17 悪趣味、そして逃走(別視点)
視点、レイン(父)→ヴァン→ヴォル
「ルーナが居なくなっただって!?」
「はい。着替えの途中に走り去られてしまった様で…」
「何やっているんだあの子は…」
レティーシャからそんなとんかちな報告を受けたのは、マリアとの朝食の席での事だった。
帰ってきて早々、下着1枚で部屋から飛び出したと言う我が娘に、僕はこれから頭を抱える事になる。
「あらあら、ルーナちゃんったら元気ねぇ」
「あらあら、じゃないだろマリア。」
僕の横で、のほほーんとしている我が妻に呆れながらも
部屋にいたと言うメイドに状況を確認する。
「それで、ルーナが逃げたのは今日が初めてなのかい?」
「はい。今までその様なことは…」
「…いつもと何か違ったのか?」
「えっ、あ、その……」
新人だろうか、メイドはあからさまに言葉を濁した。
あぁ、そんなに動揺したら違う事があったと自ら言っているようなものだ。
「うふふっ。ルーナちゃんったら、少し会わない間にお転婆さんになったのねぇ」
「マリア、話を反らさないでくれ」
「あらっ、ごめんなさい」
「それで、何があったか詳しく聞かせて貰っていいかなレティーシャ」
「はい。かしこまりました」
…
……
………
「つまり、ここ一週間はヴァンとヴォルがルーナの身の回りの事をしてたっていうのかい?」
「旦那様達が家を開けたその日から、嬢様がお二人についていってしまって…」
「それで、大泣きしたと」
「はい。お二人に任せたところ、お嬢様は泣き止みまして今日までそのままに…」
「はぁー、何故無理矢理にでも止めなかったんだ…」
旅の道中、ヴァンからルーナが重症になってなかなか目覚めなかったと聞いたときも心臓が止まるかと思ったのに
帰ってきてからも、一国の王子達にルーナの世話をさせていたと聞かされ、抱えていた頭が最早痛くさえなってくる。
もう、仲良くするなとは言わない。
だが、仲良くしすぎるのはよろしくない。
傍目から見ても、あの二人はルーナに依存しすぎている。
それに、あの二人が家に来た理由も、理由だ。
あれは、まだ乳飲み子だったルーナを、貴族の義務とやらで王宮に連れていった時の事だった。
この国の貴族は、子が産まれると国王に謁見する義務がある。
それは五爵全て、という訳ではなく公爵、侯爵、伯爵までの三爵のみに課せられたものだ。
子爵と男爵にはその義務も、王に謁見する機会もはない。
理由は、まぁ簡単。
子爵と男爵では身分が低すぎて王配にするには向かないためだ
王配にはそれなりの身分の姫を、という事なのだろう。
なんせ、この謁見は未来の王配を見繕う為のものなのだから。
小さい時から将来有望株には目をつけておく。
なんて嫌な謁見なのだろう?と当時から思っていた。
また、領地が遠い者達は数年に一度の王主催のパーティでのお披露目も認められているが、僕達の領地は王都に近く、謁見しないという選択肢そのもの自体が無い。
マリアもその三爵、しかも公爵という地位を持っていた為に、ルーナもこの謁見の条件を残念ながら満たしてしまっていた。
公爵という地位だけでも十分目立つのに、公爵家初、平民を婿に貰った変わり者としてでも、マリアのその名は王に届いていた。
…他にも、昔冒険者をやっていた時の功績等、フェルト・レィリレース家は数ある公爵家の中でも、かなり身分が上位なのは確かだった。
なので、ルーナを連れての謁見は、当時かなり気が重かった記憶がまだ鮮明に残っている。
