第4話 悪の組織、自発的に完成す
翌日から、悪の組織は勝手に完成していった。
商人たちが列をなして屋敷を訪れた。
「閣下の覇道を実現するため、我が商会の荷馬車を、すべて差し出します!」
農民たちは備蓄の穀物を荷車に積んで現れた。
「この国を掌握するための食糧でございます! どうぞお使いください!」
役人は不正を働く貴族の名簿を提出した。
「閣下の敵を排除するため、証拠はすべて揃えました」
騎士団は、最も危険な魔物の巣への任務に、自ら志願した。
「閣下の覇道の礎となれるなら、本望です」
全員が、悪役らしい大義を掲げていた。誰一人、自分を善良な協力者だとは言わなかった。
二人は困惑しながらも、その力を受け入れた。
「……好きに解釈しろ。今は国を救うのが先だ」
「ついに、我々にすら真意を明かされなくなった」
「さすがは閣下……」
部下たちは感激し、さらに忠誠を深めた。
ガルドの元盗賊たちは、橋と避難路をすべて押さえた。老人の炊き出し団は、「黒の炊き出し団」を名乗って全国を回った。ルシアンとカイルは、買い手のつかない国債を、競うように買い占めた。財務官は泣きながら、「国を債務で縛る恐るべき支配ですな」と言って頭を下げた。
国債を買い続けるには、金がいる。工作資金など、とうに使い切っていた。足りない分は、二人が自分で作った。
「家宝をすべて売却しろ」
「閣下、それはグラウスト家三百年の歴史そのものです」
「歴史で民の腹は膨れん。金に換えろ」
「……ご自身の家の誇りすら、支配の資金に変えるおつもりか」
「ああ、非道だろう。これが悪というものだ」
競売場には、勲章も魔剣も歴代当主の肖像画も並んだ。落札した商人たちは、口を揃えた。
「あの方々は、本気で国を獲るつもりなのだ」
カイルは鉱山と森林の採掘権を売り払い、爵位の独占営業権まで金に換えた。「悪党は金を寝かせねえんだよ」と笑い、商人ギルドから莫大な借金もした。
ギルドの長老は、震える手で判を押した。
「商いそのものを、丸ごと奪い取る気か……」
二か月後、魔物の大群が王都を包囲した。
国軍は疲弊し、食糧は底を突きかけていた。その夜、セバスが静かに告げた。
「旦那様。今ならまだ、領地へ戻れます。領民と資産は、確実に守れます」
カイルの屋敷でも、マルタが同じことを言っていた。
二人は、それぞれ長い沈黙のあと、よく似た言葉を口にした。
「……王国が滅べば、救った領民の未来も消える。非合理だ」
「俺の投資先を、勝手に潰させてたまるか」
最後に残ったのは、城だった。
「旦那様。城まで入れれば、戻る場所がございません」
「国が残ってから考える。入れろ」
同じ夜、カイルも自分の城の権利書を、黙って机に置いた。
領地の収益と私財のすべてに加え、城と領地の一部まで担保に入れ、二人は最後の資金を王都へ送った。
セバスは無言で一礼し、すでに用意してあった担保の書類を差し出した。
「王国を経済的に支配するために、城すら賭けるとは……」
廊下の部下たちは、震えながら頭を下げた。
王都の城壁の上。魔物の群れを前に、二人は並んで立った。仮面を脱ぐ暇もなかったはずの二人の口から出たのは、染みついた悪役の台詞だった。
「この国は、我々の投資対象だ」
「なら、こう言うしかねえな。我々の許可なく、滅びることは認めん!」
城壁の下で、兵士たちが顔を上げた。
「あれが……悪役貴族……」
「悪役が、俺たちを守りに来たのか……」
誰かが泣き出した。誰かが武器を握り直した。
二人は剣を取らなかった。勝負は、すでに後方で決まっていた。
黒い荷馬車の列が、夜通し物資を運び続けた。ガルドの警備隊が避難路を守り、市民を逃がした。黒の炊き出し団が、兵士たちに温かいスープを配った。医療物資が前線へ届き、国債の資金が防衛と復興の費用をつないだ。
悪役の戦い方は、補給である。
食糧と医療を得て持ち直した国軍は、魔物の大群を押し返した。夜明けとともに、王都を囲んでいた影は退いていった。




