子供連れの客 その4
「いかさま?」
「そうは見えなかったが」
「負けたのはそのせいか!」
「なんかおかしいと思ってたんだ」
「俺は多少は稼げたがなー」
あれこれいう声が聞こえてくる。
「なんかあったのか?」
「もめごとか?」
このあたりが一瞬静かになったことで、周りの人間も集まってきた。
「おいおい、おにいさん、なんてこというんだよ」
振り返ったドーラの父親はそういうと、テーブルの上に置かれた紙を集め始める。再度勝負を始めるのだろうか。
「いかさまにしては俺も多少は儲けさせてもらったが?」
こいつはさっきまで勝負していた男だな。
「俺は負けたな。まあ小銭を失ったくらいだったが」
「小銭くらいいいだろ」
「そういう問題じゃねえ、いかさまなら」
「俺は大損したからなあ、いかさまってのは気になるな」
「いかさまだって?」
「なんだと?」
「いかさま?」
人がさらに集まって騒がしくなってきた。
「なんか証拠でもあんのか?」
こいつは直前の勝負でお金を得た男だな。
「そうだな。人をいかさま扱いするくらいだからな」
紙を一つの束にまとめた父親が再度振り返る。
「まず、そのカードの裏の模様だ。模様で表の数字がわかるようになっている」
髭の男はそういうと父親の手元を指さす。あの紙はカードというのか。
「なんだって?」
驚く父親。
「そうだったのか、おい、おっさん、ちょっと見せてみろ」
周りのやつらがカードに手を伸ばす。
「ご自由にどうぞ」
父親は手に持っていたカードの束をテーブルに広げ、肩をすくめている。
「特に違いは見当たらないが」
「そう簡単には分からねえだろ」
「ちょっと並べてみろ」
カードを持ってるやつがテーブルに並べる。
「どうみても同じだが」
「この距離から分かるってことはある程度は目立つはずだろ」
「そんな特徴はねえな」
カードを何枚も手にもって見比べている。
「そりゃそうだよ。何も仕掛けなんてないんだから」
父親は腕を組んでカードを手に取り見比べている男らを眺めている。
「おい、おっさん、どれも同じ模様だぞ!」
カードを何枚も手に持った男が髭の男にカードを手渡す。
「そんなはずはないんだが」
カードの裏を見比べる髭の男。
「確かに同じだな...」
「なんだよそりゃあ」
「適当かよ」
あきれるているような声が聞こえてくる。
「こいつとこいつが組んでいかさまをやっている」
今度は髭の男がドーラの父親とテーブルの近くに立っている太った男をそれぞれ指さす。二人? 立ってる方は知らない男だ。少なくともここには宿泊していないと思うが。
「はあ?」
太った男が驚いている。
「そのにいさんとは今日が初対面だよ」
父親も知らないということか。
「俺をいかさま扱いすんのか?」
太った男が髭の男の方に向かって進んでいく。怒っているような感じだな。集まっていた人間が道を開ける。
「じゃあ、そいつだ!」
近づいてくる男から逃げるように移動しながら髭の男が違う男を指さす。間違えたのか?
