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夫の再婚相手を、私が探すのですか  作者: 九葉(くずは)


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4/10

第4話 断るための落ち度はいらない

「相手の方に悪いところがなくても、結婚したくないと言ってよいのでしょうか」


 イェッタ様の問いに、私は頷きかけた。

 それなのに口から出そうになったのは、先方を納得させる理由を一緒に考えましょう、という言葉だった。


 揉めずに済む理由。

 誰にも責められない断り方。


 それを用意できなければ、この方は結婚しなくてはならないのだろうか。


 私は帳面の白い頁に目を落とした。

 まだ何も聞いていないのに、彼女の希望より、相手へどう説明するかを先に考えていた。


「言ってよいと、私は思います」


 顔を上げ、今度こそ答えた。


「ただ、すでに交わしたお約束があれば、きちんとお返しする必要があります。婚約の書面などはございますか」

「いいえ。まだお返事を待っていただいています」

「では、結婚をお引き受けする前のお話ですね」


 イェッタ様が小さく頷く。


「よろしければ、その方と過ごしたときのことを教えていただけますか。欠点を挙げるのではなく、イェッタ様がどう感じたかを」


 彼女は、兄のほうを見た。

 クレーメンス様は黙って待っていた。


「三度、お会いしました。いつも贈り物をくださって、お話もしてくださいました。でも……次にお会いする日が決まると、その日が来なければいいと思ってしまうんです」


 声が次第に小さくなった。


「何か、怖い思いをなさいましたか」

「いいえ。優しい方です。ただ、二人でいると、早く帰りたくて。結婚すれば慣れると皆様がおっしゃるので、私の考えが足りないのかと」


 私は、先方の人柄について書きかけていたペンを止めた。


 慣れるまで。

 その言葉に、どれほど長い時間を差し出すことになるのか、約束する人はいない。


「相手の方を悪くおっしゃる必要はありません。けれど、ご自分の気持ちまで、悪いものとして扱わなくてよいのではないでしょうか」


 イェッタ様の指が、膝の上でほどけた。


 隣で、クレーメンス様が息を吐く。


「会う日を増やせば、親しくなれると思っていた」


 私への説明ではなかった。

 彼は妹のほうへ椅子を向けた。


「だから、次は庭園へでもと勧めたんだ。お前が帰りたがっていたとは、知らなかった」

「兄様は、よいお話だと喜んでいらしたから」

「……ああ」


 そこで彼は黙った。

 卓の上へ目を落とし、考えてから再び妹を見た。


「喜ぶ前に、聞くべきだった。すまない」


 私は思わず、二人を見比べた。


 クレーメンス様は、良かれと思ってしたのだと繰り返さなかった。

 妹が早く言わなかったことを、責めもしない。


「紹介してくれた方には、私から事情を話す。ただ、先方へお返事をする前に、文面はお前にも読んでほしい」

「私が書いてもよい?」


 彼は少し驚いたようだったが、すぐに頷いた。


「もちろん」


 イェッタ様が、初めてこちらへ身を乗り出した。


「オルネラ様。失礼にならない書き方を、教えていただけますか」

「はい。ご一緒に考えましょう」


 私は新しい便箋を出した。


 申し込みへのお礼。

 考える時間をいただいたことへの感謝。

 そのうえで、縁談を辞退するという返事。


 イェッタ様は最初、いつか気持ちが変わるかもしれませんが、と書きかけた。


「その可能性を、待っていただきたいですか」


 私が尋ねると、彼女は首を振った。


「いいえ。それは、違います」


 その一文を消し、書き直す。

 相手を傷つけまいとして残した言葉が、返事を曖昧にすることもある。


 私も、あの家を出るまでに何度も言い直した。


 書き上げた便箋を読んだイェッタ様が、静かに息をついた。


「これなら、私の返事だと思えます」


 私は頷いた。

 何件も縁談をまとめた日より、その言葉が嬉しかった。


     *


 帰り際、イェッタ様は玄関の外で、待たせていた馬車へ先に乗った。


 クレーメンス様が帽子を手に、私へ向き直る。


「お引き受けくださって、ありがとうございました」

「ご希望を伺って、手紙を整えただけです」

「私は、その希望を聞けていませんでした」


 言葉に詰まった私へ、彼は少し苦い笑みを浮かべた。


「妹が納得するよう、説得していただくつもりで来たのだと思います。今になって気づきました」


 そういう依頼だと受け取っても、おかしくなかった。

