第3話 増え続ける工作資金
三か月後。ルシアンは執務室で帳簿を見つめていた。
「……増えている」
元盗賊の警備会社は、ルシアンが出資者となった「ルー商会」の傘下にある。治安が改善したことで、護衛契約を求める商人が殺到していた。その契約料が配当として、秘密の工作資金の口座に戻ってくる。商業ギルドからは、警備体制への謝礼まで届いていた。
支出した額の三倍。しかも、まだ増えている。
「ありえん。善政が利益を生むなど、悪の計画として出来がよすぎる。ベルナードめ、裏で何か仕掛けているな」
ルシアンは帳簿を閉じた。自分の施策が成功したという可能性は、最初から検討対象に入っていなかった。
同じころ、カイルはマルタの報告を聞いて、椅子から半分立ち上がっていた。
「旦那様。魔導農具と灌漑設備の導入で、公爵領の農業生産が大幅に増えました。炊き出しを拠点に食料の流通網も整い、余剰作物を売買する商人が集まっています。結果として、旦那様のダミー商会にも利益が戻っております」
「待て。タダで配ったのに儲かってるのか?」
「はい。農家の収入が増え、周辺の店も潤っています」
「ルシアン……あの男、領民に何を仕込んだ……!」
二人は別々の部屋で、同じ結論に至った。相手は、自分の想定を超える悪事を働いている。自分の知らないところで、もっと大きな仕掛けが動いているに違いない。
ルシアンは様子を探りに、変装して街道の詰所を訪れた。制服姿のガルドが、背筋を伸ばして敬礼した。
「旦那! おかげさんで、うちの娘が学校に通い始めましてね。字を覚えたって、手紙を書いてくれたんでさあ」
「……そうか。将来の治安維持コストを下げる投資だ。礼など要らん」
ルシアンはそっぽを向いた。耳が少し赤かった。
同じころ、公爵領の村では、あの老人が自分の屋台を出していた。
「ケン様、今度は私がご馳走する番ですじゃ。たんと召し上がれ」
「……堕落の進行具合を確認しているだけだ。おかわり」
カイルは三杯目を平らげてから、ようやく自分が何をしているのかに気づいた。
二人は負けじと、次の手を打った。ルシアンは街道を整備し、孤児院と学校を建てた。セバスが費用対効果を示すと、「将来の支配コストを削減するだけだ」と言って予算を増やした。カイルは療養所を開き、薬草園を拓き、新種の小麦の開発に出資した。マルタが収益予測を示すと、「長期的な利益を見込んだ経済的嫌がらせだ」と言って追加資金を渡した。
使った金は、領地を豊かにして戻ってくる。戻ってきた金は、次の施策に使われる。
二人はその循環を、恐るべき悪の増殖と呼んだ。領民たちは、暮らしが少しずつ良くなっていくことを、ただ喜んでいた。




