第6話 答え合わせ
その夜、公爵邸の応接室にカイルが乗り込んできた。
「話がある。今すぐだ」
「奇遇だな。私もだ」
二人は人払いを済ませ、テーブルを挟んで座った。それぞれが持参した報告書の束を、同時にどさりと置く。
カイルが一枚目をめくった。
「ルシアン。お前、俺の領地の盗賊ギルドを買収して警備会社にしたのは、お前の指示か?」
「そうだ。貴様こそ、我が領地に魔導農具と灌漑設備を匿名で配ったのは?」
「俺だ。お前、街道の整備と孤児院の建設も?」
「私だ。貴様は療養所と薬草園、それに新種の小麦まで?」
「俺だ。……待て」
二人は報告書を見比べた。支出の時期、偽名、資金の流れ。点だった情報が、次々と一本の線につながっていく。
「……お前、悪事のつもりだったのか?」
「貴様こそ、嫌がらせのつもりだったのか?」
「俺は、お前を善人に仕立てて、最後に『その名声は俺の仕込みだ』と公表するつもりだった。お前の功績を、俺の策略の証拠に変えてやるつもりだったんだ」
「私も同じだ。貴様を名君に祭り上げ、最後にすべて私の掌の上だったと明かす。貴様が誇るものを、私の手柄にしてやるつもりだった」
沈黙が落ちた。
「つまり……」
「つまり、我々は……」
二人は同時に頭を抱え、椅子からずり落ちた。
「悪のカリスマになるはずが……」
「人類の宝、と呼ばれている……」
窓の外から、領民たちの歓声が聞こえた。『二人の名領主、万歳!』。王宮から戻った二人を祝う声だった。
長い沈黙のあと、カイルが床に座ったまま口を開いた。
「……お前の領地の治安改善、悔しいが完璧だった。元盗賊たちの雇用まで考えていたのは、正直、俺には思いつかなかった」
「貴様の農業改革も見事だった。農具を配るだけでなく、流通と保守まで組み立てた。あれは簡単に真似できない」
「褒め合ってる場合か?」
「そうだな。これは敗北の確認だ」
ルシアンは床から立ち上がり、眼鏡の位置を直した。冷徹な瞳の奥で、別の闘志が燃え始めていた。
「ベルナード。決めたぞ」
「なんだ、グラウスト」
「悪役として勝つことは、ひとまず諦める。だが、善政で貴様に負けることだけは許さん。次は私が、より多くの領民を豊かにしてみせる」
カイルは口元をゆがめた。
「奇遇だな。俺も同じことを考えてた。次は医療だ。お前の自慢の治安なんて、健康な領民の前じゃ霞むぜ」
「望むところだ」
二人は握手した。ぎりぎりと音がするほど強く。
翌月、王都の劇場では新作が幕を開けた。二人の領地を取材した脚本家が、彼らの功績をもとに書き上げた大作である。
題は『慈悲深き二人の大賢侯』。
客席の隅で、変装した二人は舞台を見つめていた。舞台上では、二人をモデルにした主人公たちが、民を救うために手を取り合っている。
「……悪役、どこ行った」
「知らん。次の領地改革の話をしろ」
二人の善政競争は、まだ始まったばかりである。
(了)




