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異世界に転生した私は猫である。  作者: 草川斜辺


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冒険譚、元酪農家の話

夕方から夜にかけての白兎亭の食堂は朝や昼とは雰囲気が違う。

夜になると、食事よりも会話が主でその合間に食べたり飲んだりしているように見える。食べることよりも飲む方が多く、大勢の人間がしゃべるので声も大きく騒がしい。また、決まった席にはつかず立ったままで飲み食いしたりしている人間も多い。


騒がしい夜の食堂だが、人間の話を聞くのはそれなりに楽しい。

さて、今日はどのテーブルにしようか。あのテーブルがにぎやかなようだ。立っている人間の足元をすりぬけ、テーブルの下に入る。ここにいれば踏まれたり蹴られたりすることもない。このテーブルには荷物置き場の棚がテーブルの下にあるので、そこに登ることにする。


「おまえ、漁師なのか?」

「いえ、違います」

「フデツから来たんだろ?」

「はい」

フデツというのは、確か海辺の街だったな。以前、ギルド本部に忍び込んだやつらを捕まえた際に聞いた街の名前だ。


「フデツは漁港で有名ですが、内陸部では酪農も盛んなんです」

酪農? 聞いたことのない言葉だ。

「ああ、そんな話を聞いたことがあるな」

「フデツって結構広いんだよな、確か」

「牧場で働いてるのか?」

牧場という言葉も初耳だ。

「チーズでも売りに来たのか?」

チーズというのも聞いたことがない。

「牧場で働いてたんですけど、独立するんです」

独立というのも何のことやら。

「ほう」

「ここには、ギルド本部と市役所に用があってきたんです」

「元酪農家がそんなところになんの用があるんだ?」

「冒険者にでもなるのか?」

「運搬とか加工場の建設に関する相談です」

「加工場?」

「フデツから牛乳を運ぶのか?」

「まあ、そんな感じです。牛乳を仕入れてそれを加工して売るんです」

なるほど。商売の話か。人間は金を稼がないと生きていけないからな。この男も白兎亭で掃除していれば毎日食事も出て生きていけるのに。


「フデツからだと腐っちまうだろ」

「ああ、ちょっと遠すぎる」

「牛乳はここの近隣の村から仕入れたほうがいいんじゃねえか?」

「そうだな。近隣の村にも牧場はある」

「このあたりの牧場は小規模なんですよね。なので、魔法使いに氷をつくってもらって運ぶんです」

「なるほどな。だがそれだと手間もかかるし値段も高くなるだろ」

確か物の値段は、数が多くて簡単に手に入るものは安く、そうじゃないものは高いのだったな。仕事だと簡単なものは安く、難しいものは高い。今の話だと、遠くから運ぶという手間をかけるから高いということか。


「売るのは牛乳の加工品なんです。近隣の牧場は小規模ですし、加工品もあまり作ってないようですから」

「加工品ってチーズとかバターだろ? 近隣のもので間に合ってるぞ」

「ああ、このあたりじゃああまり食わねえから足りないとかはねえな」

「今はあまり食べられてないので売れる余地はあると思ってます。料理やお菓子にも使えますし」

「なるほど。付加価値を付けて売ろうってことか」

運ぶのに金はかかるが、それ以上に高く売れるということらしい。掃除をするよりも多くの金を稼げるということか。


「そういえば、フデツに行ったときに牛乳を発酵させたのとか、チーズの入ったケーキとか食ったが確かにうまかった」

「へー」

「この街はチーズとかケーキを売ってる店が少ないようですしね」

「そういえばそうだな」

「それと、煮込み料理にチーズをたっぷりとかけて焼いたやつもうまかったな」

「はい、冬には特に美味しいんです」

「なるほどな」

「このあたりでは食えねえ食い物だな」

「うまくいけばいいな」

「ありがとうございます」


「加工場ってのはどこに作るつもりなんだ?」

「はい。街の近郊に作りたいんです」

「近郊って、塀の外か?」

「はい」

「まあ、ダンジョン側でなければ問題なさそうだが」

「ゴブリンがまた来るかも知れねえし、塀の外はやばいだろ」

「この前のゴブリン騒ぎで、通り沿いにあった建物の大半は壊されちまったしな」

デニス門の前は大群同士の戦いになったのだから無理もない。

「街道沿いも夜はやばい連中がうろついてるって話を聞くが」

以前ライゼルに行った際は昼間だったから何もでなかったが、夜は魔物でも出るのだろうか。いや、連中というのは人間に対して使う言葉だな。


「ああ、あれだろ、いま街をライゼル方面に拡大しようとしてるよな」

街を拡大?

