第二十三話「本当に争う前に」
王都へ戻る途中、マリアナたちは街道の石橋で二つの部隊が睨み合っている場面に出くわした。双方合わせて二十人ほど。一方はガーダリン侯爵家と付き合いの深い領主の兵。もう一方はディフォン公爵家と縁のある領主の兵だった。
「そちらが兵を増やしているとの報せが来ている!」
「それはこちらの台詞だ! 王都から警戒するよう通達が来ている!」
一人が剣の柄へ手をかける。
「お待ちください」
マリアナの声に、兵士たちが振り返った。
「マリアナ・ガーダリンと申します」
一瞬、兵士たちは意味が分からないという顔をした。
「……ガーダリン?」
隊長らしき男が目を見開く。
「まさか、ガーダリン侯爵家の……?」
「娘ですわ」
ざわ、と兵士たちがどよめき、その隣へラドルフが進み出る。
「ラドルフ・ディフォンだ」
今度こそ、両陣営の空気が完全に止まった。
「ディ、ディフォン公爵家の……!」
先ほどまで剣の柄へ手を掛けていた兵士が慌てて手を離す。隊長たちは揃って背筋を伸ばし、深く頭を下げた。
「し、失礼いたしました!」
「構わないよ」
ラドルフは落ち着いた声で答える。兵士たちは顔を上げたものの、今度はマリアナとラドルフが並んで立っていることに戸惑ったようだった。
「その……両家は、争っているのでは……?」
「争っておりませんわ」
「父たちにも、その意思はない」
ラドルフが左右を見る。
「君たちは、相手が兵を動かしたと聞いてここへ来たんだね?」
双方の隊長が頷いた。
「このまま剣を抜けば」
マリアナが言う。
「最初は嘘だった話が、本当になってしまいますわ」
沈黙のあと、一人が小さく頷き、やがて反対側も続く。
「王都へ急ごう」
ラドルフが言った。
「思っていたより早い」
*
数日後。王都へ戻ったマリアナたちを待っていたのは、両家の父親と、各地から届いた大量の報告だった。
「やはり兵を増やした領主が何人もいる」
ガーダリン侯爵が言う。
「こちらも同じだ」
ディフォン公爵が続けた。
「互いが動いたという情報を信じてな」
「止めるようには?」
「すでに命じている。だが、両家だけで否定しても疑う者がいる」
五人はそのまま王宮へ向かった。案内されたのは、宰相の執務室だった。初老の宰相はすでに何枚もの書類を机へ広げていた。この国で起きる大きな問題の多くは、最後にはこの男の机へ集まってくる。
「状況はこちらでも把握しております」
「陛下の名で、両家に対立の事実がないことを各地へ知らせます。同時に、独自に増やした兵を元へ戻すよう命じましょう」
ディフォン公爵が頷く。
「王家から出す方が早いな」
「ええ」
宰相はさらに二枚の書類を示した。
「問題は、最初の報告です」
一枚にはガーダリン側が兵を集めているという内容、もう一枚にはディフォン側が兵を集めているという内容が書かれていた。
「どちらも政務院へ届いた報告をもとに、警戒通達が出されています」
「報告そのものが間違っていた?」
マリアナが尋ねる。
「その可能性が高いでしょう」
「誰が送ったんです?」
ラドルフが聞く。
「現在、確認中です」
宰相は静かに答えた。
「偶然の誤報ならよいのですが、そうでなければ――誰かが両家を意図的に争わせようとしていることになります」
マリアナは机の上の書類を見る。旅先で感じていた違和感が、ようやく王都まで繋がった。
「調べましょう」
マリアナが言った。
「誰が始めたのか」
「もちろんです」
宰相は静かに頷いた。




