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向井綾菜とカケル日々 - 日替わり欠損体質な彼女は -  作者: 誰時 じゃむ


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第3話 君とやっと出会った僕


 ぷらーん、ぷらーん。


 椅子の下で、振り子のように上履きが揺れている。

 スマホを没収された隣の向井さんは腕で枕を作って顎を乗せ机に突っ伏すと、退屈そうに黒板を眺めていた。


 前回、向井さんを助けるために教師を引き付けたらそれは余計なお世話だったと恥をかいた僕も、あれから少し時間が経って火照りが治ってきた。


 しかし、ふと時計を見ると、驚くことに現代文の時間はまだ10分も残っていた。


 体感では、向井さんが怒られた時からもう30分くらいは経っていたような気がするのに。


(流石に、これは眠い……)



 ――――こくり。



 自分の頭の重さで、自分が起きる。

 目を擦り、手をつねっても、一定の周期で重い眠気が襲いかかってくる。


 教卓では、流石に授業が進まないからと叱るのを諦めた堺が板書を続けていた。

 しかし、そのチョークが黒板をノックする音が暖かな春のまどろみと相まって、むしろ睡魔の誘いに拍車をかけた。



 そんな時だった。――――僕の側頭部をこつんと何かが叩いた。



 飛んできた方向を見ると、向井さんが手をひらひらと降っている。


《何かお話ししよー》


 それは、さっきと同じようなメモ用紙だった。



 僕は少し悩んだ後、眠ってしまったりスマホで動画を見たりするよりかはいいかというあくまで健全な動機で自分を納得させ、返答を紙に込めて投げ返した。


《なんで、朝、梅干し食べてたの?》


 向井さんは眠そうな顔でそれを開くと、ぴょこっと眉毛を1回弾ませてシャーペンを動かす。

 僕は気がつけばその姿さえ、じっと見てしまっていた。


 程なくして、小さな手紙が返ってくる。


《カンペの準備で朝ごはん食べられなかった! あと、いつもは梅干し食べると酸っぱくておっきい声出ちゃうから、学校じゃ食べないようにしてるー。今日は、声出したくても出ないから》


《ずいぶん楽しんでるんだね》


《楽しまなきゃ損じゃん! どうせ、そういう体質なんだし》


 そういう体質を楽しむ、か。まさに、いつも笑ってばかりの向井さんらしい言葉だ。


《……さすが向井さん。なんでも楽しめるんだね。うらやましいよ》


《君は楽しいこととか好きなこと、何かないの? 趣味とか!》


 そこで、文字を書く手が止まる。

 僕は自分のことを問われるのが、てんでダメだった。


 何も書けない僕の横顔を、不思議そうに向井さんが覗く。

 僕はそれに気づくと、この会話を終わらせたくはなかったから、苦し紛れに返答を書いた。


《向井さんは?》


 すると、向井さんは僕の少しの空白の時間なんか気にせず、シャーペンを走らせる。


《何だと思う? 当ててみて!》


 それは今までとは違い、少し端の折られた手紙だった。


 その折られた部分の上部では、向井さんの描いた少しだけ悪い顔をしたウサギが「ここから先はヒントだよ〜」と言葉を発している。僕はその絵のお茶目さと愛らしさに、思わずクスッと笑ってしまった。



(しかし、向井さんの趣味か……。何だろう。向井さん、運動できるしテニスとか? バレ―ボールとかって腕の細さじゃないし、陸上ってわけでも……)



 そこでハッと気がつく。


 僕は自分の頭の中で、あくまで頭の中でだけど、その白い太ももや黒く伸びた髪、向井さんの身体を舐めるように見回していたことに気がついた。



 途端、僕は頭をブンブンブンと振りその妄想を払う。



 そして、ちゃんと質問と向かい合うために「しっかりしろ!」と自分を叱り、仕切り直すためにヒントのページをめくった。


《意外と時間がかかる! 手間もかかる!》


 僕は、そう書かれたヒントの文字の横で、サングラスをしたドヤ顔の猫と目が合う。


 ヒントのようでヒントじゃないその言葉と謎のキャラクターに、僕は困惑していた。


(え? これヒント? いやいや、趣味ってたいてい時間かかるものなんじゃ……。っていうか、何だ? この猫。それに、さっきのうさぎも……)


 しかし、そこで僕は思いついた。そう、それこそがヒントだったのだ。


(ん? ちょっと待てよ…… ――――そうか、絵だ! 向井さんの趣味は、絵! さらに『時間も手間もかかる』ということは、落書きじゃない! 道具とか場所とか工程とかに用意が必要ということ)


 絵の具。そんな答えが僕の頭に浮かんできた。


 しかし、そこで止まる向井さんではない。

 僕は、もう知っている。


 油絵や水彩画には留まらない向井さんの意外性を。


 だから、そこに奇抜さをひとつまみする。



(――――粘土。そうか、粘土だ)



 向井さんは動物が好き。

 そして、手間がかかる。


 なら、そこから導き出されるのは……。



(――――自作の置き物だ!)



 今や、ガチャガチャでもよく見かける動物の置き物。


 それを作るには、デザイン、形づくり、空気抜き、乾燥、色塗り、仕上げ、多くの工程が存在する。


 さらに、向井さんは流行に敏感なイメージもある。


(そんな向井さんなら、いま流行りのデフォルメ風ミニ動物フィギュアを自ら作り出しても不思議はない。――――っていうか、ちょっと萌えるから、作ってて欲しい!)


