浅原さんとお買い物です
今は期末考査二日目の帰り。社会と理科を終えて疲れ切っている浅原さんを家まで送っている最中だ。
「ね、バナナっておいしいよね」
疲れ切ってしまった浅原さんが少しだけ壊れてしまった。少しどころじゃないけど、ここまで壊れた人を見るのは意外と面白い。
浅原さんはくるくると回りながら帰り道を進んでいき、たまに電柱に当たりキレている。近所の酔っぱらいのおじさんを見ている気分だ。
「浅原さん、落ち着いてください」
「落ち着いてるよ」
「落ち着いてないからこうなってるんでしょうが」
一回鏡で自分を見てほしい。今自分がどれだけおかしいかを理解できるはずだから。そういえばここまで壊れてるけど、浅原さんは何を頑張ったんだろう。覚える系の得意教科ばかりだったと思うけど。
「浅原さん落ち着いてください。一体どうしたんですか」
「いやね、英語を頑張ってるんだよ」
「あ〜なるほど」
確かに英語なら頑張らないといけない。覚える系の教科が得意そうな浅原さんでも、英語は文法とかあるから頑張らないといけない。
「そうだ、宮坂君」
「何ですか?」
「海行こうよ」
「今からですか?」
今から海となると特に何かできるわけではない。水着がないと泳げないから、できるとしてもせいぜい波打ち際を歩くくらいしかできないと思うけど。
いや、おかしくなっている浅原さんのことだ制服で泳ぎだす可能性もある。そうなってしまったら助けられない。
「違うよ、夏休みに行こうよって」
「夏休みですか、他の誰かも誘いますか?」
「誘える友達私たちにいる?」
とんでもなく大きな槍を体に突き刺された感覚がした。確かに教室でいつも一人でいるけどそこまで言わなくたっていいじゃないか。というか浅原さんにはいるだろ。
「とりあえず私が言いたいのは水着がないよねってことなのですよ」
「なるほど」
「それで、一緒に買いに行きませんかってことなのですよ」
「そうですか、僕は行きませんよ」
「え~やだやだ一緒に行く一緒に行く」
こうなってしまった浅原さんはだれにも止められない。浅原さんのお母さんの苦労もなんとなくわかる気がする。会ったことないけど。
しかし水着か、確かに持っていないな。まあ海に行くってことだし普通の水着で大丈夫だと思うけど、そこまでして一緒に行きたい理由はなんだ。
「何で一緒に行きたいんですか」
「宮坂君の好みが知れる!」
「お帰りください」
確かに僕にもフェチくらいはあるけどそこまでして知りたいことでもないだろう。知ったとしてどうするんだ。
「いいじゃんどうせ暇なんだから」
「それを言われたら何も言えないじゃないですか」
休みの日は当然ゲームして勉強してゲームするだけの日だけど、別にそれが暇だと言われると……確かに暇だ。まずい、反論できなくなってしまった。
こうなってしまったらもう負けだ。浅原さんこういう交渉系はうまいんだよな。
「はぁ……わかりました」
「やったぜ」
「いつにしますか?」
「今週の日曜日はどうでしょう」
「わかりました」
ついに予定が決まってしまった。久しぶりに自発的に外に出る。学校に行く以外で自発的に外に出ることはあまりなかったから、案内は浅原さんだよりになってしまう。
「じゃあ日曜日ね」
「はい」
夏休みの予定がどんどん充実していく。今まで夏休みを使ってやっていたことといえば積んでいたゲームの処理をしていたくらいだった。
浅原さんがいてくれて、どんどん日常が潤っていく気がする。
「お、来た来た」
ついに日曜日になった。ファッションなんぞわからないからとりあえずあった服で行くことにした。浅原さんを見てみると、紺色っぽいシャツみたいなやつに黒のロングスカート? をはいて、手には手提げバッグを持っている。
「宮坂君や、女の子とデートに行くというのにその恰好はどうかと思うぞ」
「長年外に出てなかったんですよ」
「言い訳は聞きません。多めにお金持ってきてたからそれで買おうではないか」
服を買わされるのはいいんだけど、これで貸しが一つできてしまっていることに怯えなくてはならないことが少し怖い。
まあまともな服の一つや二つくらいは持っておいても損はないか。僕は多分大学に進学するだろうし、その時に着れる服だとでも思っておこう。
「今日はあそこのショッピングモールに行くからね」
「わかりました」
