第二十二話「王都からの警告」
白い門を抜けた頃には、東の空が僅かに白み始めていた。三人が野営地へ戻って振り返ると、ラグナシアの灯りが一つ、また一つと消えていく。
「始まりましたわ」
中央広場の噴水が止まり、白い塔がゆっくりと沈み始めた。建物も回廊も、巨大な門も少しずつ砂の中へ戻っていき、最後に残った一番高い塔の先端を朝日が照らし、それもやがて消えた。そこにはもう、昨日までと同じ砂海しかない。
「……なくなってしまいましたわね」
「ああ」
マリアナはそっとポケットへ手を入れた。指先に触れる小さな青い結晶の中を、細い黄金が走っている。ラグナシアは消えてしまったけれど、三人で見たものまで消えたわけではない。
「来てよかったですわ」
「ああ」
ラドルフの返事には迷いがなかった。
*
その日は昼過ぎまで眠り、日が傾き始めた頃、三人はサハルディアへ戻る隊商とともに野営地を発った。砂漠を渡る隊商は暑さの厳しい昼間を避け、夕方から夜、そして朝の涼しい時間に進む。翌朝、空がすっかり明るくなった頃に隊商の速度が落ちた。
「あら?」
マリアナが前を見ると、遠くに人が集まっていた。進路を横切るように簡素な柵が置かれ、その前には十人ほどの兵士が立っている。
「行きにはございませんでしたわよね?」
「なかった」
前方では商人たちが不満そうな声を上げていた。
「全部開けろっていうのか?」
「王都からの命令だ。大量の武器や兵糧を運んでいないか確認する」
ラドルフの表情が変わった。
「王都から?」
三人は兵士の隊長に話を聞いた。届いた通達には、ガーダリン侯爵家と関係の深い複数の領主が兵を集め始めている可能性があるため、街道を警戒するよう記されていた。
「昨日の朝、政務院から正式な伝令で届きました。印も間違いありません」
隊長が言う。マリアナは隊長が見せた書状に目を落とした。
「お父様が兵を集めているわけではないのですね?」
「ああ」
ラドルフが答える。
「だが、ガーダリン家に近い領主が動いているという警告だ」
三人が天幕を出たところで、荷を調べられていた商人の声が耳に入った。
「南じゃ逆だったぞ。ディフォン側が兵を集めているって警告された」
ラドルフが足を止める。
「それも王都から?」
「ああ。向こうの検問所もそう言ってた」
マリアナとラドルフは顔を見合わせた。一方にはガーダリン側を警戒するように、もう一方にはディフォン側を警戒するように、どちらも王都から正式な通達として届いている。
「……もう、ただの噂ではありませんわね」
「ああ」
ラドルフの声が低くなる。
「誰かが違う情報を、別々の場所へ流している」
*
野営地を発って二日後、三人がサハルディアへ戻ると、宿にはマリアナとラドルフ宛てにそれぞれ父親からの手紙が届いていた。
「ラドルフ様」
「こちらも同じだ」
ディフォン公爵自身は兵を集めていないけれど、ガーダリン側が攻めてくるという噂を信じた領主たちが、独自に兵を増やし始めている。ガーダリン側でも同じことが起きていた。最初は噂だったが、相手が動いたと信じた者たちが本当に兵を動かし始めている。
「このままでは、本当に争いになりますわね」
「ああ」
マリアナは机の上の旅行記を見る。まだ見たい場所はいくつもあるけれど、その手を伸ばすことなく表紙を閉じた。
「旅を、少しお休みにいたしますわ」
「いいのかい?」
「よくはありません」
マリアナは素直に答えた。
「まだ見たいものが、たくさんございますもの」
そして父から届いた手紙を見る。
「でも、このままでは本当に誰かが傷つきます」
道を変える商人、増える検問、止められる荷馬車。そうしたものを、街道で何度も見てきた。
「誰が何をしているのか、確かめます」
「王都へ戻る?」
「はい」
マリアナは旅行記を鞄へしまった。
「きちんと片づけてから、続きを見に参りますわ」
旅を終わらせるわけではない。少しだけ、寄り道をすることにした。




