浅原さんと終業式です
時間が経つのはいつも早い。気づいたら二時間経っているなんて経験もある。
月日も似たようなもので、ついこの間入学式があったと思ったらもう夏休みになっている。
「夏休みだね」
「そうですね、やっと休めます」
「何から休むんですかね」
少しだけ怒りながら浅原さんが言っているように聞こえる。浅原さんが感じていることに間違いはないし、間違っているとも言える。
「海以外に行きたいとこある?」
「特にないですね。いつも通り家でゴロゴロしていたいです」
「正直すぎない?」
誰しも夏休みは家でゴロゴロしたいに決まってるだろ。遊びに行くことは多少あっても基本的には家にいる。
楽しみなものは楽しみだが、そんなに遊びに行っているとお金も無くなる。
「逆にどこに行きたいんですか?」
「夏祭りには行くし……やっぱり宮坂君の家しかないかな〜」
「何をどうしたらそうなるんですか」
「まあ、ねっ」
こっちを見てグッドマークされても何もわからない。何をどうしたら僕の家に行くことになるんだ。そもそも僕の家に来たところで、特に何かあるわけでもないのに。
「ダメなものはダメですって言いましたよね」
「そろそろ良くない?」
僕もそろそろいいと思っているが、何をしでかすかわからない以上この人を家に入れたくはない。
「えっちなものでも隠してるの?」
「そんなわけないでしょう」
「ふむ、顔を逸らさないか......嘘じゃなさそう」
「何を分析してるんですか」
そんな癖はないと思ってる。確かに嘘をつく時何かしらの動作をする人もいるだろうけど。
でも、どうなんだろうか。大体三ヶ月経って週に一度くらいのペースで家に来たいと言っている。もしかしたら、僕の家に一回来たらもう言ってこなくなるんじゃないかとか考えたりすることもある。
「どうしてもダメ?」
そろそろ僕が折れるべきなんだろうか。だが、それは僕のプライドが許さないと言っている。
「勝負しましょう」
「お、珍しいね宮坂君から勝負仕掛けてくるなんて」
「今日はそう言う気分です。僕に勝てたら家にいてもいいですよ」
「絶対勝つ!」
いつもと雰囲気が全く違う浅原さんがそこにいる。猛獣にでも見られているかのように感じる気迫だ。こんなに真剣な浅原さんは見たことがない。それなら勉強の方にも毎回こんな感じだったらいいのに。
勝負の舞台はゲームセンターのホッケー。僕が小さい頃、ここに来ると必ず遊んでいたやつだ。小さい頃は、よくお母さんとお菓子をかけて勝負してたっけ。でも今は僕の家に浅原さんが来るかをかけた勝負だ。絶対に負けられない。
「宮坂君が勝ったらどうしようか」
「そうですね……あ、浅原さんのおすすめの本を一つ買って僕に下さい」
「そんなのでいいの? まあいいや、とにかく始めよう」
始まる前から勝ち誇った顔をしているが、その顔をすぐにでも崩してみせる。なぜなら僕はホッケーで一度も負けたことがない。相当の自信をもってこのホッケーに挑んでいるから、そもそも負けられない。
両者お金を筐体に入れ、おそらく今までの人生で一番負けてはならない勝負が始まった。
「ふんっ」
「甘いですよ」
数回打ち合って一点を先制することができた。だが、問題はここからだ。浅原さんはホッケーを数回やった程度の初心者ではない。おそらくこれまでにたくさんの人と対戦してきて、それなりに勝ち続けている人だろう。
「ああ……」
「よしっ宮坂君も甘いんじゃないの~」
時間は過ぎ、着々と点を重ねていく浅原さん。今の点数は五対六で、浅原さんがあと一点取ったらもう勝負が終わってしまう。僕だって男だ、これで負けて二回先に勝った方が……とか言いたくない。
最後の一点を譲るわけにはいかず、何分経ったかわからないくらい打ち合っている。まだ一分もたっていないかもしれないし、もう五分くらいたったかもしれない。そのくらい打ち合っていたその時。
「お兄ちゃんたちすごーい!」
どこからか現れた子供が足元に近づいてきた。平日でさらに夕方の六時くらいだというのに、子供がゲームセンターにいるという事実と足元に近づいている緊張で、手が狂ってしまう。
「そこだ!」
「くっ」
少し動揺したところを狙われ、針の穴に糸を通すようにゴールを決められた。これで五対七、この筐体は九点先取で終わりではなかったから、これで僕の負けになってしまった。