 だから、答えは……。


《動物の小さな置き物作りだ!》


 もはや、それは願望に近かった。

 女の子には料理が出来て欲しいとか、男の子には免許を持っていて欲しいとか。


 そういう誰もが思い描く異性への小さなエゴ。



 そして、気になるその答えは……。



《ぶっぶー! 正解は切り絵でした》



 ――――いや、惜しいんかい! 


 そんな叫びが、僕の口から教室中に飛び出そうになる。


 しかし、一方で僕は密かに期待していた。

 向井さんは、この僕の計算高い意外性すらも、呑気に潜り抜けてくれると。


 答えの文字の横では、目つきの悪いうさぎとサングラスをした猫が仲良く口を尖らせていた。

 確実に、こちらを煽るように。


(あと何ださっきから、このうさぎと猫は!!)


 向井さんはそんな少しやさぐれた僕を、してやったりと見てくる。


 それに無性に腹が立ったので、僕はどこかに付け入れる隙はないかと「このうさぎと猫は何?」と次の話題を振った。 


《やさぐれうさぎとヤンキー猫!》


《何かのキャラクター?》


《オリジナル!》


 あ、何かのキャラじゃないんだ……。


《他には、いたりするの?》


《いない! 何か考えてよ。そしたら描くよ!》


 すると、向井さんが僕に無茶振りをしてくる。


 しかし、僕もさっきの質問に不正解したせいで向井さんに対抗心があったから、何とか頭を捻ってみる。


(えぇ? 僕が? ……でも、そうだなぁ、傾向としては『可愛い動物×ちょい悪』の2匹だから、ここは……)



 そして、出した結論は――――。



《コウモリ×ソフトクリームで、コウモリームとか?》



 悪そうな動物×可愛いだ!


 僕の渾身の回答が書かれたメモ用紙を受け取った向井さんは、それを見てくすりと笑う。



(おぉ! これは好感触! なら……)



 しかし、向井さんの返答は――――。



《なにそれ笑 ださ笑》


 ――――失敗!



 向井さんは、僕の横で顔を隠してツボったように笑ってる。

 頭の中でコウモリームが完成してしまったのだろうか。


 そういう時に思いっ切り笑えるのは、声が出ない今日の向井さんの特権だった。



 その笑顔を見ると、僕は何だか失敗していないような気分になった。

 むしろ、笑ってくれて良かったと。


 向井さんは、不思議。

 何かしてやろうと思っていた心は、次の瞬間には和らいでいて、そして、乗り気じゃなかったのに僕はもう少しだけこの会話を続けたくなっている。



 だから、僕は次の言葉を……。



 ――――キーンコーン、カーンコーン。



 その時、鐘が鳴った。

 深緑の板の上を、黒板消しがスケートする。



 気づけば、板書は自分が書き留めていたものから大きく進んでいた。



 にも関わらず、堺は意地の悪さから寝ていた生徒に駆け込みで書写させまいと、白の線を消していく。



 そして、あっという間に黒板は、散らかし切った子供の部屋のように白粉の足跡でいっぱいになってしまった。


「きりーつ」


 クラスメイトが号令をかける。僕は入学以来、いやたぶん人生で初めて板書をし損ねてしまった。


(や、やってしまった……。向井さんに気を取られて……)


 授業後の挨拶をして、ため息をつきながら席に着く。



 すると、顔を落とした僕の視界の端にメモ用紙が飛んでくる。



《授業、聞き逃しちゃったね》



 僕の内情も知らない向井さんが、僕の焦った顔を見てイタズラっぽく笑う。


「誰のせいだと思って……」


 しかし、そんな僕の言葉を遮るように、向井さんはわざと僕のほうのノートに文字を書き始める。



 そして、そこに書かれた文字を見た時、僕は何も言えなくなってしまった。 



《そんなに私との会話が楽しかった? ――――なら、今度は君も共犯者だね》



 僕と向井さんの関係は、ただ隣の席。

 それだけ。


 もちろん廊下ですれ違っても挨拶はしない。


 窓の外を眺めながら、もしも教室にテロリストが来たらとか街にいきなり隕石が降ってきてゾンビウイルスがばら撒かれたらとか、そういうことばかりを考えている平凡生徒Aが、その翡翠色の視界に映ることはない。



 ――――はず、だったのに。



 カーテンが揺れて、向井さんの目がキラキラと輝く。


 その見透かしたような曇りのない瞳に自分が写っていると気がついた時、僕はそのまま翡翠色の海に吸い込まれてしまいそうになった。



   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 次の日。


「おはよー!」


 教室の扉をガラッと開けて、昨日とは一転。

 ニパッと笑い、大きな声が響かせて向井さんが入ってくる。



 今日の向井さんも、何かが欠けているのだろう。

 それでも、向井さんは相変わらず元気だった。



 ただ、1つだけ違うことがある。



「おはよ」



 向井さんが僕に挨拶をして、隣に座る。


 僕も、少し緊張しながら「おはよう」と返す。

 そこから何かが始まるわけでもない。ただひとつまみの非日常。


 それでも僕はその日、向井さんと出会ってから初めて向井さんの声を聞いたような気がした。



 ここまで読んでいただき、ありがとうございました!


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