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夫の再婚相手を、私が探すのですか  作者: 九葉(くずは)


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7/10

第7話 前妻は出席しません

 婚約披露への返事は、短く書いた。


『出席いたしません。今後も協力するとのご挨拶はできませんので、私の名前をお使いにならないでください』


 ベルトラム様への封筒を閉じ、もう一枚、便箋を出す。

 フェンヤ様にも、招待を辞退したことを伝えた。

 添え書きで求められた挨拶には同意していないことも、忘れずに記した。


 彼女からは、翌日に返事が届いた。


『承知いたしました。伯爵には、オルネラ様の協力を前提としない約束を、あらためて確認いたします』


 私は読み終えた手紙をしまった。

 あとは、あのお二人で決めることだ。


 そう思っても、招待状をすぐには片づけられなかった。

 日時の下に書かれた自分の名前へ、目が戻る。


 当日、皆様が集まったところで、私がいないと困るだろうか。

 使者が来るだろうか。


 私は招待状を裏返した。


 引き受けていない。

 返事も出した。


 それ以上の準備は、私のすることではなかった。


     *


 昼食会の当日、ベルトラムは玄関へ続く廊下を何度も見ていた。


 招いた親族は揃い、フェンヤも到着している。

 料理の支度ができたという知らせを受けても、彼はすぐに席へ案内しなかった。


「まだ、どなたかいらっしゃるのですか」


 フェンヤに尋ねられ、ベルトラムは笑みを作った。


「いや。始めよう」


 オルネラは来ないと書いていた。

 それでも当日になれば、顔だけでも出すと思っていた。

 親族が集まる席を放っておける彼女ではない。そう考えて、席も一つ用意してある。

 昨日フェンヤには、取り決めどおり自分が引き受けると答えた。だが、親族にも以前どおりだと伝えておけば、相談はまたオルネラへ届く。彼女も一件ずつは断り切れないだろう。

