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余命一年恋物語  作者: 榊 珠江
四の御縁 縁結びの女神

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ハレの日ケの日

 恋の物語において、恋が成就した後の物語というものはあまり聞いたことがない。自称読書家である私の僅かな経験と偏見を元にした意見であることは間違いないけれど、そもそも恋が成就した後は、それはもう幸せで満ち足りた生活なわけで、正直、何をしていても幸せなのでは?という持論を私は持っている。


 最終的に人が求めているのが幸せであれば。何をしていても、そんなことは些細な行動の違いでしかない。


 この持論の根拠は、私の体験だ。私は彼と一緒にいられるだけで幸せだ。彼と一緒にいられるだけで、私は思わず言葉につまるほど幸せで胸が詰まるほど苦しくなるほど幸せだ。


 昔話にある一節。おじいさんとおばあさんは、幸せに過ごしましたとさ。この言葉に真理が現れていると思う。なぜ昔話で仲の良いおじいさんとおばあさんが、このような言葉で物語が締めくくられるのか、今なら分かる。


 この一節から私は幸せというものは本来言葉にできるものではないのだろうと思っている。現に、私は彼のプロポーズを受けてからというもの、今まで感じたことのない満ち足りた生活に、言葉にならない幸福を感じている。


 いわゆる、本当に大切なものは言葉にならない、というやつだ。割と的を射ているのではないかしら。


 現に、私は彼のプロポーズを受けてから、今日まで語り尽くせないほどの幸せを全身全霊で味わい尽くした。でも、そのどれもが言葉にしようと思っても、言葉にできない。もしも私が小説家だったなら、恋愛小説の執筆は避けなければいけないだろう。きっと、昔話のように、末永い幸福を予感させて終わりにしてしまうから。


 そう、あって欲しかった。現実は、そう甘くはなかった。


 彼が住むトレーラハウスには、各月のページが横並びで壁に貼られている。四月から始まり、十二月までの分が貼られている。師走も近くなり来年のカレンダーが店先に並び始めると、彼は来年のカレンダーを買い、三月までのページを壁に貼り付けたら、残りの四月以降のページをさっさとゴミ箱に投げ入れていた。


 私は彼が作業を行っている間、黙って彼の背中を見つめていた。とても手伝う気にはなれなかったからだ。彼は自分の余命期間のカレンダーを貼ったことに満足気で、私に笑顔すら見せてくるけれど、正直、私にはたまったものじゃない。そんな悲しそうな笑顔を見せないで欲しい。


 彼の命が残り僅かなのは重々承知してる。にも関わらず、私は彼が来年の春にはこの世を去らなければならない現実に、心底嫌気がさしている。この世を去ったところで、《《あちらの世界》》に行くだけなのに。


 なぜかしら。あちらの世界に彼が来た方が、私としてはいいはずだ。だって、肉体を脱ぎ捨て、魂の存在になれば永遠に私たちは永遠に愛し合えるというのに。私は、彼に生きてほしいと願ってしまっている。


 カレンダーを眺めていた彼が、おもむろに赤ペンで日付に丸をつけ始めた。丸がついた日は、クリスマスと元旦だ。そうか、この世ではもうそんな時期が来るのね。もう一ヶ月もないじゃない。今の私にとっては、その事実が残酷に思えてならない。


「姫子は、クリスマスケーキはどんなの食べたい?」


「クリスマースケーキってショートケーキを食べるものじゃないの?」


「別に好きなもの食べたっていいだろう?せっかくのクリスマスなんだし」


「クリスマスは本来宗教儀式ですよ、お兄さん?」


「固いこと言わない。せっかく姫子と迎える年の瀬だから、楽しみなんだよ。それに、これで最後だしね」


 何かを言おうと思ったが、言葉がうまく喉から出ない。彼にとっても、余命が尽きるまでの日々をどう過ごすか私なんかよりよっぽど考えているはず。なのに、彼はどこかあっさりした雰囲気だ。むしろ、私の方がこの状況に呑まれている。彼以上に、一日一日が過ぎていくことに恐れを感じ始めている。


「どうせなら、盛大にお祝いしてみない?ほら、ケーキも一切れとかじゃなく、ホールで買ったり、クリスマスツリーも豪華なものを用意して、飾り付けをしたりとか、どう?」


「う〜ん・・・。そこまではいいかな。来年もクリスマス祝うなら、それでもよかったけど、今年が最後だし、あまり余計なものは家に残さないでおきたいかな」


「そっか、ごめんね。余計なこと言っちゃった」


「気にしないでよ。なんか、今は派手に何かをやるってよりかは、ささやかで十分かなと思っただけ」


 私が思っている以上に、彼は最期を迎える心づもりをしている。心臓に太くて冷たい釘が打ち込まれるように、胸が痛い。


「それから、今日はこれから役所に行こうと思うから、留守番をお願いしてもいいかな?」


「えっ?珍しいこと言うわね。いつでもどこでも私を連れ回すのに、役所にだって私も一緒に行くわよ?それとも、役所とか言って、自分一人だけどっか遊びに行くつもり?」


 冗談めかして言ったつもりが、彼の顔は真顔のままだった。


「役所で手続きしに行くんだ。死後の面倒をみてくれる行政サービスがあるんだってさ」


 彼は私に一枚の広告を渡してきた。内容を見ると、役所が発行している広報の一ページだった。彼が患っている罹患から一年で死亡する謎の奇病の患者向けの内容で、身寄りの無い人向けに、死後必要となる行政手続きの他、財産の処分や知人への死亡の告知など代わって行政が行うというものだ。


 まさに彼にはうってつけだろう。本当なら私がそこまで面倒を見てあげたいくらいだけれど、そもそも戸籍上死んでいるはずの人間が役所で手続きなどできるはずがない。車の運転だってできるのに、万が一警察に捕まってしまえば何重にも面倒なことになるだろうから、彼に運転を任せっぱなしという有様なのだから。


「留守番、してようかな。色々、やりたいことあるし。お部屋の掃除とか」


「わかった。ごめんね。やっぱり嫌な話題だったね」


「そんなことないよ。あなたにとって、とても大事なことだもの。気をつけていってらっしゃい」


 脇目も降らず外出する彼の後ろ姿からは、死と向き合おうという静かな覚悟を感じる。そして味わう嫌悪感。


 正直、私は少し浮かれていた。彼とクリスマスを過ごすのは、なにも今回が初めてじゃない。でも、せっかく黄泉帰って一緒に過ごせるのならと、少しはしゃいでしまった自分が情けない。


 一人家に残り、ため息混じりに窓の外を眺めてみれば、真っ青で雲一つない空が広がるばかり。きっと、大神様もこんな情けない私をしっかりと見ていらっしゃるのだろう。

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