第14話 力の入れどころ
向井さんが振り付けをした「マーチングバンド+フラッグダンス+フォーメーションダンス」を応援合戦で披露することに決めた会議。
その数日後――――。
「そこでピタッと止める!」
校舎裏に、大内さんの声が響く。
それは僕が何気なく、応援合戦組の練習している姿を見つけた時だった。
ダンッといくつもの足音が重なって地面を踏むと、その頭上では大きな旗が汚く靡く。
音楽は止まっているのに、フラッグを握っているその手はブレブレだった。
「……っぷは!」
すると、フラッグの棒部分を杖代わりにして、フラッグ組の3人が地面に膝をつく。
そして、フラッグ組の中の1人の男子生徒が、何気なく弱音を吐いた。
「や、やっぱ無理だよ。フラッグ……」
すると、次の瞬間、男子生徒は大内さんと目が合った。
「ぁ……」
その声を聞いてか、大内さんはその男子生徒に向かってズンズンと迫り始める。
が、その眼前まで迫られ、男子生徒が「怒られる」と身構えた時だった。
「……腕を出しなさい。真っ直ぐ、私に向かって」
「へ?」
鳩が豆鉄砲を喰らったかのように目をまん丸にして、見上げる男子生徒を「いいから」と言って立たせて、大内さんは自分に向かって真っ直ぐ腕を出させた。
そして、「力を入れなさい」と言った直後、その腕を上から思い切り引っ叩いた。
「いっ!!」
腕は叩かれた勢いで大きく下にブレる。男子生徒は叩かれた箇所を反射的に押さえた。
しかし、大内さんは男子生徒の腕を取ると、上下に細かく振って男子生徒の腕を弛ませて筋肉をほぐす。
そして、もう1度自分に向かって差し出させた。
「もう1回。今度はなるべく力を抜いて、叩かれる瞬間だけ力を入れるの」
「え?」
「いい? 叩かれる瞬間だけよ。身構えないで」
「え、ちょ……」
有無を言わさず、大内さんの腕が再び頭上へと掲げられる。と、それはギロチンのように男子生徒の腕に向かって落下した。
――――バチンッ。肌と肌のぶつかる音が、校舎のコンクリートに響く。
が、今度の男子生徒の腕は不思議なことにさっきとは違い、ブレずにそこに置かれたままだった。
「あれ、下がってない……」
「こうやってみると分かるけど、人はずーっと力を入れているよりも、一瞬一瞬で力を入れた方がビタッと止まれるし力も入るの。あなた、さっきまで止まるためにダンス中、ずっと身体に力を入れていたでしょう?」
大内さんは薄紫の髪の隙間から、男子生徒を見上げる。
「そうじゃなくって、決める瞬間だけでいいのよ。そうすれば、呼吸も楽になるし、そんなに疲れずに1曲の間は踊っていられると思うわ」
確かに、いまアドバイスを受けている男子生徒は特段太っているわけでもないし、帰宅部とはいえ週3回は体育の授業があるわけで、そこまでお粗末な体力ではないはずだ。
にもかかわらず、1分30秒ほど踊っただけで息切れして座り込んでしまっていた。
つまり、それは余計な力を使っているということを意味していた。
すると、そんな男子生徒に大内さんは続けて言った。
「でも、しっかり踊ってくれるのはありがたいわ。それと旗は自分より高く、拳は胸の高さに置いて……。うん、その位置ね。この形を覚えておいて」
そう言って大内さんは男子生徒の手を取り、ポーズの形を調整する。
そして、その最後に大内さんが男子生徒に笑いかけた。
「さっきの力の入れ方で、この形で止めれるようにする。そうすれば、ずいぶんかっこよく映るわよ」
次の瞬間、僕は初めて人の頭の上に恋の花がポンッと咲く瞬間を目にした。
その笑顔を見た男子生徒の顔が、一気に赤く染まっていく。
が、そんなことを気にも留めず、大内さんは踵を返してみんなの前に戻ると、
「みんなも。このダンスは振りに必要な技術が少ない分、ポーズのかっこよさやどれだけキレよく見せられるかが重要になってくるわ 。だから、鏡を見たり動画を見たりして、自分なりにかっこいいポーズを探しておいて。もし分からなくなったら、私も一緒に探すし、いつでも確認するから」
と、全体に向かって語りかけた。
「かっこいいポーズ……」
すると、その横で別の生徒が呟く。
「恥ずかしい?」
「いや……、まあ、その、僕たちがかっこつけたら笑われるんじゃとは、ちょっと……」
「なら、むしろ全力で踊りなさい」
「え?」
「下手に恥ずかしがる必要はないわ。人は、本当に一生懸命やっている人を笑わないものよ」
大内さんは、懸念を呟いた生徒のやや俯き気味の顔を真っ直ぐと見つめてそう答える。
そして、続けて、
「もし笑うやつがいたなら、そいつは自分が頑張れない人間だということを認められず、頑張っている人を笑うことで誤魔化そうとしているだけだから、ほっといていいわ」
と、鬱陶しいハエを払うように腕を横に振った。
「それに、私のダンスであんたたちの存在なんかバックダンサー程度にしちゃうから。だから、むしろ堂々と踊らないと逆に目立っちゃうわよ!」
そう言って、ドヤ顔で胸を張る大内さんの姿を見ると、フラッグ組はなんだか何でも出来るような気分になって強張っていた身体と顔がフッと緩む。