「はあ?」
指された男が驚く。
「じゃあ、ってなんだよ!」
「なんだこいつ」
「おい、おっさん、さっきから適当なこといってねえか? なんなんだてめえは?」
「で、結局いかさまなのかよ!」
「負けたのはお前が間抜けだからだろ」
「いま、間抜けといったか?」
「間抜けに間抜けといって何が悪い!」
「なんだと、てめえ?」
「おれは稼げたから頭がいいってことだな」
「多少はましな間抜けだろ」
「ああ? 喧嘩売ってんのか?」
騒がしさが増してきた。服を掴んで詰め寄ってるやつとかもいるな。これは喧嘩になりそうな気がする。
「お、喧嘩か?」
「喧嘩?」
「やっちまえ!」
離れたところにいるやつらからも、いろんな声が聞こえてくる。
「おい、どういうことだよ!」
ギースの声が聞こえてくる。髭の男に向かって話しかけているようだ。
髭の男が何か話しているが騒がしくで全く聞こえない。
「この野郎!」
「やりやがったな!」
大声が聞こえた方を見ると、一人の男が押されたのか殴られたのか、体が斜めになっている。人が集まっていたので倒れることはなかったようだが、もたれかかられたやつらが男を押し返す。ちょっと隙間ができたあたりで取っ組み合いが始まる。
「やっちまえ!」
「おらあ!」
「くそ野郎が!」
あちこちで殴り合いや取っ組み合いが始まったようだ。やれやれ。
人間が喧嘩する時は、言葉のやり取りの後でいきなり始まることがある。言葉で攻撃しあい、それだけで済まなくなると殴ったり蹴ったりするようになる。武器は使っていないようだが。まあ、我々猫も威嚇しあった後で喧嘩になることがあるが、人間の場合、言葉の威嚇でもいろいろな内容をしゃべるところが興味深い。
夜の白兎亭の酒場で喧嘩は時々あるが、これほどいくつもの喧嘩が同時に始まったことはこれまでにないな。この状況では誰が悪いというのもわからないので、どうしようもない。
ドーラの父親はテーブルの場所を動かし片付けを始めたようだ。喧嘩はあちこちで始まっているがちょっと離れたところなので、あたりにいた人間もそっちの方に移動したようだ。人ごみから抜けた父親はテーブルをたたむと、壁際まで移動している。
さてと、しばらくは騒がしいので家に戻っても眠るのは無理そうだ。仕方ないから人間が暴れているのをここから眺めることにしよう。いつか人間と戦うことになった場合の参考になるかもしれないしな。
結局、酔っぱらった人間同士の喧嘩は見ていても得るものはなく、家に戻って寝ることにした。うるさい中でも眠れるものだ。
翌日、朝食に来たギースを見かけたので話を聞いてみることにした。
「お、猫か」
そういうとスプーンで食べ物を一口食べる。
ギースは私が人間の姿だろうが猫の姿だろうが、私のことを猫と呼ぶ。
「結局、ドーラの父親はいかさまをやっていたのか?」
と聞いてみる。
「あの野郎、賭博に詳しいっていうから連れて来たのによ」
肩をすくめるギース。
つまりどういうことなのだ。
「いかさまは、やってなかったのか?」
再度質問する。
「さあな。結局、俺が連れてきた男は単に賭博好きのほら吹き野郎だったってことだ」
ほら吹き野郎? 聞いたことのない言葉だが。
「つまり、いかさまかどうかは分からなかったということなのか?」
「そういうことだな」
まあ、悪いやつじゃなかったというのは、ドーラにとっては良いことだ。
「まったく、髭面野郎のおかげで騒ぎを起こされただけだったな」
パンを引きちぎり口に放り込むギース。
「余計なことを頼んでしまったか」
まあ、私の話がきっかけだったしな。
「ん? いや気にするこたあねえ。喧嘩なんてのは珍しくねえし、賭博はそれなりに盛り上がってたしな」
そういうものなのか。まあ、それなら気にすることもないか。
それから猫に戻って食堂を通りかかると、ドーラと父親が朝食をとっているところを見かけた。足元には荷物を置いているが、いつもより多い。
「部屋に忘れ物はないか?」
父親がドーラにいう。
「うん。全部持ってるよ」
荷物をもってどこかに出かけるのだろうか。
ちょっと様子を見に行くか。
「あ、シイラちゃん!」
私の名前を誰かに教えてもらったようだ。
「みゃあ」
やあ。
「シイラちゃんと友達になれたのに、今日街を出るんだー」
そういうと私の背中を撫でる。
そうなのか。5日くらいしかいないかもしれないといっていたからな。もう遊んでやれなくなるな。
父親が立ち上がり食器を返却に向かう。ドーラも慌てて残っている朝食を食べると食器をもって父親を追いかける。
食器を返却した後、父親は宿の受付でアリナさんと何か話している。ドーラは私に手を振っている。手を振り返してやるか。
ドーラは私が手を振ったことにちょっと驚いた感じだが、さらに勢いよく手を振りだした。さすがにこれに付き合う必要はないな。
二人が建物を出たので、窓際に登り様子を見る。
外に出た二人を迎える男がいる。そいつも大きな荷物を持っている。ドーラもあいさつしているようだし知り合いのようだ。
ん? この太った男には見覚えがある。こいつは昨夜、例の髭の男がいかさまをやってるといって指さした男じゃないか。
昨夜出会っているから、父親の方は知り合いかもしれないがドーラは昨夜はいなかったし、この太った男は白兎亭に泊まってはいなかった。ということは、以前から知っているということか。確か髭の男がこの太った男を指さしたときには、ドーラの父親は知らないやつといってように思うが。
まあ、私の知ったことではないな。