子供に恨みはないが、この子の親はもう少し子供から目を離さないでほしかった。いろんな意味で。
「ちょっと卓也、勝手にどこかに行かないの。アイス買いに来ただけでしょ……って宮坂君?」
「先輩、こんなところでどうしたんですか?」
そこには中学時代の部活の先輩、谷口先輩がいた。特に接点もなく過ごしていたが、服装が浅原さんと似ているからおそらく同じ高校だろう。
「お久しぶりです、同じ学校だったんですね」
「え?! そうなの! これはびっくりだな~」
勝負のことを忘れて、久しぶりに出会った先輩との会話に夢中になっている。先輩がいなくなってからの中学のことと、今までどんな風に過ごしていたのか、そして先輩が今所属している美術部への勧誘も。
浅原さんが頬を膨らませながらこちらを見ているとも知らずに。
しばらく話していると、少し大きな足音が聞こえてきた。大音量で音が鳴るゲームセンターにもかかわらず、その足音はドシドシと鮮明に聞こえてくる。
そしてその足音は僕の背後で止まった。僕は腕を引かれ、ホッケーの場所とは少し離れたクレーンゲームコーナーの入り口に立たされた。少しだが会話が聞こえてくる。
「あな……か? 宮は……私……ど」
「……え?!」
「あっ……い……にっ」
会話はこれ以上聞き取れなかったが、浅原さんが少しだけ顔を赤くしながらこっちに歩いてくる。そして先輩はというと、少しだけニヤニヤしている。先輩に言うことではない気がするが、気持ち悪い顔をしている。
「浅原さんがね……」
「だー! それは言わないでください!」
いったい何の話をしたらそうなるんだろうか。多分僕には関係ない話だろうが、浅原さんが顔を赤くするほど恥ずかしいこととはいったい何だろう。気になる。
「浅原さんが何ですか?」
「どうする? 言っちゃう?」
「やめてください、私からちゃんと言います……」
「気になります、何を言うんですか?」
「夏祭りの日に言うから待ってて!」
そうして浅原さんは逃げるようにここから立ち去って行った。そういえば外は今雨が降っていた気がするけど、そのあたりはどうするんだろうか。
「折り畳みなかった……」
やっぱり戻ってきた。この間は僕が無理やり浅原さんの傘の中に入れられていたが、今日は浅原さんが僕の傘に入ることになってしまった。
「じゃあ、私たちはお邪魔だろうし帰っちゃうね」
「邪魔じゃないですよ、帰る方向も同じですから、一緒に帰りましょう」
「ううん、卓也のアイスも買わなきゃだし」
「それなら仕方なですね」
現在時刻は六時半。雨はパラパラと降っていて、調べてもこの先こういう雨が続いていくらしい。そういえば、この間行った駄菓子屋にまた寄って帰ってみようか。
「宮坂君」
「何ですか?」
「あの先輩とは……どういう関係なの?」
「中学時代の部活の先輩です。美術部でした。それはもういろんなことを教えてもらいましたよ」
絵を描くこと自体初心者だった僕だが、先輩の教えのおかげであの場所で描いた絵を、人に良い絵だと言われるほどにまで成長した。
暇な時間に落書きをするときも、下手だったら嫌だと感じていた絵がちゃんと書けるようになってすこし楽しくなったりもした。
「いろんなこと……そ、それは恋愛とかも?」
「そんなことはなかったですね。先輩が告白されている話はよく聞いていましたけど」
先輩はモテモテだった。まあ、美術部で美人で黒髪ロングとか男子が好きになる要素をてんこ盛りしたような人だったから仕方ないところもある。
「そうなんだ……じゃあ宮坂君に彼女がいたことは?」
「ないです。そもそも浅原さんが初めての女子の友達ですよ」
「そ、そうなんだ……えへへ」
最近浅原さんがおかしい気がする。おかしいのはいつものことなのだが、おかしいのベクトルが少しだけ違う。今だって僕に彼女ができたことがないことを知って少しだけ笑っている。そんなことをされると少しだけ傷ついてしまう。
それに今ちらっと浅原さんの方を見てみたが、ガッツポーズっぽいこともしていた。本当に僕のことを何だと思っているんだ。
「何か用?」
「いや、何でもないです」
雨の中、ほとんど人が通らない道を進みそのまま家へと帰っていく。あの後も会話を続けたが、浅原さんはあの質問の後、機嫌が良くなったのか、声色が明るかった。




