第3話 仮面を脱ぐ暇もなく
不作は広がり、街道には魔物が現れ、物価は跳ね上がった。
二人は、悪役を演じる余裕を失った。
執務室で、ルシアンは立ったまま指示を飛ばしていた。
「食糧を確保しろ。備蓄を開放し、輸送路を死守しろ」
「民を逃がせ。領地の損失は後で考える」
別の部屋では、カイルも同じだった。
「医療施設を増やせ! 治療に必要な物資は惜しむな!」
どの指示にも、策略はなかった。嫌がらせも、悪役の演技もなかった。ただ、人を救う言葉だけがあった。
そして周囲は、それを聞いていた。
作戦室に集まった部下たちが、静かに頷き合う。
「食糧を平等に配れ、とは。民を飢えさせず、国家への依存を強める長期支配策ですな」
「貴族の備蓄を徴発しろ、とは。反抗的な貴族の力を削ぐ粛清ですね」
「避難民の受け入れは、救った民を新たな忠誠勢力に組み込む策。医療施設の増設は、労働力と兵力を維持するための国家改造です」
ルシアンは顔を上げた。
「……違う。いや、違わなくはないが、そうではなく」
訂正している余裕はなかった。部下たちはすでに動き出していた。役人は徴発対象の貴族の名簿を作り終えていた。騎士団は避難民の受け入れ先を確保していた。商人たちは、指示を待たずに荷馬車を走らせていた。
「閣下のご意図を汲み取りました」
「……そこまでやれとは言っていない」
「ご謙遜を。すべては閣下の深謀遠慮と理解しております」
その夜、公爵邸の廊下で、セバスとマルタが顔を合わせた。
「旦那様方は、お気づきなのでしょうか」
「何にです」
「我々が、お二人を悪役として扱っていることに」
マルタは、小さく笑った。
「気づかれたら、お二人は動けなくなりますよ。あの方々は、悪役でいらっしゃる時が、一番の本領を発揮されますから」
「ならば我々は、全力で悪役に仕立てて差し上げましょう」
二人の有能な部下は、静かに頷き合った。




