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余命一年恋物語  作者: 榊 珠江
三のご縁 畑の美魔女

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岩女を探せ

 若干の頭痛と喉の渇きとともに、俺は目を覚ました。カーテンはすでに開けられ、日の出前のわずかな太陽光によって空は青紫色に照らされている。台所では、作業着に身を包み、バッチリと化粧を決めた辰姫さんの姿が見える。


「おはよう。よく眠れた?」


「おはようございます・・・。というか、朝早いですね。まだ日の出前ですよ?」


「農家の朝は早いものだよ。それに、昨日は散々泣き散らしたから、顔がぐちゃぐちゃ。だからって畑に出ないわけにはいかないから、対策もしないと」


 なるほど、それでバッチリメイクしてるのか。納得。


「もうすぐ朝ごはんできるから、顔洗ってきな。なんならシャワーもどうぞ」


 頭痛と眠気で、いまいちはっきりとしない頭を無理やり動かし、俺は体を起こし、両手で眠い目を擦る。俺と辰姫さんは二人して、泣き崩れたまま眠ってしまったらしい。


 お言葉に甘え、シャワーを借りることにしたが、浴室の鏡と対面すると見るからに情けない寝ぼけ姿の俺が写っている。それだけではなく、泣き腫らしたせいもあって、名状し難い中年の男の顔が鏡に映し出されていた。こんな顔が俺の顔だなんて我ながら冗談キツい。


 顔はぐちゃぐちゃだが、心は随分スッキリしている。昨夜の出来事は俺にとっても決定的な気づきをもたらした。それは、俺の本当の願いについてだ。岩女に是非とも聞いてもらいたい。周囲に見当たらないところを見ると、きっと俺の家に帰っているのだろう。


 シャワーを終え、着替えて部屋へと戻ると。美味しそうなパンの焼ける匂いが立ち込めている。とれたてのサラダとコーヒーもお出迎えだ。空は白くなり、太陽が顔を出しはじめていた。俺たちは朝日を浴びながら、言葉少なめに朝食をとった。


「ありがとうございます。昨日からずっとご馳走になってばかりで」


「いいのいいの。私こそ、昨日は随分とお世話になっちゃった。昨日は色々と気づきがあって充実した夜だったよ。これも、全部君に会えたからこそだな。本当にありがとう」


「それは俺もですよ。自分の事は自分が一番理解していると思ってましたけど、掘れば掘るほど本音が出てきて、本当の自分の気持ちに気がついてなかっと痛感しました」


「同感。でも、私たちは気づけた。これって、すごい事だよね。だって、自分に嘘をつかなくて済むんだから」


「自分に嘘をつく、か」


「私は、旦那がいなくなって、心にでっかい傷ができた。旦那がいない寂しさや、一人で生きる心細さも、その傷を大きく広げた。そのでっかい心の傷と向き合うことが怖くて、目を背けたら、そりゃ一時的には気が楽だろうさ。でも、それは私自身への嘘になる。本当は傷ついて辛いのに、それを無視しているんだから、自分を大事にしていないことにもなる。なんか、そんな気がするんだ。けど、私はそれをもう辞めようと思う。私は私を大事にしてあげるんだ。それで、いつかあの世で旦那に会った時に、盛大に慰めてもらうんだ。どう?よくない?」


 冗談めいた話ぶりだが、芯の強さを感じる声に、普段の辰姫さんが戻ってきたことを実感する。


「最高じゃないですか。俺も辰姫さんに見習おうと思います」


「でもね、これは誤解してほしくないんだけど、私が君に言い寄ったのは、寂しさだけじゃないんだ。旦那がいなかったら、恋人にしているとこだよ」


「それは光栄です」


 辰姫さんは俺を抱きしめ、そっと頬にキスをした。


「また、お腹が減ったり、土を触りたくなったら、うちにきなよ。いつでも歓迎するからさ」


 赤らむ顔で目を逸らす辰姫さんを、俺はそっと抱きしめ頬にキスを返した。


 外はすっかり明るくなり、辰姫さんは畑仕事に出かけるので、俺も家に帰ることにした。帰宅し、家の中に入るが、どうも様子がいつもと違う。いつもであれば玄関を開けるなり、「おかえり」と声をかけてくれるのだが、今日はその声が聞こえない。


 帰宅早々、家の中が真っ暗であるのは一人暮らしでは当たり前の光景だ。だが、ここしばらく岩女が同居人と化し生活する期間が長かったのもあって、電気もついていない真っ暗な我が家の光景に妙な違和感を覚える。違和感はそれだけではなかった。


 テーブルに置き手紙が見えた。手紙を読んでみると、そこには『神社に帰ります。探さないでください』の文言が書かれていた。


 ご丁寧に行き先を書き残しやがって。探して欲しいのか、欲しくないのかどっちだ?!だが、こんな手紙を書かれては、はい、そうですかと納得できるわけもない。


 手紙を握り締め、俺は家から車へとすぐ戻り、縁結びの女神と出会った神社までの道のりをナビに設定し、そのまま車を走らせた。昨晩の岩女の姿が脳裏に浮かぶ。俺は縁結びの女神に浅ましい願いをしておきながら、願いの成就を自分で拒んだ。あれだけ縁結びの女神が尽力してくれたというのに。


 確かに、俺は神にイチャイチャしたいと願った。だが、それは余命宣告を受け半ば自暴自棄になった俺のエゴが漏らした下品なお願い事に過ぎなかった。


 俺の本当の願いは、死ぬ前にもう一度、死別した彼女に会い、愛し合うもの同士として穏やかな日常を過ごしたかった。ただそれだけだった。だが、そんな願いは叶うはずもない。だからこそ、俺は神様に嘘の願いをした。いや、してしまった。自分の本心にすら気が付かず、ただ彼女を失った悲しみや寂しさから目を背けるためだけに頓珍漢な願いをしてしまったのだ。


 自分でも薄々気がついていた。こんな浅ましい願いが仮に叶ったとしても、助平心を満たしたところで突きつけられた現実から逃げることすらできない。こんな器の小さい俺を神は看破していないわけがない。縁結びの女神は浅ましくも下品な俺の願いを聞き入れ、応えてくれた。


 それにもかかわらず、俺は三度チャンスを与えられ、三度棒に振った。岩女や縁結びの大神になんと詫びればいいのか。


 いや、詫びる前に、俺はあの女神に伝えたいことがある。余命短い俺にどれだけの真心を持って俺と向き合ってくれたか。どれだけ心の支えになったか。俺はあの女神に伝えなければならない。

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