「分からなかったら、やり方は何度でも教えてあげるわ。さ、少し休んだら、もう一回振りを確認しましょう!」
そう言い残し、タオルを拾いに向かう大内さん。
すると、そんな背中を見て、先ほど腕を叩かれた男子生徒がボソッと声を漏らした。
「……いいなぁ、大内」
男子生徒は、魂を狩られたようにポーッと大内さんを見つめていた。
そんな男子生徒に、他の生徒が尋ねた。
「惚れた?」
すると、聞かれた男子生徒は肉食動物に見つかった獲物のように身体をビクッと跳ねさせ、
「――――そ、そそそそそ、ほほ、そほそほほほそそほっ……!!」
と、慌てて否定した。
「動揺しすぎだろ」
……いや、正確には否定しようとしただけで、出来ていなかったんだけど。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
一方で、演奏組は演奏組で向井さんの指導のもと、多目的室で練習をしていた。
「はい、休憩ねー! お疲れ様、みんな」
向井さんの声が明るく響く。
ダンスとしてはフラック組とは違い、足元のステップとしゃがんだりぐるぐると歩いたり、ポーズを決めたりといった内容だった。
一見、足元でのダンスが多いからフラッグ組より簡単に見えるかもしれないが、それを楽器を持った状態で行わなければならず、またステップにはフラッグ組よりも多少ダンスの技術が要求された。
皆、休憩と言われて、フラッグ組と同じようにぐったりと床に座り込む。しかし、フラッグ組とは1つだけ違うことがあった。
「ちょっと! これじゃ演奏がボロボロじゃない!」
それは、吹奏楽部のあの女子生徒の存在だった。
今回の練習での演奏に関しては、吹奏楽部で練習してきているから弾けないなんてことはなかったが、まだステップが辿々しかったり、踊りながら演奏することに慣れていないために演奏が途切れてしまったりすることが多々あった。
「いやいや、みんなすごいよ。1日でここまで覚えられるなんて。特にリズム感! やっぱり、楽器をやってるからなのかな」
「いやいやいや! ダメよダメ! せめて演奏ぐらいは通しでちゃんと出来なきゃ! これ今度のコンクールでも弾くのよ!?」
「いやいやいやいや! 誰も演奏を止めようとしなかったし、その意思がすごいよ! 後、意外に体力も。吹奏楽部、たまに走り込みとかしてるもんねぇー」
「いやいやいやいやいや!! こんなんじゃダメよ! やるからには、次の合同練習であの女を驚かせてやらないと……!!」
向井さんが褒めるたび、女子生徒は燃え上がっていく。それはヒーローを前にして強くなっていく怪獣のようで、まさに飴と鞭と言った感じだった。
「あららららら……。まあまあまあ、一旦休憩ってことで……」
そんな女子生徒の圧に負けて、向井さんは苦笑いをしながら避難を始める。と、その最中で側から見ていた僕に気づき、駆け寄ってきた。
「あ、見にきてたんだ!」
ぱあっと明るくなった顔が飼い主を見つけた犬みたいで、愛護欲をくすぐられる。
向井さんはペットボトルを手に、僕の足元に座った。
「お疲れ様、調子はどう? って言っても、この数秒だけでも何となく大変そうには見えるけど……」
2人で多目的室を眺める。
吹奏楽部の女子生徒はもう楽譜を取り出して、何やら他の吹奏楽部員に指示を出していた。
「はははっ、確かにあの子は厳しいけど。でも、それだけ本気になってくれたってことだと思うんだよね」
「ちょっと厳しすぎる気もするけど……。それにしても、向井さんはよくみんなを褒めるよね」
僕は先ほどまでのやり取りを思い出す。と、向井さんは僕を見上げて、それから女子生徒が立ち去ってぐったりとしている吹奏楽部員たちを見つめた。
「……誰でもさ、自分を責めるのは簡単なんだよ。だけど、褒めるのは難しいから。だから、外側にいる私はその人を責めるより、少しでも良いところを褒めてあげたんだ」
向井さんは優しい目をしながらそう言った。
その言葉には、向井さんの人生での教訓が込められているのだろう。
「それに、引き締めるのはあの子がやってくれるしね」
それから向井さんはそう言って立ち上がると、特別ぐったりしている子のところに行ってしゃがみ、目線を合わせてから声をかけた。
「覚えるのは大変?」
覗き込むように首を傾げる向井さんに、こちらを見ていないかあの厳しい女子生徒の様子を伺いながら聞かれた子は気まずそうにこくりと頷く。
すると、向井さんはそんな女子生徒によって植え付けられた緊張を和らげるように微笑んで、言った。
「今日は、振りを覚えるだけで大丈夫だから。それに、これだけ覚えられるのは凄いよ。本当に。ゆっくりで良いからね」
励ます訳じゃあない。
けれど、胸に張り詰めた糸をフッと緩めてあげるような優しい言葉を語るのが向井さんらしいな、と、その光景を見て思った。
こうして、応援合戦の練習は、ところどころ揉めながらも上手く進んでいっていた。
――――はず、だったんだけど。
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