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余命一年恋物語  作者: 榊 珠江
一のご縁 絵描き女子

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第六話 祝杯

 自宅に帰り、酒の用意をする。台所では岩女がせっせと酒のつまみをこさえ、テーブルへと運び、さっそく乾杯をした。


「できたわよ。それじゃ、恋愛再デビューを祝いましょうか」


「なんか、すっかり台所仕事が板についてるな。というか、都合のいい時だけ実体化したり、姿を消したりと便利だな〜」


「ふふふ・・・。羨ましかろう」


「別に、羨ましくはないけど。でもまぁ、瞬間移動みたいなことできるのは、便利そうだな」


「実際便利よ。おまけに肉体がないから病気も怪我も無縁。肉体の重さも感じないから快適そのもの」


「それは羨ましい」


「その分、実体化しても肉体ではないから、感覚は肉体に入ってた時とは随分違うけど。なんか、全体的に薄いのよね、感覚が」


「それは羨ましくない」


 余命宣告後、しばらくは茫然自失で何も手をつけることができず、一日中ベッドで寝転ぶことしかできていなかったが、ある時天啓を得たが如く縁結びの神社にお参りし、この縁結びの神に仕えし女神である岩女と出会うことになった。


 日がな一日、我が家の中でふよふよ漂っているかと思えば、取り止めもない話題を振られたり、気づけば姿を消していたりと、不思議な生態を垣間見せているこの神は、わずか一ヶ月とたたず我が家にすっかり馴染んでいた。


 一人暮らしが長かったので、家事全般は全て一人でこなしていたが、岩女的には家事の一つ一つが手緩いらしい。そのためか、岩女は自分の納得できないレベルの家事を俺がしていた場合、家政婦でもないのに掃除、洗濯、料理と俺に代わって家事全般をこなすことが増えてきた。


 これでは母親ではないか。家事をしてくれるのは悪い気はしないし、実際有難いのだが、さすがに申し訳ないのでご遠慮願うが、家事をするということ岩女にとってはいい気分転換になるとのことだった。なんでも、生きていた時の感覚を味わえるということらしい。


「それにしても、お前と出会ってからというもの、死ぬのが怖くなくなってきたな」


「そうだろうね。私みたいな霊的な存在があるなら、さすがに魂の存在を認めざるを得ないでしょう」


「俺も、魂の存在は半信半疑だったからな。でも、俺は魂はある派だったから、存在が知れて嬉しかったよ。あとは地獄行きか天国行きか聞いてみたいところだな。怖いけど」


「天国だの地獄だのって世界は死後の世界にはないわよ。現世でもそうだけど、大体人間てのは似たような者同士で集まる習性があるけど、あの世でも似たようなものよ。いい人であれば、いい人達がいる集団に交じっていくし、悪い人なら悪い人同士で交じるから、どっちに属するかで天国のように感じるか地獄を味わうか、そうした違いはあるでしょうがね」


「ふ〜ん、そんな感じか。俺はどっちかな?天国側でいられる自信は正直ない」


「単純にあの世は善悪で世界が二極化してるわけじゃないわよ。実際はグラデーションのように細かな階層があるだけ。どこに属するかは、死んだ時のお楽しみ。少しでもいい階層に行きたいと思ったのなら、残りの人生、有意義に過ごすことね」


「具体的に何をすればいいんだよ」


「昔から言うでしょ。人に優しく、思いやりを大切に。日々を大切に生かされていることに感謝しながら生活していればいいのよ」


「なんだか宗教っぽい話だな」


「いいえ、これはただの生活様式よ」


「左様ですか」


「左様です。もっと知りたいのなら、哲学なさい、哲学」


 女神からのありがたきお言葉である。だが、こうした会話も今の俺にとってはとても実りある会話だ。仕事にかまけていた時は、何事についても落ち着いて考える暇がなく、ただただ目の前の仕事に邁進するだけの日々だった。


 生きるということを、ここまで真剣に問い考えたことはなかった。こうして余命を告げられたことで、その時間をようやく手にしたということが残念でならない。だが、かといって腐っていても仕方がない。俺は残りの人生を有意義に過ごしたい。過ごしたいのなら行動あるのみ。


 そして、今回数十年ぶりの女子とのデートをこなしたのだ。まずは祝おう。これも生きる上で大事なことだ。と、思う。


「ところで、女神殿は現世でやりたいことはないのか?」


「えっ?どうした、藪から棒に」


「いや〜、なんか色々よくしてもらってるから、どっか行きたいところとかあれば、よければ車で乗っけていこうかと思って・・・」


「・・・」


 岩女はポカンとして沈黙し、酒を飲む手も止まってしまった。


「あの〜。よくない提案だったりしましたか?」


「いや、驚いただけ。あなたそんな余裕あるならもっと自分のために、時間使いなさいよ。私は大丈夫だから」


「そ、そうか・・・。なんか、悪かったな」


「悪いってことはないでしょ。気持ちだけ受け取っておくわ。それに、私達はいつでもどこども瞬時に移動できるんだから、車を出してもらう必要はないし、気を使うことはないわよ」


「そうか。でもそれも味気なさそうだな。お出かけは道中だって楽しいのに」


「それな」


 岩女は食い気味で答えた。


「そうなのよ、私も瞬間移動できるー、やったーなんて初めは思ったのに、いざやり始めるとほんとつまらなかったのよね。どこか遠くへ行ってみても、すぐに目的地に着くから、旅の風情も何もあったもんじゃないのよ。だからと言って道中楽しもうとすると、ただの瞬間移動の繰り返しになって、あれは虚しくなったわ〜。便利なのも考えものよね」


 なるほど、神様でもそんな事を考えたりするのか。実に人間臭い。というか、人間なのではないのかとすら思う。


「私のことより、あなた時間も金もあるんだから、どこか旅行とか行ってもいいんじゃない?」


「行ったこともあるさ。金に任せて高級旅館で一番いい部屋頼んで止まってやったさ。けど、元々旅が好きなわけでもないし、グルメなわけでもないし、結局寝るだけだったら、どんだけいい部屋泊まっても違いなんてあんまり感じられなかったからな。というか、広くて綺麗な部屋でポツンと一人になって、余計に寂しかったな」


「ん〜、そうだったのか・・・」


「誰か一緒に旅行してくれる人がいれば、また違うのかもな」


「なら、あの絵描きの子と懇ろにならなくちゃ」


「懇ろになるまでまだまだ時間かかるだろ。それか、お前俺と一緒に旅行行くか?」


「あんたね〜・・・。まさか!!あんた、私を手籠にしようって気なんじゃ?!」


「違う!!」


「不敬!!」


 スパンと平手打ちの突っ込みが入った。念の為俺はここで断言しておこう。俺は決して岩女を手籠にしようなどと考えていない!狙ってなど断じてない!だが、こうしたボケと突っ込みを交わす間柄になりつつあることに違いはなかった。

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