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夫の再婚相手を、私が探すのですか  作者: 九葉(くずは)


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6/10

第6話 では、ご自分でお願いします

『私が引き受けると、フェンヤには伝えた』


 ベルトラム様の手紙は、その一文から始まっていた。


『そのため、いくつか確認したいことがある。明日の午後、屋敷へ来てくれ』


 私は便箋を裏返した。

 裏にも、質問が続いている。


 ディートラ叔母様の誕生祝いに招く親族について。

 会食を頼む料理人について。

 それから、婚約披露の昼食会について。


 それぞれの希望を聞き、返事をまとめ、都合をつけてほしいという内容だった。

 確認ではない。

 私が以前していた仕事を、そのまま頼んできている。


『君が間に入ってくれれば、話が早い』


 最後に、そう添えてあった。


 手紙を持ったまま、しばらく窓の外を見た。

 断っても、出ていっても、あの人の頼み方は変わらない。


 明日の午後は、家の支出を整理するつもりだった。

 誰かと会う約束があるわけではない。


 だから行ける、と考えかけた自分に気づく。


 私は机へ座り、返事を書いた。


『親族の皆様へのご連絡と、婚約披露のご準備は、お引き受けいたしません。明日も伺いません』


 用事があるから、とは書かなかった。

 別の日ならよいと思われるだけだ。


『必要な記録と依頼先は、お渡しした帳面にございます。今後の予定は、ご自身でお決めください』


 そこまで書いて、封をした。


 あの人の再婚のために、私が親族へ頭を下げて回る。

 そんな役目は、もう引き受けない。


     *


 ベルトラムは返書を読み、机へ置いた。


 親族への対応は自分が担い、前妻の協力は求めない。その取り決めを記した書面を渡し、フェンヤから婚約の承諾を得たばかりだった。

 親族への説明も訂正すると約束している。いまさら彼女へ手伝ってくれとは言いにくい。


 帳面には、確かに連絡先が載っていた。

 だが、それぞれへ使者を出し、返事を待ち、食い違えば調整する必要がある。

 普段の仕事を終えてからでは、まとまった時間を取りづらかった。


 家令に相談すると、催事の手配に慣れた人間を、一時的に雇う案が出た。

 見積もりも取れるという。


「会食が二つあるだけだろう。そこまで費用をかけるのか」


 先日の宿泊費と馬車代は、すでに支払っている。

 さらに臨時の人員まで雇うことに、ベルトラムは気が進まなかった。


 机の上の予定を並べて、考える。


 叔母の誕生祝いと、自分の婚約披露。

 招く親族は重なっている。


「同じ日にまとめればいい」


 二度呼ぶより、親族も助かるはずだ。

 料理も席の準備も、一度で済む。


 そう考えて、ベルトラムは料理人へ変更を伝えさせた。

 昼食会の献立を華やかなものに変え、卓を増やす。フェンヤへは、叔母の祝いも一緒に行えば親族との距離も縮まると説明した。


 叔母にも、同じように知らせればよい。

 そう思って出した手紙に、本人が返事を携えて訪ねてきた。


「私の誕生祝いは、取りやめにしてちょうだい」


 ベルトラムは椅子から腰を浮かせた。


「なぜです。祝わないと言っているわけではありません」

「あなたの婚約披露を祝いに来た方々へ、私の誕生日まで祝っていただくつもりはないわ」

「ですが、せっかく皆が集まるのですから」

「あなたが、久しぶりに身内だけでゆっくり話そうと言ってくれたので、お願いしたのよ」


 そう言ったことは覚えていた。

 叔母が喜んだことも。


「同じことではありませんか」

「違います。話す相手も、その場でするべきことも変わるでしょう」


 ディートラは静かに答えた。


「婚約披露には出席します。お祝いもいたします。でも、私の会食は別の機会にします」


 ベルトラムは口をつぐんだ。

 叔母は彼を叱るために声を荒らげているのではなかった。

 知らないうちに変えられた、自分の予定を決め直している。


「もう料理の変更を頼んでしまいました」

「私へお尋ねになる前に?」


 返事ができなかった。


 誕生祝いのために頼んでいた菓子は、すでに材料の手配が済んでいた。

 変更した料理を戻すにも、費用がかかる。

 別に用意する婚約披露の支度は、そのまま必要だった。


「では、ご親族への訂正は……」


 言いかけると、叔母が彼を見た。


「あなたから、お願いね。私の祝いも兼ねるとお知らせしたのでしょう」


 ベルトラムは頷いた。

 自分で手紙を書き直し、予定を変更した事情を説明しなければならない。


 費用を惜しんでまとめた二つの会食は、手間だけを増やして別々に戻った。


