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余命一年恋物語  作者: 榊 珠江
四の御縁 縁結びの女神

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行く年、来る年

 彼の家は山の裾野に位置している。高原という程の標高はないものの、見晴らしのいい場所へ行けば遠くに海を眺めることができる。そんな彼の家に、珍しく雪が降った。


 昔から温暖な地域で、冬でも雪が降ることは珍しいのに、今日はしんしんと雪が降り続いている。道路上の雪は地熱でどんどん溶けていくが、近所の畑や田んぼはすっかり白くなり薄く積もっている。


 しかも、今夜はクリスマスイブ。まさか、こんな珍しいこともあるなんて。


 私の生前ではホワイトクリスマスなんて経験することは叶わなかった。叶わなかったので、どうせならどっしり降り積もった雪でも見てやろうと思ったのが運の尽き。雪を見に彼と雪国へ旅行し、そして私は帰らぬ人となったのでした。残念極まりない。


 しかし、過ぎたことは気に病んでも仕方がない。一度《《あちらの世界》》で過ごしてみてよく分かったのは、生きている状態の方が稀少な経験ということ。むしろ、人生五十年だろうが八十年だろうが、味わい尽くさないのはもったいないというもの。


 そうした考えもあって、私はクリスマスの準備もそこそこに、ささやかなパーティーの支度をしている。


 すでにキッチンにはクリスマスっぽい料理としてチキンやサラダなどを用意し、冷蔵庫には各種アルコールとケーキが収まっている。テーブルには私が用意した小さなクリスマスツリーがちょこんと置かれているが、これは彼の意向を汲んで、仰々しい装飾はせず、質素に静かに過ごすことを彼と一緒に決めたからだ。そして、それは正月も変わらない。お節料理は多少は用意するつもりだけど、それも必要な分だけだ。


「姫子、俺はこんなに楽しいクリスマスは久々だ。一緒にいてくれてありがとう」


 彼は私が作った料理を前にして、そう言ってくれるけれど、私は嬉しさよりも不穏な気持ちが勝ってしまっている。彼の言動から、死ぬ覚悟が日増しに強くなっていくのが肌身で感じるからだ。


「今更だけど、本当に良かったの?どうせなら、もっとはっちゃけて騒いでもいいと思うんだけど。あの世での生活がいずれ待っているとはいえ、肉体に宿って現世を生きれる人生は一度きりなのは間違い無いわけだし」


「それはそうだけど、ほら、俺元々そんな騒ぐタイプの人間じゃないし。変にテンション上げて騒いでもすぐに疲れるのがオチだって」


「そっか。でも、私はあなたにもっと人生を楽しんで欲しいのだけれども」


「楽しみ方は人それぞれさ」


 彼は私を優しく抱き寄せ、おでこにキスをしてくれた。すかさず私も彼を逃すまいと体に抱きつき、唇を奪う。契りを交わした男女の、なんてことのない日常のイチャイチャの一コマだ。幸せ。


 ずっとこんな日々が続いている。彼の本願、私に会いたいという願いから目を背けたことで新たに生まれたイチャイチャ願望もこの通り叶ってしまっている。


 このまま時が止まってくれたらどれほど幸せだろうかと思わずにはいられないが、どうしても彼の運命のことが頭をもたげ、幸せに浸りきれないのがもどかしい。


 それでも、私たちはこの奇跡といえる生の体験を思う様味わい、夜は夜とて性の体験をこれまた思う様味わい尽くす。というか、最近の彼は夜が元気すぎて困る。つい最近までやる気のない象を飼っていたくせに、毎晩元気と来ている。他の女といちゃつかせるために象を奮い立たせる祈祷までしていたあの頃が懐かしい。


 私を抱いて疲れ果てた彼が眠りについた時には、とっくに日付が変わっていた。毎晩こんなんだから寝不足になるかもと思ったが、案外私の体は元気だ。


 どうやら岩のように逞しかった頃の私の体力は健在らしく、いつだったか戯れに彼と腕相撲をした時も、私が完膚なきまで彼を負かしてしまったこともあった。そのおかげで毎晩彼に付き合うことができるのだから、感謝なのだけれども。


 カレンダーを見る。今日がクリスマスイブで、もういくつ寝るとお正月を迎える。踊るように描かれた日付の赤丸が微笑ましい。カレンダーを指でなぞりながら、私は次の季節的行事を探した。せっかくなら、彼にはこの世の生活を満喫してもらいたいからだ。

 

 この時期だと、次は2月の節分やバレンタインといったところか。そこで、私はあることに気がついた。カレンダーには、二十四節気も記載されていて、節分の頃の日付に立春の文字を見つけた。


 大神様の言葉を思い出す。次の春が立つ時に、彼の命が尽きる、と。


 鼓動が強く早く刻み、耳に響いているように聞こえてくる。春が立つ。つまり、立春。


 まさか、彼の余命はもう、一ヶ月しかない?いや、彼が奇病に犯されたのは三月のはず。そこから一年と考えても、まだ猶予があったはず。まさか、死期が早まったというの?


 私は振り返り、子供のように眠りこけている彼の寝顔を見る。彼はこのことを知っているのだろうか。もし、本当に彼の余命があと一ヶ月ほどしかないのだとしたら、私は彼になんて言えばいいの?どんな顔で向き合えばいいの?


 私の不安と焦燥など気に変えることもなく、窓の外は相変わらず深々と雪が降り積もるばかりだった。

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