【第2話】停滞
月曜日になった。今日の会議は9時15分スタート、午前中いっぱいの予定である。私は一足早く、9時5分ぐらいに会議室に着いた。先週は普通に、いわゆる「スクール型」に並んでいた長机は、今は6つのグループに分けられている。臼杵さんは色とりどりの付箋とA3の白紙を何枚か、テーブルに配っている。私は少し斜めになったテーブルを直しながら、臼杵さんに尋ねた。
「席はもう決まっ...」
「ハイハイハイハイ、ハイ。席は適当でいいよ。あ、冨士山さんはそこの席ね。」
この人はいつも、最後までしゃべらせてくれない。
5分ぐらいすると、みんな集まってきて、定刻3分前ぐらいには全員が揃った。
「ハイ、ハイハイ。えーー、すみません、1分ぐらい早いですがね。皆さんお揃いなので、始めさせていただきます。」
何人かの人が顔を見合わせたが、構わず続ける。
「えー、ハイハイ。えー、先週あの後、濱田部長からご提案がありましてですね。今日はみんなで「なぜなぜ」とかですね。え、「ワイガヤ」みたいな感じで、やろうと思います。ハイ。」
ふと濱田部長に目をやると、いつもの微笑みは崩さずに、わずかに首を横に振って応えてくれた。
「うーくん、やりやがったな。」
誰かがそんなことをつぶやいた気がした。
会議の時間は2時間45分。途中に2回の休憩をはさんで、プログラムが組まれている。説明に15分ほどかかったので、各パートは40分ぐらいになる。最初の40分は、「ベンチマーク」に割り当てられた。
「ハイハイ、ではですね。皆さんの前に付箋紙とマジックペンがあります。それぞれが考えたことを発言し、この紙に書いてください。色は気にしなくていいです。では、はじめ。」
過去に成功したブランド、定着したブランド、海外でも広く知られているブランドなどを思いつく限り書く。私は実家のあたりでよく見かける軽自動車を並べてみた。スズキの「ワゴンR」、「ハスラー」、「ジムニー」。ダイハツの「タント」、「コペン」。雪国出身の浅間さんがそれに続く。トヨタの「ランドクルーザー」、「アルファード」、ついでに「プリウス」。色々知っているはずなのに、なかなか出てこない。隣のグループからは、「からまん棒」、「ウォークマン」など、ちょっと耳慣れない言葉が聞こえてきた。あっちのグループでは「スイッチ」、「プレステ」、「アイフォーン」という具合に、グループごとに特徴が出ているようだ。
今度はそれを元に、ネーミングの特徴を考えていく。形状を表現したもの、機能を表現したもの、親しみやすさ、元気よさ、インパクトなどなど。英語やイタリア語、関西弁など、色んな国や地方の言葉を使ったものや、「ワゴンもあーる」みたいなダジャレが由来になっているものまである。
「ハイハイ、30分です。どなたかグループの代表者に発表していただきましょうかね。」
まだ分類は終わっていない。2つ以上の特徴を持つもの、分類に困るもの、色々あって意外に難しいのだ。それでもかまわずに臼杵さん、
「ハイハイハイ、時間がないのでA班から行きます。前の方の...」
「ここがA班なんだ...」
A班は皆、同じような表情を浮かべた。
「私たちは家電とかが多かったですね。これ、私も知らないくらい古いですが、洗濯機の『からまん棒』。これは形状と機能を表現したもの。カセットテープを使った『ウォークマン』は機能と親しみやすさ?でしょうか。」
黒木さんは説明した。
「では、次は女性行ってみましょうか。平塚さん、どうです?」
次はB班だと思って油断しきっていたD班の平塚さんが、ビクッとして立ち上がり説明を始める。
「私は筆記具が好きで、あの。三菱の『クルトガ』と『ジェットストリーム』、これが一番浸透してるかなって。」
「ハイハイハイ、『機能軸』ね。『イメージ』とか『勢い』もかな。ハイ。」
「親しみやすい名前で、実は超精密という『ギャップ』もポイントだと思います。それと、ちょっと違う視点では万年筆の『カスタム』シリーズ。これは『顧客の要望に応える』という、思想?を表しているとか。同じくパイロットの『キャップレス』、これは機能と形状...ですよね?あ、『フリクション』も捨てがたいです。」
「ハイハイ、『思想』というのは、ちょっと新しいですね。それと、ハイ。『意外性』と。」
食品、飲料、薬品、アニメや漫画のキャラクターや巨大ロボ。色んなジャンルのものが揃った。これに比べ、海外の鉄道ときたら、ドイツのICE、フランスのTGV、韓国のKTX、中国のCRHといったように、無機質なネーミングが多い。逆にキャッチーな名前が多いのが「交通系ICカード」だが、「スイカ」、「パスモ」以外は割合地域性が強いということで、今回は「スイカ」で代表することになった。
「そういえば、スイカペンギンってオスだったのかな。」
「鳥類ってオスメスの差があまりないのが多いから、『かわいい』だけじゃなくて『ジェンダーフリー』みたいな性格もあるのかもね。」
人がたくさん集まると、色んな見方が出てきて面白くはある。
次の40分は「案出し」である。思いつく限り列車名の候補を考える。まずは過去に使われていて、今は使われていないものをピックアップしていく。「富士」と「彗星」は最初に出したが、こういう時には浅間さんが異様に強い。「ひばり」、「はと」、「白鳥」、「銀河」。「あけぼの」に「あさかぜ」。すらすらと出てくる。国鉄のシンボルマークである「ツバメ」から派生してか鳥の名前が多く、他には朝や夜をイメージさせるものが多いようだ。次に、全く新しいものを考えていく。こうなると、「ゆめ」や「みらい」、「きぼう」みたいなものが多く出る。「ニンジャ」、「サムライ」と出たあとで、「マグネット・エクスプレス」に「ちょんまげ」のイメージを重ねたとして「MAGEX」という提案もあったが、みんなに「えー」と言われてその場で消えた。最後の10分は何も案が出ないまま、40分が過ぎた。
最後の40分は、最初のパートで決めた「評価軸」で、前のパートで出た「候補」を「採点」する。
「ハイハイ、えーと、できるだけ直感的にやりましょう。まずは『マル、バツ、サンカク』で。」
臼杵さんの説明に従って、とりあえず表を埋めていく。
「これ、親しみやすさは『マル』でしょ。」
「えーと、ボクはそうは思わない。だって、それは南の方の感覚でしょう?」
「じゃ、『サンカク』ぐらいにしとこうか。」
「そうしようよ。」
横のグループからも似たような会話が聞こえてきた。
「これは勢いがあるね、『マル』。」
「いや、破裂音だけでは濁音系より弱いよ。」
「じゃ、これも『サンカク』かなぁ...」
「ハイハイハイハイ、35分です。」
次は昼休憩だとさっき気づいた臼杵さんが早めに切り上げようとする。採点はまだ終わっていない。残りの採点をそれぞれのグループで終わらせ、また2日後に会議を開くことになった。
早々と食堂に向かう臼杵さん。濱田部長は会議室のドアの横に立ち、
「お時間いただいてすみません、ありがとうございました。ありがとうございました。」
と、全員が退室するまで、何度も申し訳なさそうにお辞儀をしていた。




