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夫の再婚相手を、私が探すのですか  作者: 九葉(くずは)


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8/10

第8話 謝罪は、帰る理由になりません

『君と、もう一度やり直したい』


 その下には、一度会って話したいと書かれていた。

 いまの暮らしを邪魔するつもりはない。都合のよい場所と時刻を知らせてほしい、と。


 妻だった頃なら、こちらの予定を尋ねられただけで、嬉しくなったかもしれない。

 今は、どう返事をすれば話を終えられるか考えていた。


 会わずに断ることもできる。

 そのまま封筒へ戻しかけ、私は手を止めた。


 離縁状を届け出た。屋敷も出た。頼まれた用事も断った。

 それでも、あの人は戻ってくる私を待っている。


 次の妻が見つからなかったからといって、前の妻へ戻れるわけではない。

 今度こそ、それを私の言葉で伝えたかった。


 私は、王都の茶店で会う日時を書いた。

 話すのは一度だけ。一刻ほどで席を立つことも添えた。


 屋敷へは行かない。

 自分の家にも招かない。


 返事を書き終えた後、机の上に残っていたクレーメンス様への手紙を手に取った。

 鳥の刺繍を見ていただきたいと書いた、短い便りだ。


 こちらまで、送るのを待つ必要はなかった。

 私は二通を別々に封じ、使者へ渡した。


     *


 約束の茶店には、昼を過ぎても客がいた。

 私は窓に近い席へ案内してもらい、自分のお茶を頼んだ。


 ほどなく現れたベルトラム様は、いつもどおり身なりを整えていた。

 けれど、椅子へ座る前に私を見て、挨拶の言葉を探した。


「来てくれて、ありがとう」


 私は頷いた。


「お手紙を拝見しました」

「ああ」


 彼は腰を下ろし、卓の端へ両手を置いた。

 しばらく、その指先を見つめている。


「君に、ひどいことを頼んだ」


 私は黙って待った。


「次の妻を探せなどと、言うべきではなかった。離縁した後も世話を続けてほしいというのも、勝手な話だった」


 思っていたより、はっきりした言葉だった。

 それだけに、胸が少し痛んだ。


 分かっていただけることだったのだ。

 何度言っても伝わらないのではなく、あの人が考えようとしていなかっただけで。


「ご自身で引き受けてみて、お困りになりましたか」


 ベルトラム様は目を伏せた。


「困った。君が細かく確かめていたことにも、全部、理由があった」


 彼は、叔母様への約束を勝手に変えたことを話した。

 人を雇う費用を惜しんで、結局は出費も手間も増やしたこと。

 断られたのに、皆の前で私が協力すると言ったこと。


「君なら最後は助けると思っていた」


 聞き慣れた言葉だった。

 けれど、今度の彼は、その後を続けた。


「私がそうしてほしかっただけなのに」


 お茶が運ばれてきた。

 店の者が離れるまで、二人とも口を閉じる。


 向かいに座るこの人の好みは、まだ覚えていた。

 濃いお茶には、必ず砂糖を二つ入れる。


 手が動きかけて、私は自分のカップを持った。

 ベルトラム様は自分で砂糖壺を取り、二つ落とした。


「これからは、手配を任せる人を雇う。君に何でも頼むことはしない」

「そうなさるのがよいと思います」

「だから、戻ってきてほしい」


 私はカップを受け皿へ戻した。


「戻りません」


 ベルトラム様の手が止まった。


「君に働いてもらいたいから、言っているんじゃない」


 私は、顔を上げた彼を見た。


「では、どうしてですか」


 彼はすぐには答えなかった。

 窓の外へ目を向け、それからもう一度私を見た。


「家に帰って、話そうと思うんだ。その日に会った人のことや、聞いた話を。君なら知っているだろうと思って、食堂まで行って……いないことを思い出す」


 彼の声が少し低くなった。


「用事だけではなかったんだと、いなくなってから分かった。あの席に、君がいると思っていた」


 窓から入る光が、卓の白い布へ落ちていた。

 私は布の縫い目を見ながら、息を整えた。


「私は、そこにおりました」


 五年間。

 向かいに座って、彼の話を聞いていた。


「あなたとお話ししたくて、夕食を待っていた日もありました」

「……ああ」

「用事を頼まれると、また話せると思って、嬉しかったこともあります」


 それを口にするのは、少し恥ずかしかった。

 けれど、最後くらい、私が何を望んでいたか知ってほしかった。


