立ち上がり、そのまま兵列へ飛び込んでいく。
「危ない!」
ナラブリット側の兵が咄嗟に槍を構えた。穂先が馬の肩を掠め、騎手が地面へ投げ出される。
「攻撃された!」
「違う! 馬が暴れただけだ!」
だが、剣が抜かれた。
「待て!」
隊長が叫ぶが、金属同士がぶつかった。その音を合図にしたように、後ろの兵たちまで動き始める。
「剣を収めろ!」
「戦闘命令は出していない!」
誰も戦うために来たわけではなかった。それでも、目の前の相手が剣を振れば自分も防ぐ。仲間が倒れれば、その隣の者が前へ出る。嘘から始まったはずの争いが、本物へ変わっていった。
そのとき。
「狼煙だ!」
遠くの丘から煙が上がった。一本、続いてその先にも。王都から送られてきた緊急の停止合図だった。
「戦闘中止! 剣を収めろ!」
双方の隊長が叫び、少しずつ兵たちが離れていった。街道には、何人もの怪我人が残った。
「……負傷者は?」
「双方合わせれば、二十人を超えるかと」
「重傷者もいます」
「死者は?」
「今のところは」
二人の隊長は互いを見る。
「……何をしているんだ、我々は」
どちらの言葉だったのか。返事はなかった。




