第12話 混じり合う想い
「――――免疫力!? はぇー……、そんなものまで無くなっちゃうんだ……」
まだ朝の匂いが残る教室。
その片隅で、僕は向井さんと話をしていた。
「そ。だから免疫力がなかった影響で、この間は風邪をひいちゃって休んでたんだ」
その言葉と共に、2日前のぐったりした向井さんが思い出される。
確かに、あの雨の日。
扉の向こうから現れた向井さんは解かれっぱなしの少しボサッとしたロングヘアで、水色のインナーカラーも透明感を失い、ぐったりとしていた。
いつものブレザーとリボンにスカートの制服姿とは違う、Tシャツに短パン姿も新鮮だった。
(モコモコの部屋着とかじゃなくて、Tシャツっていうのが向井さんらしいなー……)
僕が雨の日の向井さんの家の玄関口を思い出していると、いつの間にか向井さんが不思議そうに僕の顔を覗き込んでいた。
「……ねえ、聞いてる?」
「あ、うん。大変だったね。ごめんね、そんな日に訪ねちゃって」
「いやいや、それは良いのよ。……あ、ちなみに、今日はどこが欠けてるでしょう!」
すると、それから向井さんは思いついたようにそう言って、座ったまま僕に向かっておもむろに両手を広げた。
唐突なクイズに少し戸惑いつつも、僕は向井さんに向き直ると一転してグッと前のめりになる。
向井さんの体質は3パターンあった。
まずは外見。
これは目だったり、時には足だったり、はっきりと目に見えるもの。
(……だけど、ぱっと見どこか欠けてる印象はない)
であれば、それは内面ということになる。
内面は2パターン。
以前の方向感覚が該当する精神的内面と、この間の免疫力なんかが当てはまる身体的内面だ。
(……だけど、特にこれと言って今日はおかしな行動を見ていない。となると、身体的内面の何かだろうか)
そんな風に黙って考えていると、
「ヒントは顔周辺だよ!」
と、キラキラとした向井さんの目が、ぐいっと迫ってきた。
それに対して僕は、もう見つめ合うだけで赤面するほどではなくなったが、それでもさすがにドキッとして反射的に顔を引っ込める。
「顔……?」
ということは、つまり外見ということになるが、じーっと向井さんを見つめても、分かることは今日も可愛いということだけだった。あと、下まつ毛が意外と長い。
「あと5秒ね! 4……、3……、2……、1……」
向井さんがカウントダウンを始める。
僕は正直、答えが分かっていなかったが、何も答えないというのは回答者として全く面白くないので、とりあえず、
「ホ、ホクロ……?」
と、言った。
「ブッブー! 正解は、眉毛でしたー!」
「ま、眉毛!?」
すると、向井さんが分かりやすいように右手で前髪を上げ、眉毛を見せてくれる。
僕がこんなに驚いたのは、眉毛がそこにあったからだった。
「そだよ! これは、アイブロウで描いてるんだー」
「……あ、本当だ。厚みがあんまりないね」
「でっしょー?」
アイブロウ。
いわゆる眉毛ペンシル。
が、注視していなければ前髪と相まって、それはほとんど違和感を感じさせない。
(凄いな、JKのメイク術! もう、ここまで来ているのか……!)
僕が全く知らない世界の技術に驚愕していると、向井さんは「んふーっ!」勝ち誇った顔でこちらを見る。
あの日から、いつにも増して向井さんは明るくなったように感じる。
僕はクイズに正解できなかったことがちょっと悔しくなって、何かこっちからも問題を出せないかと頭の中をかき分け始めた。
が、そんな時、教室の片隅で行われる僕らのたわいもないやり取りの中に、2つの人影が入り込んだ。
見上げると、そこには腕を組みこちらを見下す大内さんと、その隣でミルク色の長い髪の下でニコニコと笑うリッチーと呼ばれている少女が立っていた。
「おはよう」
「おはぁ~」
大内さんは少し不機嫌そうに、リッチーは僕にも分け隔てなくその能天気な笑顔を振り撒く。と、向井さんも「おはよう」と手を振り返す。
「綾菜、体調は?」
「もう毎日確認してくるじゃん! さすがに平気! めちゃ元気!」
向井さんが大内さんに向かってムキッと力コブを作ってみせる。
すると、大内さんの影からリッチーが、
「いいねぇ〜」
と言って、タレ目をにっこりと細め、グッドサインを作った。
一方、その横では、僕と大内さんが視線がバチッとぶつかる。
そこで、僕が尋ねた。
「今日? 話し合いは」
大内さんは吹奏楽部の人たちの方に目を配りながら、それに答える。
「ええ。ここで説得出来なきゃ、そもそも応援合戦に間に合わないでしょうね」
今日は、再び吹奏楽部および応援合戦組との話し合いの日であり、その成果を見せつける日であった。
向井さんの家に突撃した次の日。
僕は早速、久しぶりに登校してきた向井さんを連れて大内さんに向井さんとの協力を提案した。
その考えを聞いた大内さんは初め、驚いた表情を見せた。
が、前日にした向井さんについての言い合いが功を奏したのか、大内さんはそれから少し考え込むと「良いかもしれないわね」と言って、すぐに向井さんと振り付けについて話し合いを始めた。
以降、向井さんたちはちょくちょく話し合ったり、何かを打ち合わせしているようだった。
が、僕はお役御免で、話し合いに参加するどころか、向井さんは学校に来るなり挨拶を交わすと、次の瞬間には机に伏して寝てしまうばかりだったからその内情についてはよく分かっていなかった。
「大丈夫だよ。ウチは2人のこと、1番近くで見てたからねぇ」
すると、そんな一瞬のピリッとした緊張感を和ませるように、のほほんとした声でリッチーがにへらっと笑った。
その顔を見ると、向井さんはニッと口角を上げ、大内さんは吊り上がった眉を垂れさせた。
「ありがとねぇ、リッチー……! ほんと、あんたは今日も可愛いねえ……!!」
「えへへへー、良いってことよぉ」
その笑顔は不安も意図も一切こちらに感じさせない、向井さんの明るさとは違った包み込むような温もりで溢れていた。
特に親しいというわけでもないのに、なんだか僕まで気が抜けてしまう。
すると、向井さんが不意に立ち上がり、リッチーのほっぺたを両手でムニッと寄せ上げる。そして、それを上下にムニムニと回し始めた。
僕と大内さんの2人は半分呆れつつも、何も言わずその微笑ましい光景を眺めていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
(うーむ、どうも内太もものあたりがソワソワするな……)
放課後、僕は出産を待つ夫のように廊下を右往左往としていた。
だが、誰かを待っているわけではない。
まさか、告白をしに行くわけでもない。
ただ1つの気掛かりを自分の中で消化出来ないでいた。
「……ん〜っ?」
すると、そんな僕の背後で動物が喉を鳴らしたような鳴き声がした。
バッと振り返ると、そこに立っていたのはリッチーだった。
「あ、やっぱりぃ! 君も亜未と綾菜が気になってるんでしょー」
「あ、立花さん。君も、って……」
「リッチーでいいよん。私も気になってたんだよねぇ、2人が他の人たちと衝突しちゃわないかさぁ」
そう言いながら、リッチーはさりげなく僕の横に並ぶと、少しだけ悪そうに笑い、
「ってことでさ、見に行っちゃわない? 応援合戦の会議」
と、空き教室の方に向かってクイクイッと親指を立てた。
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