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第10話 バイバイ、アポカリプス③

一週間後

【アストリア王国:王都城門前】



 拡声器を掲げ、カイルは気だるげに言う。




「あー、賊徒世界(ルミエール)からはるばるご苦労、ギャングども……。いや、お前らさ、さすがに見た目が世紀末過ぎないか?」




挿絵(By みてみん)


 城門前の平原を埋め尽くすように、五百近い改造車両が並んでいた。


 黒煙を吐き出す超巨大トラック。

 火炎放射器を積んだ装甲車、棘だらけのバギー、爆音を奏でる巨大スピーカーを積んだバス。

 機関銃を振りかざす男たちがバイクに跨り、下卑た笑い声を上げていた。


 改造トラックの車上に陣取ったモヒカン頭の男が吠える。



「さあ野郎ども、祭りを楽しめッ! アストリア王都を喰いつくすぞッ!」


「『「『Fowooooooow!!!』」』」



 銃声が空に響き、野次か歓声か区別のつかない雄叫びが沸き上がる。

 カイルはため息をついた。



「アストリア王国はもうねえんだよ。王様もどっか行ったしな」



 ギャングの笑い声が、不意に途切れる。

 みな、気づいたのだ――下に何かがいると。



「ここは今や、死者の王国」



 平原の土が次々と盛り上がり、腐敗した腕が飛び出した。バイクに跨る男の脚を掴み、転倒させる。土をかき分けながら、無数のゾンビが顔を出した。

 城壁の影、路地の奥、崩れた建物からも、次々と人影が現れる。

 車両から引きずり降ろされた男たちにゾンビたちが群がっていく。



「なッ! 何だ、こいッ……」



 断末魔の叫びさえ、最後まで言えなかった。絶望に染まった男の顔は、群がる腕に呑まれ、人波の奥へと消える。



「轢けェッ! さっさと轢き殺せェッ!」



 ギャング団の誰かが叫んだ。

 超大型トラックがエンジンを吹かせる。

 しかし、タイヤが地面を踏みしめることはない。ゾンビの身体に乗り上げ、肉を抉りながら空回りするだけだ。数体のゾンビが、発進前から車体下に潜り込んでいたらしい。

 動けなくなったトラックの窓ガラスをゾンビが砕き、運転席へ雪崩れ込んだ。


 カイルが気だるげに言う。



「お前らは同じ人類だけど、まあ、仲間には要らねえや」



 気づけば平原の果てまで、死者が埋め尽くしていた。

 死肉の海からよろよろと一人のゾンビが歩み出る。

 服装から察するに、ゾンビ化したばかりのギャングの一味だ。彼はカイルの前で(いざまず)き、(こうべ)を垂れる。

 カイルは冷たい眼で見下した。



「いいね。ゴミならせめて、俺の国の糧になれ」


 *


 ギャングの一派を退けたカイルは、王都に戻ってきた。

 建物の陰から、人の顔が見えた。はじめは小さな子ども、続いてその母親らしき女性、次いで壮年の男たち――老若男女入り混じった民衆が、少し距離を保ったまま、遠慮がちにカイルを見つめる。



「……カイル様」

「カイルさん」

「王様」



 皆が口々に言う。

 カイルは小さく「王様はもういないだろ」と呟いた。


 彼らはアストリア王都民の生き残りだ。

 避難所に隠れていたゲイリーたちの一団や、地下水道に逃げ込んだ者、奇跡的に無事だった建物に籠っていた者など、総勢百人近くの人間が、あの災禍を生き延びていたらしい。

 ――ゾンビの脅威だけじゃない。

 ――イクリプスのレーザー砲で焼かれ、クレス対シャドウの激闘の巻き添えを喰らい、街は灰燼に帰していた。

 ――よく生き延びたもんだよ、この人たち。


 群衆の中、一人の老人が前へ出る。



「……例の、ギャングとかいう、異世界からの侵略者は?」


「全員、殺した」



 カイルの返答を聞いて、人々の顔がぱあっと明るくなった。



「さすがのカイル様だ!」

「世界を守るのは、貴方しかいない!」

「カイルさんがいれば大丈夫!」



 泣きながら頭を下げる若者、子供を抱きしめる母親、安堵からその場に座り込む老人――リアクションは様々だ。

 彼らに囲まれるカイルだけが、無表情だった。



「悪いな、みんな。俺はもう休む」



 *



 一週間前。

 カイルは生き残った王都民の指導者となり、街を復興した。

 リシェルがゾンビ世界から持ってきた物資や人手(ゾンビ)で、王都は瞬く間に再建された。いや、再建と言うより、魔改造か。リシェルが拾ってきたコンクリートの住宅地や摩天楼をベースにしたため、石造りの建築が立ち並ぶ王都の面影は残っていない。