結構大きめのショッピングモールだ。こういうのは田舎限定とか聞くけど、実際のところどうなんだろうとか関係ないことを考えてしまう。
「宮坂君はどんな水着が好き?」
「言いませんよ」
「え~もしかしてえっちなやつとか」
「違います」
「でもまずは服屋さんね」
話をしながら歩いていると、いつの間にか浅原さんの目的である服屋さんについた。少し待っててと言われ、浅原さんはどこかに行ってしまった。
「宮坂君にはこれが似合うと思うんだよね」
そう言って渡してきたのは女性物の服だった。女性ものの服ではあったが、男性が着ても違和感がないような物ばかりが自分の手元に加えられていった。
「好きな組み合わせ一つ選んで」
「これですかね」
唯一の男性ものっぽい物であり、比較的暗い色合いのものが好きなため、そういう黒を基調としているものを選んだ。白いティーシャツの上に黒い薄手の上着があり、下には黒いジーパンを選んでいる組み合わせのものだ。
「着替えたー?」
「はい」
当然だが試着をする。こういうおしゃれと呼ばれる服装を一度もしたことがなかったからか、少しだけ緊張してしまう。何事にも初めてはあるというが、ここでこんな緊張をしていることに少し恥ずかしさを覚える。
「どうでしょう」
「もー前は閉めない……よし、これでおっけ~ちょっと待ってて」
浅原さんは店員さんを呼びに行ってしまった。多分これを今日は着て過ごすことになるんだと思う。お金を返せばこの借りは消えるだろうか。いや、浅原さんのことだから『お金はいらないからいつかなんかやってよ』とか言ってきそうだ。
「これを着たままで行きたくて」
「とてもお似合いですね、かしこまりました」
「会計してくるからあそこのベンチで待ってて」
「わかりました」
ベンチで座って待っていると、浅原さんが紙袋を持ってこちらに向かってくるのが見えた。浅原さん自身も何か買ったんだろうか。
「いや~あれ一つだけだったらこの先大変そうだと思ってもう一組買っちゃった」
「ありがとうございます」
「この借りはいつか清算してもらうからね」
やはり何かされることは確定しているらしい。そんなことを気にする間もないままもう水着が売っている店にたどり着いてしまった。
水着に関しては特に何もファッション的なやつはないだろうし、適当に選んでおこう。
「じゃあ探してくる」
「僕はこれにします」
「早いな~じゃあここで待っててよ」
会計に行くことを許されないままその場で待たされることになった。そういえば海とはどこの海に行くんだろう。近所の海に行ったところで何もないし、どこかのアトラクションがたくさんある感じのプールにでも行った方がいいと思う。
そっちの方がいろいろ楽しめると思うし、思い出も残りやすいだろうし。誰かと出会う確率は上がるだろうけど、まあ僕たちのことを意識している人なんていないだろうし。
「これとこれどっちが好き?」
「どっちでもよくないですか? それに浅原さんの好みのものを選べばいいじゃないですか」
女性物の水着にとやかく言うのには少し抵抗がある。去年くらいの夏、いとこに同じことを聞かれて何か答えたら『え~こっちの方が可愛い~』とか言いやがったので、何も答えないことが得策ではと思うようになってしまった。
「いやいや宮坂君、乙女心がわかってないね~とりあえず選んでみなさいって」
「えっとじゃあ右ですかね」
「へ~意外と露出すくないのが好きなんだ。もう一回選んでくる」
それから浅原さんは似たような水着を持ってきてはどちらかを選ばせてきた。同系統の違う色をしているやつ、同じ色のちょっと露出多いやつ。それはもういろんなものを持ってきた。
「これで最後! どっち?」
「左ですかね」
大体十回くらい繰り返してようやく決まったのは、水色がかった腹の部分に穴が開いている水着だった。
「いい買い物をしたね~」
「僕はほとんど選んでないですけどね」
実際イスに座って浅原さんの指示を聞いていただけな気がする。もうちょっと自分で何かしら調べて買ったりしてみようかな。
「私は楽しかったよ、宮坂君は楽しくなかった?」
「まあ、楽しかったですね」
「ちょっと照れたでしょ」
こんな風に服なんかを選ぶのに楽しみを見出したことはなかったが浅原さんがいたからだろうか、いつもと違う雰囲気で楽しめた。これから先の夏祭りと海がより一層楽しみになった。




