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向井綾菜とカケル日々 - 日替わり欠損体質な彼女は -  作者: 誰時 じゃむ


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第6話 カプセル程度の


「あ! この辺、見覚えある!」



 2人は遊歩道を抜け、山沿いに曲がっている道を少し進んでいく。


 僕はすっかり忘れていた地図に目を落とすと、そこはもう新山第3小学校の裏だった。


(僕の役目もようやく終わりか)


 薄雲の向こうには、紫色の空がやって来ていた。


「飲み物買ってくるねー!」


 すると、少し目を逸らした隙に、トテトテと向井さんは勝手に早足でどこかに行ってしまう。


 僕も、見失わないようにその後を追う。



 行き着いた先は、昔ながらの店構えをした駄菓子屋だった。



 店頭には、起きているか寝ているか、おじいちゃんかおばあちゃんか分からない店主が1人。

 客はいない。きっと、採算は度外視なんだろう。


 ――――ピッ。……ガコンッ。


 自販機が音を立てると、向井さんがしゃがんで取り出し口を上げる。

 その手に握られていたのは水だった。


「水?」


「あ、意外? 私ねー、ジュースより水が好きなんだー。そっちは、何飲む?」


「え?」


「今日のお礼」


「い、いいよ、いいよ! 勿体無いし!」


「受け取って? じゃないと、私がモヤモヤしたままだから」


「あ、じゃあ……」


 そこで僕は一瞬、逡巡を挟む。


「……コーヒーで」


「おっけ!」


 向井さんは取り出し口から缶を取り出して僕に手渡す。と、それから自分のペットボトルの蓋を開け、水を流し込みながら店先の駄菓子を眺めながら歩き始めた。



 そんな向井さんが次に足を止めたのは、店先に置かれたガチャガチャの前だった。



「うむ」


 そして、向井さんはそう一言だけ呟くと、財布の中から200円を取り出して、躊躇せず投入し、ハンドルを回した。


 ――――ガチャッ、ガチャッ……。……ゴトッ。


 カプセルを開いて姿を現したそれは、デフォルメ化されたカタツムリだった。


「あー……、カタツムリか……」


 すると、向井さんはがっくり項垂れる。


 後ろからラベルを覗いてみると、どうやらそれは《ハリネズミ・ナマケモノ・猫・ブタ・ゾウ・シマウマ+シークレット1種》の計7種類のキーホルダーが当たるものだということが読み取れた。



(――――ん? ってことは、カタツムリがシークレット!? ……え、カタツムリ? このラインナップの中、よりにもよって!?)



 その謎の選出に驚く僕の前で、向井さんは立ち上がる。と、それから明らかに元気のない声で「行こっか……」と言って、スカートを翻した。


 ――――ゴトッ。


 しかし、次の瞬間、背後から無機質な音がして、向井さんは振り返る。

 と、そこには、まだ未開封のカプセルを握る僕がいた。



 僕はなんだか、向井さんをそのまま帰したくはなくって、気づけばガチャガチャを回していた。



「あ……、ハリネズミか……」


 パカッと蓋が開く。

 そこで待ち構えていたのは、ハリネズミだった。


 それを見ると、僕は、向井さんに聞こえるように呟いた。



「向井さんのを見て、カタツムリが欲しくなってたんだけどなぁ……」



 きっと、僕の考えは見透かされていただろう。

 そして、もうなんとなく分かっていたんだろう。次に、どんな質問が出てくるのかも。



「……向井さん、ハリネズミ好き? 良かったら交換してくれないかな」



 そう言って、僕は向井さんのほうを向く。実に、ぎこちなく。


 そして、それでも向井さんの顔はぱぁっと明るくなる。



「いいの……?」


「うん。向井さんが、良ければ」


 すると、向井さんは不意に僕の懐に飛び込んできた。


 そして、僕が肩から下げていたカバンのチャックに有無を言わさずカタツムリを括りつけると、2、3歩離れてから、今度は自分のカバンを差し出してきた。


「もう、嫌だって言ってもつけちゃったから無効だから。はい、じゃあハリネズミ、私のにつけて」


 その子供っぽい言い方に、心をくすぐられる。


 僕は手に持っていたカプセルからハリネズミのキーホルダーを取り出し、言う通り向井さんのカバンに括りつけた。


「……へへへっ、ありがと」


 向井さんが少し照れくさそうに笑う。光に透けた水色の髪が、やけに鮮やかに映った。



(――――あ、笑ってくれた)