 最新式のゲーミングチェアに身体を沈め、カイルは仮眠をとっていた。

 リシェルが歩み寄って来る。



「民衆は無遠慮に喜んでましたねえ。カイルさんがゾンビを戦わせたくないこと、知らないんですから」


「……異世界から連れて来たゾンビは、見ず知らずの他人……もう少し軽い気持ちで扱えると思ったんだけどな……自分でも不思議だよ」


「不思議って、何がです?」


人間(ギャング)をぶち殺すより、死体を弄ぶ方が抵抗ある」



 カイルは疲れた顔でうつむいた。

 リシェルはカイルの傍にかがみ、彼の赤い瞳を覗き込む。



「クレスさんの両目、使わなかったんですか?」


「使えねえんだよ。クレスの力が強すぎて、意味不明な()ぎ方になってる。軽自動車にF1カーのエンジン搭載したみたいなもんだ。使えば俺がブッ壊れる」


「カイルさんも文明人らしい比喩に慣れてきましたね」


「お前にあんだけゾンビ世界の映画を見せられたらな。クレスの力は使えて三、四回……切り札に取っておくさ」


「何のための切り札で?」


「大切な人の命を守るため」


「なるほど、王都の皆さんを生かすためですか」


「いや? 人ってのは、お前のことだけど?」




 二人は無言で見つめあう。




「リシェル、お前さ……本当は人間なんだろ?」




 お互いに距離感を探りあう、不思議な空気が漂った。

 リシェルが何も言わない中、カイルは続ける。



「異世界からの勇者様、今日来たギャング共、七本槍セブンズ・ヴァンガード、クレス=ウォーカー、アラン・スミス……奴らを見てわかったんだ。俺たちの世界の人類とは、別種の人類が存在する。リシェルたちの祖先はきっと、彼らと同じ異世界人……お前も、広義の人類じゃないのか?」



 魔族に関する記録は、最も古いものでも百年前までしか(さかのぼ)れない。その最古の文献でさえ、八王国に存在するどの人種とも異なる身体的特徴と文化を持ち、絶大な力を有した怪物と記されただけだ。彼らが何処から来たかはわからない。

 百年前、何の前触れもなく現れたその一族を、当時の八王国は魔獣の突然変異種と見做し、辺境の地に追いやった。

 百年の時を経て、力をつけた彼らが、八王国に侵略戦争をしかけてくるとも知らずに。



「これから人類の生き残りをかけた戦争が始まる。生き残った人類で結託し、怨霊、エイリアン、メガシャークといった脅威を薙ぎ払う。お前も人類側で参加しようぜ?」


()ーですよ。カイルさんは世界を救いたんでしょう。自国民十五万人分の命を継承した重責がありますし」



 そう言って、リシェルはカイルの正面に立ち、真正面から彼の瞳を指さした。



「でも、私は関係ないです。カイルさんが世界を救う(かたわ)らで、私は魔王になるんです。生き残ったアストリア王国民を皆殺しにして、魔王の継承権を得ます」


「あっそう。あくまで人類を殺す側ってわけね。でもさ、魔王になる条件は全国民皆殺しだろ? 俺もアストリアの国民の一人だが?」


「……まあ、そこは難しいですね。純粋な喧嘩なら、もうカイルさんに勝てませんし」


「じゃ、こうしようぜ。一緒に世界を救ってくれ。代わりに俺は、お前に黙って殺される」



 リシェルが驚愕に目を見開き、やがて薄っすらと目を細める。



「……カイルさん、日に日に狂ってません?」


「狂ってるのは俺か世界か……映画でよくあるテーマだよな。でも俺、この二択は自信あるぜ?」


「ああ、それなら私も確信してます」



 次に来る言葉は、あまりにも自然に、二人の唇をついた。



『「狂ってるのは世界の方」』



 二人の声が重なる。

 何拍か間を置いて、二人は笑いあう。

 いつの間にか日は落ちていて、あたりは暗闇に満たされていた。曇天の夜空に星はなく、無限の虚無が広がっている。これから巻き起こるであろう殺戮、災厄、混沌、不条理、阿鼻叫喚……すべてが融合した黒い何かが、空から降りてくるようだった。

 そんな夜のとばりの中、命を奪う契約を交わしたばかりの二人は――楽しそうだ。

 二度は口にしないものの、二人は目線だけでもう一度、言葉を交わす。


 狂っているのは世界の方。



 夜は、うなずいてくれた。


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