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瀧遊び

頬に当たる心地よい風を感じながら、馬を走らせる。


少し前を進む直道の狩衣の袖が、ふわりと靡いた。馬と一体になったような見事な手綱捌きに、しばし目を奪われる。


鍬を持たせても、毬杖(ぎっちょう)を持たせても。何をさせても様になる男であった。


先日の騎馬打毬の折には、門を見据えて毬を解き放つその雄姿に歓声が上がり、立ち並ぶ女房らが黄色い悲鳴を上げて騒いでいたものだ。


この頃は邸に篭りがちで、身体をゆったりと伸ばしたいと思っていたところへ、直道からの瀧遊びの誘いである。


その提案を聞くや、気がつけば即諾していた。


◇


新緑の青葉に目を癒されながら川辺を進むと、やがて瀧が見えてきた。


まるで幾筋もの白糸を束ねて落としたようなその気高さに、ふと息を呑む。


「馬並めて み吉野川を 見まく欲り うち越え来てぞ 瀧に遊びつる」

(馬を連ねて山を越え、吉野の川瀧を見に来たぞ)


直道は瀧を見つめ呟くと、おもむろに衣を脱ぎ始めた。


「私は泳ぐぞ。涼を求めに参ったのだからな」

ばしゃんと水音を立てて飛び込んでゆく。


すいと泳ぐ様を見ながら、私も足を浸した。

清らかな水が熱くなった身体を冷やし心地がよい。


汗ばんだ上衣を脱ぎ、整えて端に避けていると、直道が叫ぶ。


「心地よいぞ!唯輔も泳がぬか。……んっ?!」


直道が藻に滑ったのか、ふいにひっくり返り沈んだ。


私は慌てて彼の元へ泳ぎ進む。


ざばっと顔を出した彼の姿に、安堵する。


「大事ないか」

「ああ……滑るから気をつけろ」


濡れそぼった私を見て、直道が眉尻を下げる。


「濡れてしまったな……すまぬ」

「干しておけばこの天気だ、すぐに乾く」


直道がふいに言葉を詰まらせた。

視線が胸元から腰へと落ち、そのまま動かなくなる。


「いや……待て」


直道の熱い視線に射抜かれ、急に気恥ずかしくなり目を逸らした。


水を含んだ白き上衣がしとどに肌へ張り付き、身躯の線を容赦なく浮かび上がらせている。


直道は喉を鳴らし、掠れた声で低く呟いた。


「……さながら、山姫が降りて来られたかのようだな」


直道が一歩近づく。

「……姫とな。戯れを言う」


「『さらしけむ 甲斐もあるかな 山姫のたづねて来つる 布引の滝』……か」


かの有名な布引の滝で読まれたという歌を、直道は私の濡れた髪を手で触れながら、どこか夢心地のように誦じる。


「……着つる、布引き……衣を、おろしてもよいか」

直道の掠れた問いかけに、私は息を呑んだ。


濡れて首元に張り付く白衣の内側へ、彼の大きな掌が容赦なく滑り込んでくる。


熱い体温が直に肌へ伝わり、胸の奥が跳ねた。


私は思わず呼吸を詰め、彼のその手の上に自分の手を重ねる。そして逃さぬように、濡れた白衣の襟ごと、ぎゅっと力強く掴み返した。


視線を逃げることなくまっすぐに重ね、唇の端に小さな笑みを浮かべてみせる。


「……では晒しおはせ」


途端に獰猛な獣のように直道が襟を力強く掴み、引き剥がしてゆく。


その荒々しさに、背中がぞくぞくと歓喜に震える。


露わになった肌に噛み付くように口付けると、衣を一気に腰まで引き摺り下ろした。


「その身体を晒し尽くせ」


直道の獰猛な声が耳元を打つと同時に、ぐっと腰を引き寄せられ、力強い腕の中に隙間なく締め抱かれた。


濡れた肌と肌が直に触れ合い、吉野の冷ややかな水滴が、二人のあふれる熱に焦がされて消えていく。


容赦なく肌を滑る直道の指先と、胸を突き刺すような熱い視線に——私は、全身の理性を一気に貫かれた。


「あ……っ、直、道……」

抗う術など、はじめから無かったのだ。強く頭(こうべ)を抱え込まれ、重ねられた唇から荒々しい吐息が流し込まれる。


私はただ、彼がもたらす熱い嵐の中で、その肩を強く掴み返すことしか出来ずにいた。


◇


夜の帳が下りる頃。時折吹く柔らかな風に、木々が揺れる音だけが響いている。


耳の奥には、なおも昼の瀧の轟音が残っていた。


お互いに離れ難く……けれど、さてそろそろ部屋に別れん、としたその時である。


「『馬並めて み吉野川を見まく欲り うち越え来てぞ 瀧に遊びつる』……であったな」


互いを美味しく味わい、美しい肌を舐めるように眺め、その身のすべてを見尽くしてほしい——。なんとも情熱的な誘いが、昼のあの歌には込められていたのだ。


私は直道を見上げ、少しの意地悪を込めて仕向けてみる。


「……『眺めて、味わい尽くしたい』、か?」

「……なっ!?」


直道の頬に、じわじわと赤みが差していく。己が軽く口ずさんだ歌に、そこまでの誘いが乗っていた。気付いていないとでも思ったか。


狼狽える直道を見つめ返し、微笑んで耳元で囁く。


「今宵は……うち越えて、参りますか?」


「……参る。瀧で戯れん!」

まさに即答であった。


誘いが嬉しくて堪らぬと言わんばかりに、直道の大きな体に抱きすくめられ、そのまま深く口を塞がれる。


「……布を引かせろ」

低い掠れ声とともに、御簾がばさりと乱暴に繰り上げられ、二人はそのまま部屋の奥へともつれ込んでいった。


蛍の明かりがちらほらと明滅する、どこまでも静かな夜に、二人の果てない熱だけが深く飲み込まれていった。

第一話『桜狩り』の外伝として、半年前の出会い話をpixiv/ムーンライトノベルズに投稿しました。


作品名【『桜狩り』外伝・出会いの秋──和歌で解く二人の恋】もしくは作者名【きびだんご】で検索してください。

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