第2話 秘密の善行開始
ルシアンは商人の「ルー」に変装し、カイルの辺境伯領へ入った。
狙いは、街道を荒らす盗賊ギルドである。彼らを取り込んで街道の治安を完璧にし、商人が集まって領地が繁栄すれば、カイルは名君として称賛されるだろう。最後に「すべて私の仕込みだ」と明かせばいい。相手の名声を、自分の手柄に変える。実に悪辣な計画だった。
「頭目のガルドだな。貴様らを、私の『ルー商会』の傘下に買収する」
「へえ。仕事の依頼ですかい?」
「今日から合法の警備会社として働け。報酬は相場以上に払う。住民への略奪は一切禁止だ」
ガルドは目を瞬かせた。
「……旦那、それは悪事ですかい?」
「悪事だ。貴様らから、悪党という生きがいを奪うのだからな」
「俺たちみたいな連中に、まっとうな仕事をくれるってんですかい……」
ガルドの声が震えた。ルシアンは眉をひそめた。なぜ感動している。恐怖する場面ではないのか。
「勘違いするな。これは冷酷な支配の第一歩だ」
一週間後、辺境伯領の街道には揃いの制服を着た元盗賊たちが立っていた。商人に道を尋ねられれば丁寧語で答え、荷車の車輪が外れれば修理まで手伝った。
一方、カイルは農具商の「ケン」として、公爵領の村にいた。
狙いは領民を甘やかして無能にすることだ。働かなくても食べられる環境を整えれば、人は堕落する。領地の生産力を上げるための投資などではない。断じて違う。
「最新の魔導農具だ。全部タダでくれてやる。灌漑設備も整えてやる。ついでに炊き出しのスープも毎日出す。タダ飯だ! 堕落しろ!」
村人たちは顔を見合わせた。
「ケン様……いったい、なぜ見ず知らずの我らに?」
「なぜだと!? 貴様らを骨抜きにするためだ! さあ食え。おかわりもあるぞ!」
老人がスープをすすり、目元をぬぐった。カイルは「これは嫌がらせだからな」と念を押しながら、その背中をさすった。
そのころ、それぞれの屋敷では部下たちが主人の計画書を読んでいた。
ルシアンの執事セバスは、書類を整えて頷いた。
「承知いたしました。盗賊の更生事業と地域警備網の整備ですね。雇用契約と巡回計画は私がまとめます」
カイルの番頭マルタも、覚書を読み終えて頷いた。
「農業基盤の整備と食料支援ですね。補助金の申請、農具の保守契約、配給所の運営はこちらで手配します」
二人の部下は有能だった。主人の言葉から、実行可能な善政だけを正確に取り出す才能があった。主人たちがそれを悪事と呼んでいる点については、あえて触れなかった。




