↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役貴族、善政で殴り合う  作者: Rien
第一部 領地開拓編
PR
1/12

第1話 悪役貴族への憧れ

王都では、悪役貴族が流行していた。


劇場では『氷の公爵、民を凍らす』が連日満員。酒場では強欲辺境伯を称える詩が朗読され、王立学院の生徒たちは、舞台の悪役が放つ台詞を競うように暗唱していた。


その熱狂の中心に、ひときわ熱心な二人がいた。


ルシアン・グラウスト。冷酷公爵家の跡取り。十七歳。彼の机には『悪の統治・第三章 恐怖の効率』という本が置かれ、余白には細かな計算式が書き込まれている。


カイル・ベルナード。強欲辺境伯家の跡取り。こちらも十七歳。鏡の前で高笑いの角度を研究し、納得がいかないと最初からやり直す男だった。


二人は王立学院の同級生で、互いを認めていなかった。


「貴様の悪は薄味だ、ベルナード。恐怖には計算が要る」


「お前の悪は冷めた茶だ、グラウスト。悪ってのは、もっと豪快に奪うもんだ」


「奪うだけなら盗賊で十分だ。支配とは、相手に自ら従うことを選ばせる技術だ」


「その理屈っぽさが薄味だって言ってんだよ!」


議論は三十分続き、結論は出なかった。最後に二人は、ほとんど同時に立ち上がった。


「いいだろう。どちらが真の悪役か、己の領地で証明してみせる!」


その夜、ルシアンは公爵邸の執務室で、領民の税を引き上げる書類にペンを置いた。


手が止まった。


帳簿の数字の向こうに、先週視察した村の老婆の顔が浮かんだ。「公爵様のおかげで冬を越せますじゃ」と笑っていた顔だ。


「……税を上げれば領民が痩せる。痩せれば働き手が減り、将来の徴税額も落ちる。これは悪ではない。ただの愚策だ」


彼は書類を脇へ退けた。領民を苦しめることに、合理性を見いだせなかったのである。


同じ夜、カイルは辺境伯領の市場で「強欲な領主の巡回」を決行していた。屋台から品を巻き上げ、民衆を震え上がらせる予定だった。


予定だった、のである。


目の前で子どもが転んだ。気づけばカイルは抱き起こし、膝の泥を払い、転んだ詫びに飴を十個買っていた。


「ち、違う! これは民心を掌握するための先行投資だ! 飴十個で忠誠心を買ったのだ!」


子どもは笑って走り去った。飴屋だけが深々と頭を下げた。


悪事ができない。二人は別々の場所で、同じ壁にぶつかっていた。


そして明け方、二人の頭に、同じ閃きがほぼ同時に浮かんだ。


自分が悪事を働く必要はない。相手を善人に仕立て上げればいい。


相手の領地に秘密裏に投資し、領民に愛される名君にしてしまう。そして最後に「すべて私の仕込みだ」と明かす。相手の功績は自分の策略の成果となり、相手の誇りは粉々だ。


善政を施すこと自体は、どうにも気が進まない悪事より、ずっと実行しやすい。しかも相手を辱めるための手段だと思えば、二人の良心も黙らせられる。


「天才か、私は」


「天才か、俺は」


離れた二つの屋敷で、二人は満足げに頷いた。どちらも、自分が相手より一歩先を行ったと信じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。