 家の条件に問題がなければ、本人へ承諾を勧める。以前の私なら、そうしたかもしれない。


「イェッタ様が話してくださって、よかったです」

「ええ。……私が先に話しすぎましたね」


 彼が困った顔をしたので、つい笑ってしまった。


「少しだけ」

「役所では、報告は簡潔にと言っているのですが。妹のことになると、自分でできていませんでした」


 あまりに困った顔をするので、今度は笑いを抑えられなかった。


「私も、人のことなら分かるのに、自分ではうまくできないことがあります」

「私だけではないのですね。少し、ほっとしました」


 彼も笑った。

 相談の間は気づかなかったが、笑うと目尻が柔らかく下がる人だった。


 責めたつもりはなかったが、口にしてから胸が小さく強張った。

 彼は気を悪くした様子もなく、帽子をかぶる。


「先方へのお返事は、私たちで届けます。ここから先まで、お任せにはしません」


 門のところで、もう一度礼をされた。

 私は馬車が走り出すまで見送った。


 部屋へ戻ると、卓の上には使い終えた便箋と、相談料の封筒があった。

 最後まで話を聞き、返事を整えた。その時間に対していただいたものだ。


 私は封筒を帳面の横へ置き、今日の日付と金額を書いた。

 それから少し迷って、仕事の終わりに線を引いた。


 この先の手配を、私がすべて考えておく必要はない。


 冷めたお茶を片づけながら、玄関先の会話を思い返した。

 またお話しできたらと思ってから、もう妹の相談は終わったのだと気づいた。


 帳面を開き直す用事は、なかった。

 私は少し残念に思いながら、彼の使ったカップを洗った。


     *


 その週末、伯爵邸では、玄関に置かれた旅行鞄を前に、ベルトラムが足を止めていた。


「客室が足りない?」


 到着した親族には、ひとまず応接間で休んでもらっている。

 支度を尋ねた使用人は、帳面を開いて差し出した。


 六室に、六組。

 オルネラが残した予定では、それで足りていた。


 足りなくなったのは、ベルトラムが後から二組を招いたためだった。


「何組かは帰ると思っていたんだ」


 口にしてから、招待したときのことを思い出す。

 せっかくだから泊まっていけばいい。

 そう勧めたのは、自分だった。


 以前にも同じことはあった。

 それでも、当日には客室が足りていたはずだ。


 帳面をめくると、過去の集まりの記録が目に入った。

 宿泊を別の日へ変更してもらったこと。近くの親族宅へ泊まれるか打診したこと。そのための手紙の日付まで、小さな字で残されている。


 誰も、当日に突然帰らされていたわけではなかった。


「……近くの宿を取ってくれ。失礼のないところを」


 今から親族の家へ押しかけさせるわけにもいかず、ベルトラムはそう指示した。


 ほどなく、宿泊費に加え、夕食後と翌朝の送迎に必要な馬車代が示された。

 払えない金額ではない。

 だが、気軽な一言で増えた出費としては、軽くなかった。


 書付に支払いの署名をしながら、彼は眉をひそめた。


 オルネラがいれば、と考えかける。

 しかし、彼女が出ていく朝、自分で確認するよう言われたことも覚えていた。


「今回は、たまたま重なっただけだ」


 誰にともなく言って、帳面を閉じる。

 応接間で待っている客へ、宿が別になることを説明しに行かなければならなかった。


     *


 数日後、イェッタ様から、先方が返事を受け取ってくださったと手紙が届いた。


 残念ではあるが、考えたうえでの返事なら承知した、というお返事だったそうだ。


『断ったあとも、あの方をよい方だと思っていてよいのですね』


 その一文に、私は微笑んだ。

 末尾には、今度は相談ではなくお茶をご一緒したい、とある。


 日取りを考えながら、便箋をしまう。

 同じ日に届いたもう一通は、見覚えのない封蝋で閉じられていた。


 差出人は、フェンヤ様。

 男爵家の令嬢だと名乗るその方は、私と面識がないことを詫びた後、用件を書いていた。


『このたび、ベルトラム伯爵との縁談について、お話をいただいております』


 胸の奥が、少し痛んだ。

 もう、次のお相手が見つかったらしい。


 私は背筋を伸ばし、続きを読んだ。


『結婚後の親族の皆様への対応について、確認をお願いしたく、お便りいたしました』


 指が止まった。


『伯爵からは、離縁後もオルネラ様がお引き受けくださると伺っております』


 私は読み終えた一行へ、もう一度目を戻した。


 あの人は、私がいなくなったあとも、私の返事を勝手にしていた。

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