「はい。その地域に工場を建てるなら補助が出るんです」

「それで市役所か」

「デニス門から1スタほどの距離のところに塀が作られてるな、木製だったが」

「ああ、なんか聞いたことあるわ」

「1スタ先まで広げるのか。結構広くなるな」

1スタというのはどのくらいの距離なのだろう。ダンジョンではスタッドという言葉が使われていたが、それよりは長いような気がする。


「確か、川から運河をそのあたりまでひく計画があるってのも聞いたことがあるな」

運河? 川からひくというのはどういうことだろう。川の近くには水くみ場があるという話を聞いたことがある。なんでも大量の水が貯まっているところらしい。そんなところに行く気はないが。

「そっち方面は縁がねえからまったく知らなかったな」

「まあ、壁で囲めば安全になるな」

「この街も塀が何重にもなれば、このあたりは街の中心かあ」

「ここも将来はライゼルみたいな感じの街になるのか」

そういえば以前ライゼルに行った際、いくつかの塀の門を通り抜けたな。あれは街を何重もの塀で囲んでいるということなのか。

「その時には白兎亭も高級宿、高級食堂になってて俺らには縁がなくなるな」

「まったくだ」

つまり、街が発展してもここにいる人間は発展しないということなのだな。


「それと、もう一つ本部に依頼したいことがあったんですけど信じてもらえなくて」

「気になるな」

「どんな依頼なんだ?」


「牧場で飼ってる牛とか羊なんですけど、最近何かの動物に襲われることが増えてるんです」

牛とか羊という動物は見たことがないが、聞いていると大きい動物のようだ。


「狼か?」

狼というのは聞いたことがないな。ダンジョンにもいない。

「狼もいるんですけど、狼に襲われたような感じじゃないんです」

「なんだその、感じじゃないってのは」

「狼だと、噛まれたり爪でひっかかれたような傷になるんですけど」

「まあ、そうだろうな」

「で?」

「胴体の両側に大きな爪痕のような穴があるんです。まるで、大きな鷲とか鷹の足で掴まれたような」

鷲とか鷹というのは鳥の名前だったか。

「え?」

「そんな馬鹿な」

「牛の胴体を掴む鳥だって?」

やはり鳥のことだった。

「それはねえ」

「やっぱりそうですよね」


「仮にそんな鷲とか鷹がいるなら、でかい羽が落ちてるだろ」

「で、どうなんだ?」

「羽は落ちてないんです」

「じゃあ、鳥じゃねえな」

「やっぱり噛まれた跡なんじゃないのか?」

「巨大な熊とか」

「熊なら噛むよりも先に爪だな」

熊というのも聞いたことがない。凶暴な動物はいろいろといるのだな。

「ダンジョンにいる大トカゲが地上に出てきたとか?」

「フデツのあたりにダンジョンはないからそれはないな」


「足跡はあるのか?」

「いえ、特には」

「噛まれたなら牙の跡がつくと思うんですけど、爪で掴んだような感じの穴が胴体の両側にあいているんです」

「鷲とか鷹だと、後ろに一つ、前側に三つの爪があるんじゃないか?」

「数は一定していないんです。何度か掴みなおしたのかもしれませんが」

「だが羽が落ちてないとなると鳥じゃねえな」

「鳥以外でそんな跡を付けられそうなのってなんかいるか?」

「上と下に大きな牙があるやつにかまれたんだろ」

「足跡がないんじゃあな」

「となると、やっぱり顎のでかい狼あたりが跡を残したってことしか考えられねえな」

「蛇じゃねえか? でかいやつ。蛇なら足跡はないし牙もある」

「蛇の可能性はあるな」


会話が途切れる。

「いや、そういうことのできるやつがいる」

「ですよね」

フデツから来た男が反応する。思い当たるところがあるということか。

「え?」

「なんだそりゃあ」

「知ってるなら最初からいえよ」

「で、なんなんだ?」

「まさか...」

思い当たるやつが他にもいたようだ。


「それをいったから本部で信じてもらえなかったんです」

男がつぶやく。