 そんな考えを、まだ捨てていなかった。


 誰も座っていない椅子が、ひどく目についた。


 食堂では、ディートラがその席を一瞥し、ベルトラムへ視線を移した。

 彼は目を合わせず、卓の上の杯を取った。


「本日は、私たちのためにお集まりいただき、ありがとうございます」


 挨拶を始めれば、普段どおりに話せた。

 フェンヤを紹介し、今後も親族との付き合いを大切にしたいと続ける。


 離縁の後、自分へ直接届くようになった相談を、早く落ち着かせたかった。

 婚約披露が無事に終われば、新しい暮らしも形になる。


「なお、オルネラは急な用で欠席しておりますが、今後も変わらず力を貸してくれます。ご相談は、これまでどおり――」


「そのお話は、違います」


 隣から、静かな声がした。


 ベルトラムはフェンヤを見た。

 彼女は杯を卓に戻していた。


「オルネラ様は、出席しないと事前にお返事をなさっています。協力のお約束も、されていません」


 食堂が静まった。


「いや、今はまだ気持ちの整理が――」

「私が昨日確認した際には、あなたがすべて引き受けると、お答えになりましたね」


 ベルトラムは杯を持ち直した。


「もちろん、責任は私が持つ。ただ、慣れた者の助けを借りたほうが、皆も安心するだろう」

「その方が、助けるとお返事をなさったのですか」


 フェンヤは声を上げなかった。

 彼が答えるのを待っている。


「頼んではある」

「お返事は」


 ベルトラムの視線が、空席へ動いた。


「……来ないと」

「協力については、何と?」


 招待への返書を思い出した。

 出席しない。挨拶もしない。名前を使うな。

 曖昧なところは、一つもなかった。


「引き受けないと、書いてあった」


 自分の声が、食堂の端まで届いた気がした。


 フェンヤは一度目を伏せた。

 それから、隣に立つ男へ向き直った。


「では、私にも皆様にも、事実と違う説明をなさったのですね」


 ベルトラムは何か言おうとした。

 だが、オルネラが頑固だからと言えば、自分の説明が正しくなるわけではない。


 ディートラが口を開いた。


「あの子からは、離縁のときに、今後の用件はあなたへ直接伝えるよう頼まれています。私も、そのとおりにしてきました」


 叔母は、空いている椅子を見た。


「ここにいない人へ、引き受けたことにして渡してはいけないわ」


 ベルトラムは杯を置いた。

 祝うための言葉は、もう続かなかった。


     *


 フェンヤは、別室で話したいと申し出た。


 親族を席に残し、二人は小さな応接間へ移った。

 扉が閉まると、ベルトラムはすぐに口を開いた。


「皆の前で言わなくても、よかったじゃないか」

「皆様へ、間違った連絡先をお伝えになったからです」


 フェンヤは椅子へ座らなかった。


「黙っていれば、私も承知していたことになります」

「少し行き違いがあっただけだ。私から、もう一度オルネラに話す」

「私は、オルネラ様を説得してほしいとは申し上げておりません」


 ベルトラムは黙った。


「ご自分で引き受けるというお話を信じて、婚約をお受けしました。難しいのであれば、人を雇うことも、役割を相談し直すこともできたはずです」


 臨時の人員を雇う案は、すでに家令から出されていた。

 断ったのは自分だった。


「これから、そうすればいい」

「その前に、ご承諾のない方の協力を、また約束なさいました」


 フェンヤの指が、手提げの留め金に触れた。


「結婚してからも、私の知らないところで、私の返事をなさるのではありませんか」


 ベルトラムは否定しようとした。

 だが、先ほどまで、その方法で前妻を働かせようとしていた。


「この婚約は、解消させてください」


 今度は、はっきりと聞こえた。


「待ってくれ。これから改める」

「先日、私が確認したときに、そうしていただきたかったです」


 フェンヤは頭を下げた。

 声には怒鳴る勢いも、相手を負かした喜びもなかった。


「頂いた品はお返しいたします。婚約に関する書面の整理も、あらためてご相談いたします」


 ベルトラムは扉の前へ出かけたが、足を止めた。

 彼女を留めるための言葉が見つからない。


 フェンヤは自分で扉を開け、部屋を出た。


     *


 その日、二人は婚約解消の意思を確かめ、後日、書面も取り交わすことになった。

 昼食会は、婚約披露としては終わった。


 ベルトラムは食堂へ戻り、縁談を取りやめることになったと自分で伝えた。

 事情を並べてフェンヤを責めることはできなかった。親族は、その直前の説明を聞いていたからだ。


 用意した食事は、そのまま出してもらった。

 料理人にも使用人にも、不手際はない。


 食事の終わりに、ディートラがベルトラムへ手紙を一通渡した。


「あなたが引き受けていた、次の集まりの希望日よ。今後どうするか、皆へ返事をお願いね」


 彼は反射的に、空席を見た。


 誰もいない。


 叔母へ目を戻し、手紙を受け取った。


「……分かりました」


 客が帰った後も、片づけることは残っていた。


 披露の費用。変更した料理と菓子の代金。先に発注した婚礼用の品の取り消し。

 自分が注文した分は、自分で支払う。


 家令が持ってきた書付を確かめると、当面は狩りや夜会に使う金を減らす必要があった。

 支出を確認する声を煩わしく思い、気楽な暮らしを望んだはずだった。


 机の上には、返事を待つ手紙が並んでいる。


 ベルトラムは、オルネラの残した帳面を開いた。

 以前は細かすぎると思った記録を、今度は最初から読んだ。


     *


 その日の午後、私は窓際で刺繍をしていた。


 庭園で見た鳥の羽を思い出し、灰色の隣へ細く青い糸を入れる。

 少し鮮やかすぎるかもしれない。

 顔を離して眺め、もう一針だけ足した。


 使者は来なかった。


 針を置いたとき、私は昼食会が始まる時刻を過ぎていることに気づいた。

 自分で淹れたお茶を飲む。


 私は出席しなかった。

 それでも、この午後を過ごしてよかったのだ。


 婚約が解消になったと知ったのは、数日後だった。

 ディートラ叔母様が、私へ新たな用件が回ってくることはないと知らせてくださった。


 手紙を読んだ私は、長く息を吐いた。

 胸が晴れるというより、ずっと気にしていた扉に、ようやく鍵をかけられたようだった。


 さらに一週間が過ぎた。


 ベルトラム様からの手紙が届いたのは、クレーメンス様への短い返事を書いているときだった。

 次に庭園へ行くときには、刺繍した鳥を見ていただきたい。

 そんなことを書きかけていた。


 見慣れた筆跡に、また用事だろうかと思った。

 私は自分の返事を最後まで書き、乾かしてから、届いた封を切った。


 親族の予定も、婚約の後始末も、書かれていなかった。


『君と、もう一度やり直したい』


 私は、その一行を見つめた。


 あれほど待っていた言葉だった。

 けれど、読んだ瞬間に思い浮かんだのは、戻る支度ではなかった。


 どうすれば、この人に終わったのだと伝えられるだろう。


 私は、自分の気持ちが変わっていたことを知った。

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