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第10話 バイバイ、アポカリプス②

隕石世界(カストレア)上空】



 大気圏と宇宙の境界線に、クレスはいた。



「……白いな」



 雲なんてはるか下に置いてきたはずなのに、見上げると、白が空を埋め尽くしている。



挿絵(By みてみん)


 不思議な気分だ。

 眼前にあるのは、確かに月だ。でもそれが、夜空に浮かぶ天体として見慣れたものと同一であると実感できない。

 今の月には、美しさも、(おもむき)もない。

 ただ、本能が警鐘を鳴らすだけ。

 超質量が持つプレッシャーが、肌に突き刺ささるだけだ。



「月は確か、推定七千京トンだったっかな? あれがゲートをくぐれば、世界の終わりか」



 クレスの背後に黒い靄が渦を巻く。

 靄の中から、ガスマスクを被った白衣の男が現れた。



「こんばんは、ダークヒーロー君」


「どちら様?」


「僕の名前はアラン・スミス。世界をエンターテイメントに昇華させる監督者さ」


「知らなかった、高度百キロメートルにも不審者って湧くのか」


「随分な言いぐさだね」



 不敵に笑いながら、アランは自身の胸に手を当てた。



「八の世界が混じりあった侵略戦争。放っておけばゴチャゴチャになるに決まってるよね? だからこそ、僕がいる。世界の混ざりがもたらす混沌、禍殃(かおう)、阿鼻叫喚を調律し、血沸き肉躍るバトルを演出するのが僕の仕事さ」


「……わからないな。具体的に話してくれ。監督者さんは結局、何をしにここへ?」


「君の命を救いに来た」



 ガスマスクの奥で、アラン・スミスの眼が笑う。




「君さ……カイル君を殺してないだろ?」




 仏頂面のクレスの眉が、ピクリと動いた。



「あの時、わざとコアを外して射抜いたね。あれじゃ死なない。全壊した脳の再生は時間がかかるが、半日もすればカイル君は元通りだ」


「彼を殺す必要がなかっただけさ。僕は今、ゾンビ十五万人分のパワーを継承した。今の僕でも月を遥か彼方まで殴り返せる」


「……嘘だね。いや、嘘というより強がりかな? 月を拳で押し返す脳筋プラン……成功率は甘く見積もって五十パーセントってところだろ? でもカイル君にトドメを刺し、パラサイト・コアを身に宿せば、これが百パーセントになる」


「貴方は僕に何を望む? 月に打ち勝ってほしいのか?」



 アランは顎に手を当て、小首を傾げる。



「うーん……正確に言うと、君が負けて死ぬのが嫌なんだよね。ほら、君は序列が高いからさ」


「序列?」


「ほら、良くあるでしょ? 『奴は四天王の中でも最弱』ってやつ。弱い奴から脱落してもらうのが作劇のセオリーなんだ。今の君はメガシャークをもワンパンで沈めうる。退場するには強すぎるんだ。悪いけど、物語をかき乱すのはよしてくれ」



 アラン・スミスがパチンと指を鳴らす。

 黒い靄が渦を作り、その中心にワープゲートが生じる。

 王都の市街地で、両手を広げて倒れているカイルが見える。



「今からでも遅くない。ワープゲートにレーザー砲をぶち込んで、カイル君を殺そう。それが、本人の望みなんだし」



 クレスはため息をつくと、手のひらを上に向けた。

 彼の周囲に赤い光が溢れ出す。

 光は指先で球状に集束し、レーザーとなって放たれる。

 そのレーザーは――アラン・スミスの右耳を吹き飛ばした。

 血を滴らせながらも、アランはまるで動じない。穏やかな笑みを浮かべている。



「残念、断られたか。一応理由を聞かせてくれる?」


「僕はかつて、世界を一つ滅ぼした。仲間を殺して殺して殺し尽くし、罪のない市民も……助けを求める人々も、みんな殺した。だけどさ、そんな僕でも、カイル君を見て思うところはあったんだ……」



 月が落ちてくるまで、あと三十秒。

 月面が迫ってくる。

 巨大なクレーターも、砕けた岩盤も、より鮮明に見える。

 文字通りに今にも落ちてきそうな空の下、クレスは顔を上げる。



「世界を守って死ぬなんて、カッコいいよな」



 クレスが拳を握り込み、構えた。





隕石世界(カストレア)地表:市街地】



 マントを羽織った銀髪の女――ヴィヴィアンが、瓦礫の溢れ返ったカストレア王国の市街地を歩いていた。

 目標を見つけ、足を止める。

 同時に、腕に巻いた通信機が鳴った。マイクからアラン・スミスの声がする。



『さあヴィヴィアン、ご契約者様へ報告を』



 ヴィヴィアンは空を見上げる。

 気分を爽快にさせる、雨上がりの晴天が広がっていた。



「世界の終わりは阻止されました。月は大気圏に突入することなく、宇宙の彼方へ殴り飛ばされたようです……しかし……」



 ヴィヴィアンが足元に目を向ける。

 瓦礫に背を預けるようにして、左半身を喪った死体が一つ、うなだれていた。




「クレス=ウォーカーは死亡しました」




挿絵(By みてみん)


 髪の隙間から垣間見えるクレスの横顔は、ただ静かに、微笑んでいた。

 通信機の向こうで、アランが息をつく。



『第一幕での退場は、月とダークヒーローか。うーん、最初の脱落(リタイア)はギャングあたりと思ったんだけどなあ』


「序列の高い脅威の死……アラン様にとっては不愉快な結末でしょうか?」


『パラサイト・コアを宿したスーパー・ヒーローがご契約者様の望みではあったね……まあいいよ。クレス君には後継(、、)がいる。彼の成長に期待しよう』


「……どういう意味ですか?」


「わからないかい? クレス君の死に顔を覗いてみなよ」



 ヴィヴィアンは眉根を寄せた。

 怪訝な顔をしながらもしゃがみ、うなだれた死体の顔を覗き込む。

 目を見開き、息をもらした。



「……両目が、ない?」




【アストリア王国:特設スタジオ内】



「で、俺が頭を吹き飛ばされた後どうなった?」



 カイルが尋ねる。

 リシェルが一通り説明してくれた。

 クレスは十五万人のゾンビを殺すにあたり、一番手っ取り早い手段を選んだらしい。灼熱の焔をまき散らし、全てを焼き払った。

 ほぼ全域が焦土となった王都で、唯一無事だったのは、リシェルの特設スタジオだった。クレスはリシェルにメッセージを残し、隕石世界(カストレア)に旅立ったという。



「クレスさんの遺言に従って、回収してきました!」



 ニコニコとした顔で、リシェルが両手を差し出す。

 その手のひらには、緋色の瞳をした眼球が載せられていた。

 カイルは眼球をじっと見つめる。

 脳裏をよぎるのは、クレスが彼にかけた最後の言葉だ。




『継承を始めよう』




 ――継承って、そういう意味かよ。

 ――あの時点で、クレスにはこの結末が見えてたんだな。

 カイルは平然とした顔で、自身の両目をくり抜いた。



「パーツ交換だ」



 クレスの眼球を両目にはめ込む。

 眼窩(がんか)からスルスルと伸びてきた神経が、眼球と接続し、癒着していく。

 瞬間、カイルの眼前に広がる世界が、赤く染まった。


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