「信じてもらえないどころか笑われました」

「じらすなよ」

ちょっと静かになる。

「あんなことができるのは..」

「もったいぶるな」

「ドラゴンです」

「え?」

「は?」

「いやいや」

「そりゃあ笑われるわ」

一気に周りが騒がしくなる。


ドラゴンというのは聞いたことがないな。人間の反応からするといるはずがない動物ということか。

さっきまでの話からすると、そのドラゴンとやらは空を飛ぶことができて翼はあるが羽のない動物ということになる。翼はあるが羽がなくて空を飛ぶというと、ダンジョンにいるコウモリのようなやつか。コウモリは大して大きくはないが。


「ドラゴンはとうに絶滅しただろ」

「いや。ドラゴンはどこだったか、オルピエ諸島にはまだいるってのを聞いたことがある」

「オルピエって、大洋のど真ん中にある絶海の孤島だろ」

「いくらなんでも大陸までは飛んでこれねえ」

「ああ。それにそんなのがいたら目撃情報があるはずだ」

周りが騒がしくなる。


「ドラゴンなら、羽じゃなくて、うろこが落ちてるんじゃないか?」

「おう、そうだな」

「いや、うろこは羽のようには簡単に落ちないだろ」

「そうかもしれんが」

「いまとなっては、ドラゴンの生態を知るものなんていないからなあ」

「で、落ちてたのか?」

また周囲が静かになる。


「実は」

周りは静かなままだ。

「こういうのを見つけたんです」

周りの人間が集まってきたようだ。

「うろこのような感じだが、欠けてるようだな」

「トカゲの鱗じゃねえのか?」

「いや、蛇だろ」

「形からすると、大きなうろこの一部にみえなくもないが」

「一部だとすると結構でかいな」

「それひとつじゃあな」

「こういったのはいくつも落ちてるんです。これはそのうちの一つです」


「明日、この街にあるライゼル大学の研究所にもっていこうと思ってるんです」

大学、研究所、というのも聞いたことがない言葉だ。うろこを持っていってどうするのだろう。

「まあ、ドラゴンってことになればおもしれえな」

「確かに」

「このあたりにはいねえといわれたゴブリンが出てきたくらいだ、ドラゴンだったとしても不思議じゃねえ」

「それもそうだな」

「ドラゴンにしてもゴブリンにしても、そんなのが次々出てくるってのはなんか妙だな」

「まあ、世界は広いってことだ」

「それにしてもドラゴンかあ、一度戦ってみたいもんだ」

「いや、相手は飛ぶんだぞ、どう戦うんだよ」

「それに火を噴くっていうじゃねえか」


火を噴くとは凶暴なやつだな。それに空を飛ぶというのも厄介だ。

空を飛ぶといえば、この街にも鳥はいるが以前いたところのようなごみをあさる黒い鳥はいないようだ。

あの黒い鳥は近づくとすぐに跳び上がるが、遠くには逃げない。飛びかかれば届きそうな距離のちょっと先に舞い降りるという不愉快な奴らだった。だが、一度ごみの入った袋に足をかけて飛び上がり、爪の先が奴らの翼にかかったことがある。地面から跳び上がるよりも高く飛べたのだ。その時はほんの数本の羽が落ちただけだったが、その時の経験を活かせば、空を飛ぶ奴との闘いも何とかなりそうな気がする。


今は跳躍力も爪の長さも以前よりはずっと強化されているし、以前フクロウとやりあった時に飛んでるそいつの足に爪が届いた。ドラゴンとやらがどんなのかわからないが、私も一度戦ってみたいものだ。

そういえば、私も爪の威力や跳躍力、人間の変身能力とかいろいろな能力が付いたが、もっと魔物とかを倒せばいろいろな能力が付くのだろうか。最近は、魔物とかを倒すと今ある能力は強くなっていくようだが、新たな能力はついていないように思う。魔法力とかが付けばいろんなことができそうだし、今度魔法使いに話を聞いてみるか。確かベルナが魔法を教えてもらっているので、魔法使いを紹介してもらうのが良いかもしれない。

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