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向井綾菜とカケル日々 - 日替わり欠損体質な彼女は -  作者: 誰時 じゃむ


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第13話 放課後秘密会議



(うーむ、どうも内太もものあたりがソワソワするな……)



 放課後、僕は出産を待つ夫のように廊下を右往左往としていた。



 だが、誰かを待っているわけではない。

 まさか、告白をしに行くわけでもない。


 ただ1つの気掛かりを自分の中で消化出来ないでいた。



「……ん〜っ?」



 すると、そんな僕の背後で動物が喉を鳴らしたような鳴き声がした。



 バッと振り返ると、そこに立っていたのはリッチーだった。



「あ、やっぱりぃ! 君も亜未と綾菜が気になってるんでしょー」


「あ、立花さん。君も、って……」


「リッチーでいいよん。私も気になってたんだよねぇ、2人が他の人たちと衝突しちゃわないかさぁ」


 そう言いながら、リッチーはさりげなく僕の横に並ぶと、少しだけ悪そうに笑い、



「ってことでさ、見に行っちゃわない? 応援合戦の会議」



 と、空き教室の方に向かってクイクイッと親指を立てた。



   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「――――で、結局どうすんのよ。ってか、何で向井さんがいるわけ?」


 後ろ扉に足音を消して近づく。



 そーっと覗き込んでみると、どうやらまだ会議は始まったばかりのようだった。



 教卓には大内さんと向井さんが並んで立っていた。

 その反対の席側の方では、前に大内さんと言い合いになった女子生徒が吹奏楽部を代表するようにドンと中央に座っている。


「つべこべ言う前に、まずはこれを見て」


 すると、不機嫌そうにあるいは気まずそうに自身を眺める応援団組にそう言って、大内さんはタブレットを取り出し、1つの動画を流し始めた。


「これは……」


 四角い板が映し出したのは、向井さんと大内さん。

 そして、その他におそらくダンススクールの人たちであろう8人だった。



 10人は、チアリーディングで使われるようなドラムの効いた雄大でアップテンポな音楽が流れ始めると、そろった掛け声と足音、ビシッと静止しながらも鮮やかに風と踊る大きなフラッグダンス、そして、何より本能的にかっこいいと思ってしまう集団ダンスを次々に披露していった。



 時間にして、5分。

 映像が止まり、画面が暗くなる。皆、その表現にやられてか、何も言えないでいた。



 すると、大内さんが口を開く。


「……マーチングバンド+フラッグダンス+フォーメーションダンス。これをやるわよ。応援合戦で」



「なっ!?」



 それは、淡々とした口調だった。


 が、その発言に対して、吹奏楽部を筆頭に応援合戦組全体が騒つく。



 いま目の前にした映像の中で行われていたマーチングバンドとは楽器を持ちながら踊るという行為であり、ただ演奏するだけでなく、校庭中に音を届けながら加えてステップを踏むことが求められた。



 フラッグダンスも、その1本1本が表現者と同じくらいの大きさであり、それを綺麗に振り回すなんてことはとても再現できそうになかった。



「無茶言わないで! それなら、演奏の方が100倍マシよ! こんなの絶対失敗するわ!」


 吹奏楽部の女子生徒が、椅子を荒々しく後ろに飛ばしながら立ち上がって叫ぶ。


「本当にそうかしら」


「ええ!」


「でも、いま流した曲は、あなたたちが大会に向けて練習している曲だと聞いたわ。同じ吹奏楽部員に聞いたから、合っているのだと思うけれど」


「そ、それは……」


「つまり、既に練習している曲でありながら、どのみち弾けるようにならないといけない曲よね。そこに足を使って踊るマーチングよ要素を組み合わせる。それも簡単なね」


「だけど、他の人は……!」


「フラッグダンスに関しても、そこまで難しいレベルは要求していないわ。基礎的な動きばかりだし、あとはポージングとフォーメーションで誤魔化してる。踊り自体は、前に私と綾菜がやったことあるものだから、指導に専念出来るし」



 どうやら、いま見せた映像は以前に向井さんが失敗していたというダンスのリメイク作のようだった。


 ダンススクールでの友達も協力もあって、吹奏楽部の提案する演奏という曖昧なものよりも具体的な形が出来上がっていた。



 言葉の無くなった吹奏楽部と教室にいる応援合戦組に向けて、大内さんは言う。



「というか、これが出来ないなら10人みんなで演奏なんて、もっと非現実的だと思うけど? どうせ目立つなら、失敗して恥をかくんじゃなくて、成功して評価されるほうがよっぽどいいでしょ?」



 吹奏楽部が言い負かされて、ドヨンとした空気が広がる。



 すると、そんな空気を察して何かを言おうと向井さんが息を吸った。



 が、その時、大内さんがそれを静止して言った。



「――――私は、人とコミュニケーションを取るのが下手」



 大内さんは顔をやや陰らせながら言葉を続ける。


「だから、ついつい突き放しちゃったり、強い言葉を使ったりしちゃう」


 ぽつりと語り出したその声からは、さっきまでの刺々しさは無くなっていた。


「……私に出来ないことがあるように、みんなにも出来ないことがあるのは分かってる。そして、ダンスは私の得意なことで、みんなには苦手なものだってことも」


 大内さんは全員と目を合わせるように、顔を上げまっすぐ前を向く。


「でも、だからこそ、みんなの個性だったり、少しでも簡単でみんながやりたいと思えるようなダンスを目指したの」


 そして、胸を張り、笑顔を作った。


「大丈夫。かっこよく見えるようになりたいなら、シルエットさえ綺麗に決まれば映えるダンスを教えてあげる。もし出来なくても、出来るまで一緒にやるわ! 私は絶対、誰も見捨てないし誰のせいにもしない!」


