春告鳥
新春のまだ寒さが残る中、庭では稚児たちが雪をまろばせ、思い思いの形を作り戯れている。
それを横目に、一面の白い景色を見渡しながら簀子を歩く。軋む音だけが、静謐な空気の中で優しく響いていた。
ふいに、白銀の世界の中に、鮮やかな春の彩りが映り込む。鶯色の直衣を纏った男が、庭の梅の木の下に佇んでいた。
淡く色づき始めた蕾を眺めているのだろうか。その佇まいは、一足早く舞い降りた鶯のようで、幻かと思うほどに美しい。
そのあまりの雅さに見惚れ、思わず足を止めたとき──きりと高く鳴った簀子の音に、彼がゆるやかに振り返った。
潤みを帯びた瞳が私を捉え、その薄い唇が密やかな笑みを刻む。
「梅の蕾を見ていたのか」
唯輔の傍に寄り、梅を見上げる。
「微かな香りに、誘われて」
うっとりと目を細めて耳元で囁く。
「……春を、告げに」
その瞳に吸い寄せられるように彼へと寄り添い、寒さに凍える背を包み込めば、かさりと重ねた衣が擦れ合う。
「温いな」
「ああ……温い」
外の目を盗み、彼の手を私の大きな袖の中へと引き入れた。
弄るように腕の感触をひと撫でし、かじかんだ細い指先を包み込む。
疾く温もれとばかりに握りしめれば、彼は指を握り返し、私の胸に身を預けてきた。
袖の闇の中で、互いを探るように、確かめ合うように……深く指を絡め合わせる。
視線の先には、寒気の中で固く結ばれたほんのり紅い梅の蕾。
「……まだ、蕾は固いな」
「おや……鶯が舞い降りたのに」
袖の中で指を絡め直され、吐息が触れるほどの距離で艶やかに微笑まれる。
もどかしい。今すぐすべてを暴いてしまいたい。
「鳴かぬからだ」
昼の光の下、今はこれ以上深く触れることも叶わない。
狂わんばかりの焦燥に胸を焼かれながら、私は彼の指を一層強く握りしめることしかできなかった。
◇
新年を祝う宴の最中、この日のために用意された四曲一隻の屏風がお披露目された。
絢爛に描かれ、匂い立つような紅白の梅の花。
場内に感嘆の歓声が上がる。
「なんと春めいたことよ。誰か、この梅に添える屏風歌を」
主が周囲を一瞥し直道に命じた。
進み出た直道は屏風をじっくりと見つめた後、ゆっくりと目を閉じ、やがて懐紙へと滑らかに筆を走らせる。
『あらたまの 年立ち返る 朝より 待たるるものは 鶯の声』
──新年早々の朝から、私が待ち焦がれているのは、お前の甘い鳴き声なのだ。
「実にめでたい春の歌だ」
「梅に春告げ鳥とは、いかにも雅な」
賞賛の声が広がる中、直道は、まっすぐに唯輔へ視線を送った。
(主君の前で、なんという歌を……!)
昼間の「鳴かぬからだ」という言葉の意味を悟り、唯輔は顔に熱が上るのを抑えきれない。
その豪胆で熱い視線を受け止めきれず、咄嗟に扇を広げて顔を隠した。
◇
静まり返った夜更け、庭にはかすかに雪がちらついていた。頬を撫でる冷たい空気が、昼に袖の中で分け合った温もりの恋しさを募らせる。
(直道……直道……)
堂々と歌を詠み上げてみせた、あの憎らしいほど凛々しい男の姿が瞼から離れない。
今すぐにでも逢いたい。
だが、自分から「鳴きにきました」とでも言えというのか。
悶々と思いを巡らせ、布団の中で身を焦がしていたその時──かさりと引き戸が鳴った。
暗闇の中、そこに立っていたのは忍び込んできた直道だった。
「鶯が現れぬ」
「直道──」
迷いなく歩み寄ってきた大きな腕に強く抱き寄せられ、唐突に訪れた温もりに心が震える。
逢いたくてたまらなかった男が、今自分を強く抱きしめている。
「私を、捕まえにきたのか」
直道の胸元に顔を埋め、そっと手を添えてくすりと笑えば、さらに強く腕が回された。
「ああ……蕾を、咲かせにきた」
この口があの歌を紡ぎ、自分を狂わせたのだ──。込み上げる愛おしさに耐えかね、唯輔は直道の首へ手を回して頭を引き寄せた。そして、自らその唇を塞ぐ。
暗闇の中で重なる吐息と温もり。どちらの熱かも分からなくなるほど深く溶け合っていく。
格子の外では静かに、ただ静かに真っ白な雪が降り積もっていた。
第一話『桜狩り』の外伝として、半年前の出会い話をpixiv/ムーンライトノベルズに投稿しました。
作品名【『桜狩り』外伝・出会いの秋──和歌で解く二人の恋】もしくは作者名【きびだんご】で検索してください。