「ベルトラム様。私は、あなたを好きでした」


 彼が顔を上げた。


「だから、頼まれれば何とかしたかったのです。生まれつき人の世話が好きで、いくらでもできたのではありません」


 喉が詰まり、私は一度言葉を切った。


「妻をやめても同じようにできるとお考えになったとき、私があなたを好きだったことまで、いらないと言われた気がしました」


 ベルトラム様は何も言わなかった。


 私は手巾を出し、目元を押さえた。

 泣けば、まだ戻りたいのだと思われるだろうか。


 そう心配してから、首を小さく振った。

 悲しかったことは、悲しいままでいい。

 涙が出ることと、この人の妻に戻ることは同じではない。


「すまなかった」


 彼が頭を下げた。


「私は、君がそこまで考えていたと……」


 言いかけて、口を閉じる。

 知らなかったと言い終えなかったことだけは、分かった。


「今度は、大切にする。君の話も聞く。時間をかけて、証明したい」


 私は手巾を畳んだ。


「お気持ちは伺いました。それでも、もう一度結婚するつもりはありません」

「すぐに答えを出さなくてもいい。少し待ってくれないか」


 その言葉に、私はようやく、迷わず顔を上げられた。


「もう、あなたを待つ約束はいたしません」


 彼は息を止めたようだった。


 私はずっと、いつか分かってくれると思っていた。

 もう少しうまく伝えれば。もう少し家が落ち着けば。

 次の食事では、次の休日には。


 そうやって待つことを、やめたのだ。


「あなたが変わろうとなさるなら、それはよいことだと思います。でも、そのために私が妻へ戻る必要はありません」


 ベルトラム様は、冷めていくお茶を見つめた。


「……もう、遅いということか」


 私は頷いた。


「はい」


 短い返事の後に、沈黙が落ちた。

 隣の卓で茶器の触れ合う音がした。


 私は、ここへ来る前に心配していた。

 謝られたら、あの頃の優しかった場面を思い出して、また頷いてしまうのではないかと。


 思い出は消えていない。

 初めての夜会の帰りに、肩掛けを貸してくれたことも覚えている。


 それでも、答えは変わらなかった。


「今後、復縁のお手紙はお送りにならないでください。家の用事についても、これまでお伝えしたとおりです」


 ベルトラム様はゆっくりと私を見た。


 私は返事を待った。

 今度は、彼が困らない答えを代わりに言わなかった。


「……分かった」


 それを聞いて、私は立ち上がった。


「お話しくださって、ありがとうございました。これで失礼いたします」


 彼も腰を浮かせたが、私へ手を伸ばしはしなかった。


「オルネラ」


 足を止める。


「五年間、ありがとう」


 胸が痛んだ。

 言ってもらえたことは、嬉しかった。けれど、そのために五年間が辛くなかったことにはならない。

 私は、自分で立った席へ戻らなかった。


「さようなら、ベルトラム様」


 私は自分のお茶代を払い、店を出た。


     *


 外の風に当たると、目元が少し冷たかった。


 約束の一刻には、まだ間があった。

 話すだけ話しても、私たちの五年間を最初から確かめ直す必要はなかったのだ。


 通りの端に立ち、私は息を吐いた。


 謝ってもらえた。

 礼も言ってもらえた。

 それを受け取ったうえで、帰らないと決められた。


 馬車を拾う前に、店先へ並べられた花が目に入った。

 淡い黄色の花を一束、買った。


 誰へ贈るかは聞かれなかった。

 私は自分の家へ持ち帰った。


 欠けた花瓶の代わりに、水差しへ生ける。

 窓際へ置くと、いつもの部屋が少し明るくなった。


 椅子へ座り、花を眺める。


 クレーメンス様に会いたかった。


 元夫へ何と言えばよいか、相談したいのではない。

 今日のことを褒めてほしいのでもなかった。


 一緒にお茶を飲んで、話したかった。

 庭園で見た鳥のこと。新しく刺した羽の色。私が選んだ、この黄色い花のこと。


 私は便箋を出した。


『先日は、お誘いくださってありがとうございました。今度は、私からお願いがございます』


 そこまで書いて、自然に笑みがこぼれた。

 頼み事の手紙なら、何通も書いてきた。

 けれど、こんなふうに返事を待ち遠しく思うことは、久しぶりだった。


『よろしければ、今度のお休みに、私の家で昼食をご一緒しませんか』


 仕事の相談でも、お礼の代わりでもない。


 私は、その下にもう一行を書いた。


『あなたに、お会いしたいです』

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