 僕は今日、向井さんのいろんな話を聞いて「向井さんが明るいなんていうのは、表面的な部分なんだ」と考えていた。


 きっと、今の向井さんの奥深くには、あの体質によって埋もれていってしまったたくさんの遠慮や葛藤や諦めがあるんだろう、と。



 でも、この素直な笑顔を見て、気づかされた。



 どんな光の当たり方をしても、どんな色を映し出しても、明るさも暗さも全部、向井さんなんだ。僕が、心での呟きと口から出る言葉が違うように。


 向井さんの明るさは、もしかしたら自分を保つための仮面なのかもしれない。


 逆に明るいほうが本来の姿で、あの体質によって暗い部分が生まれてしまったのかもしれない。


 どちらの姿を、向井さんが望んでいるのかも分からない。


 でも、それでも僕は、向井さんに笑っていてほしい。僕は、向井さんの笑顔が好きだから。



(向井さんを目で追うようになったのも、向井さんが楽しそうに笑ってたからだし……)



 笑顔が素敵だと思える人は、自分がその人に笑いかけられたいからで。

 笑顔にしたいと思えるからで。


 だから、笑顔でいて欲しくて。


 僕に何か出来ることがあるなら、せめて僕の前だけでは向井さんに少しの悲しいことも起こらないようにしたい。今日という日を過ごして、僕はそう思った。


 勝手に共感したつもりになって、勝手におせっかいして。それをストーカー気質、と一蹴されてしまえばそうなのかもしれない。


 だけど、友情、愛情、庇護欲、親切心、恋心、言葉を探せばそういう感情は誰にでもあるんじゃないだろうか。


(……僕のこれは、もはや親心?)


 景品の交換なんて、カッコつけられもしない些細なこと。

 だけど、この嬉しそうな表情は、嘘じゃない。


 それから僕は向井さんからカプセルを受け取って、ガチャガチャの近くに設置された空カプセル入れにそれを捨てると、僕らは再び新山第3小学校を目指して歩き出した。



 そして、何事もなく小学校に到着すると、向井さんが振り返って言った。



「流石にここまでくれば、大丈夫です! 記憶に入ってますから!」


 しかし、そう言って1歩後ずさった時、


「あ……」


 向井さんの重心が宙に浮いた。



「――――危ないよ、後ろドブ」



 遠のいていく向井さんの腕を、僕は咄嗟に掴む。



 それから向井さんはしばらく、片足立ちで溝の上で足をぷらーんとさせたまま、こちらを見つめていた。



 だから、僕はもう1つ強く向井さんの腕を引き寄せると、その勢いで数歩前に歩かせて地面の続いてるほうに誘導し、自立させる。


「この遠回りの元凶、誰か忘れた? 送るよ。心配だから、最後まで」


 そして、いきなり溝に落ちそうになって硬直したままの向井さんにそう声をかけた。 


「あ、りがとう……」


 手を離すと、向井さんはそれに辿々しく返事をする。


 けれど、斜陽に照らされた僕らの影は重なり合って、まだ手を繋いだままだった。



   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 それから数十分後、僕は1人列車に乗っていた。



 この町に来てようやく乗り慣れたそれは、心地よく揺られながら、抗えない微睡の中に僕を落とす。


 僕以外、誰もいない電車。家までは、あと2駅ある。


 車窓から入り込む最後の夕闇の中、重たくなった頭が再びガクッと大きく落ちる。と、閉じかけた視界の中に、カバンについたカタツムリが確かに映り込んだ。



 そして、向井さんの家の前。



「私、この回り道、嫌いじゃなかったよ。またね」



 ふと、玄関の前で別れた向井さんのその言葉が頭の中でリフレインする。



(……明日、筋肉痛とかならないといいなぁ)



 疲れ切った心と身体。

 こうして当てもなく帰ったのは、何年ぶりだろうか。


『次は、海王宿。海王宿』


 無機質な機械音声が、次の停車駅を告げる。


 僕の家までは、あと1駅だ。


 僕は家が好きだ。

 唯一の癒しは、自分の部屋。



 でも、こんな帰り道も悪くはない。



 見慣れない町角、見慣れない風景、家を往復するだけじゃ見つけられなかったものばかり。


 癒しじゃなくても楽しみが、この街には溢れているのかもしれないと思った。



   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 次の日、僕らは何事もなかったかのように挨拶を交わして席につく。


「やっほー!」


「お、おはよう……。なんか、今日はやけにテンション高いね、向井さん」


「ああ! 今日は、アゲの日だからね!」


「アゲ……?」


「テ・ン・ア・ゲ! 今日は清楚がどっかに行っちまってるってーわけ! つまり、制限のなくなった完全無欠の綾菜ちゃんってわけです!」


 向井さんはそう言って、僕にギャルピースをかましてくる。と、程なくして、向井さんの友達たちが向井さんを自分たちの会話の輪へと攫っていってしまった。



 いつの間にか当たり前になった、向井さんと挨拶を交わす日常。



 けれども、その机の下では、いつもとは違い、不揃いだけどお揃いのキーホルダーが密かに2つ揺れていた。


 葉桜はもう完全に青葉に塗り変わり、窓からは心地よい緑風が流れ込んでくる。



 少し早い夏の気配が、僕の心をくすぐった。


 ここまで読んでいただき、ありがとうございました!


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