     *


 クレーメンス様と庭園を歩く約束の前日、私は机の上の書類を見て、小さく息をついた。


 紹介で引き受けた返書の文面確認に、思ったより時間がかかっていた。

 明日の昼までには仕上げると、自分から約束している。


 夜通し書けば、間に合うだろう。

 けれど、何度も読んだ行をまた読み直していることに気づき、ペンを置いた。


 私は見積もりを誤ったのだ。


 クレーメンス様へ、待ち合わせを一刻遅らせていただけないかと手紙を書いた。

 お詫びの後に、埋め合わせとして何かできることはないかと書きかけ、手を止める。


 結局、お約束した日の翌日にも時間を取れることと、どちらも難しければ別の日を相談したいということだけを添えた。


 返事が届くまで、落ち着かなかった。

 せっかく誘ってくれたのに、もう会わなくてもよいと思われたかもしれない。


 日が暮れる前に届いた便箋を、立ったまま開いた。


『では、一刻遅くいたしましょう。私もその時刻なら都合がつきます。門の前でお待ちしています』


 短い返事だった。

 読み終えても、しばらく便箋を閉じられなかった。


     *


 翌日、庭園の門で待っていたクレーメンス様へ、私は頭を下げた。


「お時間を変えていただいて、申し訳ありません」

「仕事は、無事に済みましたか」

「はい。おかげさまで」

「それはよかった」


 彼は門の内側へ目を向けた。


「池のほうへ行ってみますか。少し遠回りになりますが」


 私は、もう一度謝りそうになった口を閉じた。


「……はい。歩きたいです」


 並んで歩き出す。

 木々の間から射す光が、道の上で揺れていた。


 石段を下りた先で、小さな鳥が枝から飛び立った。

 灰色だと思った羽が、光を受けて青く見える。


「いまの鳥は、何というのでしょう」


 尋ねると、クレーメンス様も枝を見上げた。


「分かりません。実は、鳥にはあまり詳しくなくて」

「そうなのですか?」

「庭園にいることは知っていました。よく通りますから」


 こちらへ顔を向け、少し照れたように笑う。


「お誘いする理由に使いました」


 私は足元へ目を落とした。

 石畳の継ぎ目を、やけに丁寧に確かめてしまう。


「では、鳥の名前を覚えてこなくてもよかったですね」

「調べてくださったんですか」

「少しだけ。お話についていけないと困ると思って」


 彼が小さく笑った。


「私も、何か調べておくべきだったでしょうか」

「二人で覚えたことを順番に話すのでしたら、散歩ではなく勉強会になりそうです」


 言ってから、私も笑った。

 クレーメンス様は、まだ楽しそうな顔でこちらを見ていた。


 池のほとりの腰掛けに座る。

 しばらく話さずに水面を眺めても、何か用件を探す必要はなかった。


「私、昨日のお返事を何度も読んでしまいました」


 気づくと、そう話していた。


「何か、分かりにくいことを書きましたか」

「いいえ。時間を変えてもよいと、それだけでしたから」


 クレーメンス様は少し考えた。


「都合が悪ければ、別の日をお願いしました。今日は空いていましたし」

「お詫びに何かしなくては、と考えておりました」


 彼は首を振った。


「私も会いたくて来ています。埋め合わせが欲しくて予定を変えたわけではありません」


 まっすぐに言われて、頬が熱くなった。

 昨日まで考えていたお詫びの言葉が、ひとつも出てこなくなった。


「ありがとうございます」


 私は、水面から彼へ目を戻した。


「来られて、よかったです」


 立ち上がる前に、今度は私が尋ねた。


「クレーメンス様は、お休みの日に何をなさるのがお好きですか」

「古い旅の記録を読むのが好きです。遠出はなかなかできないので、本の中で」

「どんな場所のお話を?」


 彼は少し考え、雪で閉ざされる峠を旅した商人の記録を挙げた。道の話から宿の食事の話になり、いつしか私は、次はどうなったのかと身を乗り出していた。

 彼が楽しそうに話すのを見るのも、好きだった。


     *


 家へ帰ると、玄関に手紙が届いていた。


 厚い紙に押された封蝋を見て、私は立ち止まった。

 ベルトラム様の家の紋章だった。


 封を切る。


 婚約披露の昼食会への招待状。

 日時と会場の下に、私の名前が書かれていた。


 折り込まれた別紙には、彼の筆跡で短い添え書きがある。


『君が出席してくれれば、フェンヤも親族も安心する。これまでどおり力を貸してくれると、皆の前で一言伝えてほしい』


 私は招待状を机に置いた。


 ただ出席してほしいのではない。

 あの人の説明を、本当だったことにしてほしいのだ。

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