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第10話 バイバイ、アポカリプス①

【王都:市街地】




「食え」




 そう言って、カイルが手を伸ばす。

 彼の手のひらで、謎の肉塊が脈打っていた。


 半透明なピンクの被膜に包まれ、その内側で赤黒い血管が蠢いている。眼球じみた組織が浮かび上がっては沈み、歯のような突起が被膜を突き破ろうと押してくる。


 クレスがドン引きしている。



「……いや、何これ?」


「最強版パラサイト・コア。喜べ。コイツを食べるとものすごく強くなれるぞ」


「……言い方安いな……これって、ムーに入れたのと同じものかい?」


「いや、あれよりも強力な奴。再生能力も身体強化もおおよそ五倍だ」


「……そんな強力な寄生虫なら、何故今まで使わなかった? 七本槍のメンバー辺りで最強のゾンビを作ればよかったろうに」


「調教が難しいんだ。テイムの能力者が取り込まないと、その真価を発揮できない」


「じゃあ実質、君にしか使えないじゃないか」


「今から、お前にしか使えなくなる」



 あまりにも平然とした声音で発せられるものだから、クレスは一瞬、言葉の意味をとれなかった。



「君は、死ぬ気か?」


「月を殴り飛ばして跳ね返すなんて真似、さすがのお前でもパワー不足だ。俺を殺し、テイムを……ゾンビの力を継いでくれ」


「君はそれでいいのか?」


「覚悟ならさっき決めた。一回流されたけどな」


「僕が君の計画に乗る理由は? 僕には月が世界を埋め尽くす前に、自分の世界へ逃げる選択肢もある」


「……? お前は逃げないだろ? 根っからのヒーローなんだし」




 クレスが目を見開いた。

 カイルは何を今更と言わんばかりに首を傾げる。



「お前は最初から、誰かのために身を捧げるヒーローだったろ。ただちょっと、助けを求める奴をブチ殺す病にかかっただけで」


「……その病で、僕の世界は滅亡したけどね」



 クレスは少し疲れた顔で目を逸らした。


 カイルが頭をかく。

 ――異世界人から、月を破壊する手段を奪い取る。

 ――アラン・スミスと一緒に立てた方針は、皮肉にも、今も生きてる。

 ――“奪い取る”の主語が、俺からクレスに代わっただけ。

 ――クレスは俺からゾンビの力を奪い、月を破壊する。



「もっともこの段になると、俺一人の力をプラスした程度じゃ足りないか」



 カイルがスマホを取り出し、耳に当てる。



「リシェル、繋げ」


『はいはーい。今ならどんな命令も一瞬で全ゾンビにお届けできますよー。劇場版三作目大作戦のとき、スマホを配り終えたんで。いやあ、便利な時代ですねえ。拡声器を片手に走り回っていた頃が懐かしいです』


「それ、大体一時間くらい前の出来事だろ」


『世界の変動が激しすぎ、密度がちょっと濃すぎなんですよ。ざっと一年は昔に感じます。ささ、準備が整いましたよ、勇者様』


「勇者様は真っ先に死んでたよ」


『貴方が今から勇者になるって話です』



 王都中のスマホで、同一の音声が再生される。

 キィンと甲高い、ハウリング音が波紋のように広がる。




『皆、ごめんな。クレスを愛して死んでくれ』




 ゾンビたちが静かに立ち上がる。

 クレスを中心に円状に並び立ち、ただ静かに、胸元で指を組んだ。



 カイルもクレスに向き直る。



「ゾンビ十五万人分の力を、お前一人に集約する。ゾンビを殺した場合も継承の能力が発動するかは……考えなくてもいいか。確か、相手が犬でも引き継げたんだっけ?」


「……君の言う、罪と義務は」


「罪悪感はすげえよ。人の命を軽んじた策だ。それなのに……悪いな、一つ、我儘を通してもらう」


「我儘?」


「真っ先に死ぬゾンビは、俺がいい」


「……テイムの効果はどうなる?」


「歴代の記録によると、テイムの使い手が死んでも命令は残る。俺が死んでも、ゾンビはお前を愛したままだ」


「なるほどね」


「俺の知ってる奴らが、二度死ぬ様は見たくない」


「いいよ。構わない」



 クレスが手のひらを上に向ける。

 その中心に、赤い光が小さな球形に収束した。

 (ほとばし)る熱が空気を歪め、景色を揺らめかせる。








「継承を始めよう」








 覚悟を決めた顔で、クレスが言う。


 閃光。


 赤熱したレーザーが、カイルの頭部を消し飛ばした。

 上顎から先が、一瞬で蒸発する。

 肉も骨も脳も消える。

 血飛沫は置き去りにされ、数秒遅れて噴き上がった。


 カイルの身体は、仰向けに倒れ込む。

 脳も神経も焼け落ちたはずなのに――崩れ落ちる直前、カイルは確かに笑っていた。







挿絵(By みてみん)














「バイバイ、アポカリプス」




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