でも、当時はまだ王子達も5歳。
謁見時にもそうそう同席させていることは無かったらしいので
謁見も『産まれました』というだけの簡単なものを想像していたのだが
(マリアにもそう聞いていたから)ドアを開けてビックリ、通された部屋には仮面を着けた二人の王子が居た。
『国の宝、そして魔王を退けた勇者のパーティーにいたマリア嬢の子供だ。息子達を同席させるのは道理だろう?』
開いた口が塞がらなかったのは、言うまでもない。
それから、あれよあれよと夕食まで食べていくという事になったときには
既にルーナは王子達の腕の中にいた。
『あぁ、うー』
『ジャスミンみたいに泣かなくって、とっても良い子だね』
『次、次俺にも抱っこさせろよヴァン』
『えー?この子だって僕が良いって言ってるよ。ねぇー?』
『きゃっきゃっ』
ルーナは産まれたときからよく笑う子だった。
人見知りもせず、あまり泣きもしない子だったのだが
この時ばかりは泣いて欲しかった…
それが原因かは分からないが、ルーナは二人に凄く気に入られた。
そんなルーナを二人はなかなか返してくれず…
その日、結局家に着いたのは深夜だった。
勿論、帰る前にルーナのステータスも公開して、王配には向かないことをさりげなーくアピールもしたのだが…
健闘虚しく、後日王から王子達がルーナに「一目惚れ」したそうだ。
と、書かれた手紙が届いた。
その時は5歳児の一目惚れなんて、すぐに気が変わる。
そう高を括っていたのだが、なんと2年後、王子達は行儀見習いとして家に来たいと言い出したのだ。
ルーナの固有スキルを理由に断る我が家に、王令までも持ち出して。
このままでは時間の問題で、ルーナもあの二人に絆されてしまう。
それこそ最悪な王配コースまっしぐらだ。
僕はルーナを国へ嫁がせる気は、これっぽっちもない。
ルーナには悪いが、誰とも結婚なんてしなくっても良いとさえ思っている。
それもこれも、愛娘であるルーナが可愛すぎるのは勿論の事、僕と同じ病弱スキル持ちの娘だ。ホイホイそこらの男に嫁がせる訳にはいかない。
可愛い一人娘にはちゃんと幸せになって欲しいから
**********
「たっ、大変ですっ!お嬢様が!!」
最初、大慌てでレティーシャにしがみついたメイドの顔は顔面蒼白だった。
初めは、またルーナが怪我をしたと思ったんだ。
だって、ルーナは病弱スキル持ちなのに、その自覚が少ないせいでよく怪我をするから。
小さな怪我なら魔法が苦手な僕でも直してあげられる。
ルーナがよく怪我をするから、僕は必死で回復魔法を覚えたんだよ?
「どうしたんだい?ルーナ、転けでもしたの?」
あのスキルのせいで、ルーナはかなり過保護に育てられている。
なので、少し膝を擦りむいただけでも大騒ぎになるのはいつもの事だ。
「ちっ、違うんですっ!下着のまま、お嬢様が…!」
下着のまま…?!
怪我じゃないなら、家の中で人拐いにあったのか?
…いや、そんな馬鹿な。
この家は父さんの防衛魔法で不審者は近付けもしないはずだ。
なら、一体…?
「お嬢様がっ、お嬢様が…」
「落ち着きなさいっ、お嬢様がどうしたのですか?」
レティーシャは、しがみついて離さないメイドを何とか落ち着かせ、話を聞き出した。
…
……
………
「……はっ?」
ルーナが逃げた。
最初、何を言っているのか理解が出来なかった。
だって、パジャマを脱いで下着のままで走り去ったって言うんだよ?