 それは、さっきまでの討論者の顔とは違い、先導者の持つ堂々とした安心感を放っていた。この人についていけば大丈夫、そう思わせるような。



「だからね、どうせやらなくちゃいけないなら、私と一緒に挑戦してみない? せっかくの、体育祭なんだし」



 最後に、大内さんは強い口調ではなく、過度に優しい声色でもなく、ただ落ち着いた口調でそう問いかけた。



 教室が、しんとする。



 しかし、10人の視線は、集中していた。

 ただ1人の答えを待つように。



「……と、に、なの……」


「え?」


 恥ずかしがる子供のような小さな声に、大内さんは思わず聞き返す。



「……っ、だから、本当に出来る難易度なのね!? 私たちにも!」



 批判をする政治家のように机をバンッと叩いて立ち上がったのは、吹奏楽部の女子生徒だった。


「ええ。出来るわ」


 迷いなく言い放つその確信めいた瞳に、女子生徒は観念したようにため息を吐く。と、改めてドカッと椅子に座り直し、背を預けた。


「なら、私はそれで良いわ。別にマーチングって言っても、私が演奏するのは変わりないし……。具体的な案があるわけでもないし……」


 そして、付け加えるように言った。


「……それに、少しやってみたいと思ったの。その、ダンスが格好良かった、から」


 歯切れが悪いが、それは確かに大内さんを褒めていた。


 すると、その雪解けに乗じて、他の吹奏楽部たちもようやく口を開き始めた。


「正直、僕はどっちでも良い。けど、具体的なものがあるほうが良い。だから、ダンスの方が良いと思う」


「そうだねー。というかもう、時間もあまりないしねえ」


 そして、それは他の応援合戦組の3人にも波及する。


「僕もそれでいいよ」


「私も良いけど、というかフラッグってどうするの?」


「ってか、さっきの映像、向井さんも映ってたよね」


「確かに、それ思った」


 さらには、


「あの音楽やるなら、パートちょっと変えないとだねえ」


 と、吹奏楽部の1人が言うと、


「あー! なら、僕、チューバじゃなくてギターにしようかな!」


 と、意見が上がり、


「良いわね! それ! あんたはどう思う?」


 と、大内さんが聞くと、


「……別に良いんじゃない?」


 と、吹奏楽部の女子生徒が答える。



「良いんじゃないって、演奏の方の指揮はあなたが取るのよ!」


「なっ!」



 こうして議論は互いの否定から意見の出し合いへと変貌し、教室の雰囲気は一気に前向きに色を変えた。


 隔たれた扉の向こうで僕はその様子を見ると、当事者でもないのに「無事に解決して良かった」とそっと胸を撫で下ろした。



「……うちねぇ、2人が1番の友達なんだー」



 すると、ふとリッチーが僕の隣で呟いた。



「2人はのんびりなうちを仲間外れにしないし、話もちゃんと聞いてくれて、そんな2人といる時はすっごく楽しいんだぁ。だけどね、時々、2人は上手く言いたいことを言えないでギクシャクするような瞬間があったの。ほら、今回みたいにダンスのこととか、あと泊まりの旅行の話の時とか」


 ダンスに旅行、そのワードを聞く限り、ギクシャクとする時はきっと向井さんの体質に関して触れることになる必要がある時だったんだろう。



 以前の大内さんであれば、それについて言及することを躊躇っただろうし、その態度を見て向井さんも負い目を感じ遠慮してしまったはずだ。



「だけど、ここ最近はそれもなくて、2人ともすっごく楽しそうだった。ダンスの話もいっぱいで、こっちまで楽しくなっちゃったよぉ」


 2人の母親であるかのような優しい目で、リッチーは教室の中を見つめていた。


「ありがとうねぇ。君が溶かしてくれたんでしょう? そのギクシャク。上手く言えないけど、2人のオーラが明るくなった感じがするよぉ」


 それは囁き声だったが、でも確かに満足しているのが伝わってくる優しい声だった。リッチーは僕の顔を見上げると、ふにゃっと柔らかく笑った。


「僕は何も……」


 が、リッチーは僕の言葉に首を横に振ると、



「朝、言ったでしょー? 2人のことを、1番近くで見てたのはうちだって。それは最近だけじゃなくって、ずぅーっと。だから、君がどんなことをしたのかも、してくれたのかも、うちはちゃんと見てたんだぁよ」



 と、手を銃の形にして顎に下に当て、キリッと決めてみせた。



「僕が、向井さんたちを……。だったら、いいな」



 それから、大内さんは向井さんが今回のダンスを振り付けたことや指導者として練習に加わることを伝え、フォーメーションやポイントとなるポーズ、ダンスのコツなどをまとめたノートのコピーを人数分配っていく。



 そして、体育祭に向けて、本格的な練習が始まるのだった。



 ここまで読んでいただき、ありがとうございました!


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