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悪役貴族、善政で殴り合う  作者: Rien
第二部 国家危機編
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第3話 仮面を脱ぐ暇もなく

不作は広がり、街道には魔物が現れ、物価は跳ね上がった。


二人は、悪役を演じる余裕を失った。


執務室で、ルシアンは立ったまま指示を飛ばしていた。


「食糧を確保しろ。備蓄を開放し、輸送路を死守しろ」


「民を逃がせ。領地の損失は後で考える」


別の部屋では、カイルも同じだった。


「医療施設を増やせ! 治療に必要な物資は惜しむな!」


どの指示にも、策略はなかった。嫌がらせも、悪役の演技もなかった。ただ、人を救う言葉だけがあった。


そして周囲は、それを聞いていた。


作戦室に集まった部下たちが、静かに頷き合う。


「食糧を平等に配れ、とは。民を飢えさせず、国家への依存を強める長期支配策ですな」


「貴族の備蓄を徴発しろ、とは。反抗的な貴族の力を削ぐ粛清ですね」


「避難民の受け入れは、救った民を新たな忠誠勢力に組み込む策。医療施設の増設は、労働力と兵力を維持するための国家改造です」


ルシアンは顔を上げた。


「……違う。いや、違わなくはないが、そうではなく」


訂正している余裕はなかった。部下たちはすでに動き出していた。役人は徴発対象の貴族の名簿を作り終えていた。騎士団は避難民の受け入れ先を確保していた。商人たちは、指示を待たずに荷馬車を走らせていた。


「閣下のご意図を汲み取りました」


「……そこまでやれとは言っていない」


「ご謙遜を。すべては閣下の深謀遠慮と理解しております」


その夜、公爵邸の廊下で、セバスとマルタが顔を合わせた。


「旦那様方は、お気づきなのでしょうか」


「何にです」


「我々が、お二人を悪役として扱っていることに」


マルタは、小さく笑った。


「気づかれたら、お二人は動けなくなりますよ。あの方々は、悪役でいらっしゃる時が、一番の本領を発揮されますから」


「ならば我々は、全力で悪役に仕立てて差し上げましょう」


二人の有能な部下は、静かに頷き合った。

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