それも、僕の可愛いルーナが。
出会った頃に比べると最近は少しお転婆かな、とは思ってたけど、今回の行動はまさかだった。
「マジかよっ?!」
僕の兄であるヴォルもこの行動には度肝を抜かれたらしい。
本当、僕達の姫はいつも想像を遥かに超えてくる。
「話は分かりました。貴女は手が空いている者達にお嬢様を探すよう、今すぐ伝達なさい」
「わっ、分かりましたっ!!」
レティーシャにそう言われて、メイドは祈るように手を組む。
あの形は伝達魔法だ。
「あぁっ、ちょっと待て」
しかし、それを止めたのは僕の兄であるヴォルだった。
「それって伝達魔法だろ。お前、それどこまで使えんの?範囲は??」
「えっ…、私は見たものを共有して、短い文章を伝えるくらいしか…。範囲は、雇用登録されている使用人全員です」
「見たものを共有…。昨日ヴァンがルーナに着せた下着は…まぁ、大丈夫か」
最初、ヴォルが何を言っているのか分からなかった。
それでも、ルーナに昨日着せた下着、というワードでピンときた。
ヴォルはメイド、特に執事にルーナを探させるかを悩んだんだ。
きっと理由はルーナ今の格好だろう。
僕と一緒でヴォルは独占欲が強いからな…。
でもっ、ルーナの格好を思い出して少し安心したのは僕も同じだった。
昨日は少し肌寒かったから、少し厚手の白のワンピースキャミソールを着せたのだ。
良い生地を使ってるから、そうそう透けはしない。
見た目は普通のワンピースだろう。
昨日の僕、良い仕事したな。
「良いよ、伝達魔法使って。あっ、でも中庭にいる庭師以外な?」
「すみませんが、私にそこまでの技術が…」
「…えっ、そんなことも出来ないのかよっ?!」
普通は出来ない。
僕はそう言って、ヴォルの頭を軽く叩いた。
ヴォルは生まれたときから魔力量が高く、魔法が使えない人の気持ちに鈍い所が多々ある。練習もしないで中級魔法を使ったときは、流石の僕も驚いた。
「伝達魔法使えるだけでも十分凄いよ。それに、中庭から僕達が探せば良いだけだろ?」
「でもっ、アイツが先に…!」
「あー、はいはい。そうだねぇー。メイドさん、ちゃっちゃと伝達魔法使っちゃって下さい」
「おいっ、まだ俺が許可してないっ!」
「ルーナを探すのが最優先だろっ、醜い嫉妬は後!」
もう一度ヴォルの頭を叩いて黙らせる。
ヴォルが気にしているのはきっと、庭師の息子の事だろう。
僕達より2つ年下の、今年6歳になる少年。
ルーナと面識は無いようだが、ルーナの事を好きなことは火を見るよりも明らかだ。
自身が任された庭の一角、そこにこれでもかと植えられた『リナリア』はその小さな恋心を隠す気もないのだろう。
今はまだ害が無いので放っておいているが、ルーナに害があるようなら早々に対処しないとね…?
「ほらっ、伝達魔法が始まるみたいだ。急いで行くよ!」
駄々をこねるヴォルを、僕はグイグイ引っ張って中庭を目指すのであった。
**********
中庭について一番に俺の目に入ってきたのは、ルーナだった。
花に向かって話かける姿は、まるで花の妖精。
お世辞抜きに可愛らしい俺の…
「僕達の妹がいたよ、ヴォル?」
…!
流石双子、考えることは同じって訳だ。
しかも、頭の中だけでも俺一人のルーナにさせる気は無いっていう独占欲。
本当、俺達は双子だわ。
あぁっ、好きな子も一緒で本当嫌になる。
「…あぁ。今んところ怪我は無さそうだな」
「そうだね。それに、まだ彼も居ないみたいだしね?」
ヴァンが言う『彼』とは、今まさにルーナが見ている花壇を管理している子供の事だ。
身分違いの恋は、いつか自身を苦しめることも知らずに…
ルーナとは話したことは無い筈だが、その行動を見ればルーナに気があることは一目瞭然。
この中庭のこの場所も、ルーナの部屋から唯一見える花壇だし、アイツが管理を任されてからは、花の世話のついでにチラチラと上を見ていることが多いのも調査済みだ。
それこそ、花の世話がついでなんじゃないかと疑いたくなる程
影から憧れる恋なら放っておいてやる。
俺も、そこまで暇じゃないしな。
ただ、ルーナと関わろうとするなら、それなりの覚悟をしてもらう予定だ。
「さてっ、そろそろ僕達のお姫様に声かけようか?」
「あぁ。」
立ち上がってすぐ座る、という奇妙な行動をしているルーナに、ヴァンが声をかけようとしたとき…
「っ…!!?」
ルーナが足を滑らせた。
「危ない!!」
重なるはずのない声が重なった。
ヴァンとは別、その声の主がルーナ目掛けて手を伸ばす。
アイツだ。
ルーナに手が触れそうになったとき、俺は2人分の「浮遊」を唱えた。
結果、ルーナに触れそうになった手は空高く上がることになったのは、言うまでもない。
思ってたより高く上がってしまった…
念のため、ここから一番遠い敷地内に着地させるように命令を出しておく。
「それなりの覚悟も出来てない奴は、まだ出てくるな」
そう悪態をつきながら。
そんな俺を見て、ヴァンが「やり過ぎ」と小さく囁いたのは、聞かなかった事にした。
リナリアの花言葉は「この恋に気づいて」




