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第9話 満を持して現れる、最後のキャラ②


「何故だッ!」


 クレスから発せられる爆音が、放射状に広がる。


 衝撃が街路を()ぎ払い、石畳(いしだたみ)がめくれ上がる。

 建物の壁が(えぐ)れ、屋根が吹き飛び、通りが一直線に削り取られる。


 クレスは直接触れていない。

 それでも、彼の()一つで街がボロボロと崩れていく。


 カイルは爆風に顔をしかめつつ、耳を押さえた。



絶叫(シャウト)一つがこの規模かよ! イカれてんな!」



 煽り文句を吐き捨てながらも、内心、カイルは(いぶか)しんでいた。


 ――俺はさっき、コアを撃ち抜かれて死ぬはずだった。

 ――でも、死を悟ったその瞬間、クレスが攻撃を止めた。

 ――意味がわからん。


 クレスは懊悩(おうのう)し、ブツブツと何かを言っている。

 こちらを襲う気配はない。



「……生かされても困る」



 カイルの周囲にパチパチと小さな雷が散る。

 次の瞬間、その姿が消える。

 雷速――神経を焼きながら加速する、命を削った足捌きだ。

 比較的障害物の少ない街路で助走をつけ、音速を超える。

 トップスピードを維持したまま、飛び蹴りを叩き込む。


 空間が歪むほどの衝撃。

 音は遅れて響き渡った。


 しかし当然、クレスは微動だにしない。

 カイルの脚が、あらぬ方向にへし折れただけだ。



「返り討ちしにしてくれよ、なるべく手短にな」



 クレスの腕が動いた。

 カイルの視界が裏返る。

 地面が迫る。

 一瞬の間をおいて、叩きつけられたと理解する。

 肺の空気が、一瞬で吐き出された。

 遅れて痛みが走る。

 骨が(きし)み、肉が裂ける。

 白い触手が伸び、壊れた身体を繋ぎ始める。


 クレスがカイルを見下ろす。



「……ありえないよ……君だって死ぬときは、助けを求める顔をするはずだろう!? どうして、死を前に笑えたんだッ!」


「……うるせえ、きっちり殺してねえだろ」


「どれだけ崇高(すうこう)な使命も、どれだけ勇敢(ゆうかん)な魂も、死を前にすれば何一つ意味をなさない! 個としての自分が死んだ先の希望など、幻想に過ぎない! 人はみな、生への執着(しゅうちゃく)(あらが)えないんだ! 自らの死を受け入れ、後継に(たく)すなんて、現実には不可能なんだ! それが生物の本能、世界の真理だ! ……そうでないなら……違うというなら……まるで……」



 クレスの顔から、ほんの一瞬、怒りが消える。迷子になった子供のような、何かに(すが)る顔になる。



「……まるで、僕の仲間が弱かったみたいじゃないか」


「……いや、知らねえよ」


「君が、命を捧げたヒーローたちより勇敢だとでも? そんなはずはない! 君と彼らで何が違う!?」


「……可哀想と思ったこと……か?」


「可哀想?」


「……だって、死んだ奴の遺志を継ぐの、重いし……せめて笑って見送らないと……お前が、可哀想だろ」


「……僕が?」


「……お前は知ってるだろ? 生き残るのって、辛いじゃん」



 クレスが黙り込む。

 ただじっと、そこに立ち尽くしている。

 二人は言葉を交わさない。

 瓦礫の崩れる音。炎の弾ける音。煙を切る風の音。

 何でもない雑音だけが、鼓膜を揺らす。


 やがてクレスは目を閉じる。

 長い間張り詰めていた何かがほどけ、穏やかに顔を緩ませる。

 そして、目を開けた。

 彼はもう、ヒーローらしい顔つきをしていない。

 ただの少し疲れただけの、人間の顔をしていた。



挿絵(By みてみん)



 彼は瓦礫(がれき)の中から座りやすい場所を探し、腰かける。

 そして、上空を(ゆび)さした。



巨大戦艦(イクリプス)、見逃そうか?」


「……は?」


「動画配信の少女……リシェルと言ったかな……彼女の言動から察するに、君の目的はあの円盤を守ること。それで、『月』とやらの脅威を止められるんだろ? だったら、壊すのをやめる」


「……無理だろ。継承の能力は……」


「遺志を継ぐ制約を破る。代償は受け入れよう。七本槍セブンズ・ヴァンガードの能力は当然失うし……ざっと、五十年は寿命が縮むかな」


「……何で……そこまでして」


「君は僕の理解者だからだ」



 クレスは大して嬉しそうでもなくそう言って、両手で顔を覆った。

 カイルはただ、目を丸くしていた。



「……意味わかんねえぞ、お前」


「カイル君……だったかな? 君はたった一言、質問に答えてくれればいい。ただ、心して答えてくれ。返答次第で、巨大戦艦(イクリプス)は君のものになるんだから」



 クレスはまっすぐにカイルを見る。



「王都のゾンビ十五万人を(したが)えたときのことを、思い出してほしい。その時、君の心を支配した気持ちは何だ? 絶大な力を得た高揚感か? 他人が人ならざる者へ身を堕とし、相対的な優越感を覚えたかな? それとも、自分が特別な存在に化けたと、自尊心が満たされる心地がしたか? 教えてくれ。君はその時、何を感じた?」



 カイルはしばらく考え、気まずそうに言った。





「罪悪感」





 クレスは一瞬目を見開くと、うつむいた。



「違和感はあった。僕は一度も君の国のゾンビと戦っていない。君は自ら前線に立ち、血を流しながらも戦うのに……ゾンビを戦闘(、、、、、、)に使わない(、、、、、)


「……いや、使ってたよ」


「例外的に君が戦士に使ったのは、七本槍セブンズ・ヴァンガードの死骸だけ。違うか?」


「……まあ」


「当前の話だ。ゾンビは元アストリア王国民。君の家族、恋人、友人だったものもいる。その死骸を容赦なく使い捨ての雑兵に使えたら、逆に神経を疑うよ」


「……わかった風に言うな」


「わかるよ。僕と君は、他人が死んだ先で力を得た者同士、分かり合えるはずなんだ」


「……俺には罪と、義務がある……それだけだ」


「罪と義務か。なるほどね。君は優しいな」



 クレスが力なく笑う。



「OK。巨大戦艦(イクリプス)はあげよう。時間がないんだろ? 急いで月とやらに対処しに行くがいいさ。ああ、でも、あのエイリアンがいないと、操作方法がわからないな」


「……何で?」


「何で、か……」



 何一つ納得できていないカイルを、クレスはただ、笑顔で見ていた。

 見ているだけで不思議と涙がこぼれそうな、何処か哀しい笑顔だ。




「君に人の心がありそうだからさ、可哀想に」





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