残暑和らぎ秋の風
畑を復活させるため、生え散らかしていた草を全て刈り終えたのは九月の頭だった。だが、草を刈っただけではまだ作業は終わらない。
心無い人間が畑に放り込んだゴミの回収や処分、土を掘り返したり、堆肥を撒いて土壌を整えたりと、やることは山積みだった。当然、作業なんて分からないことだからだ。鍬すら振ったことがないのだから仕方ないが、榎本さんに一から農機具の扱い方を教えてもらい、自分でできないことは榎本さんに作業を代わってもらいながら、仕事に邁進する日々を送った。
岩女はまるで古女房のように掃除、洗濯、料理など家事全般を支えてくれていたし、榎本さんは俺の農業の先生として一緒に畑の復活を手伝ってくれた。病気を理由に仕事を辞め、しばらくは隠居同然の生活をしていた身からすればなんと健康的なことだろうか。半年後に死ぬなんて嘘ではないかと思えるほど元気だ。
そして、十月を迎えようかという頃、全ての作業が完了した。作業が終わる頃には、空は薄暗くなり始め赤みを増す時間帯へと入っていた。綺麗に耕され種まきを待つ立派な畑が目の前に広がり、夕日を浴びている。
「綺麗になったもんだ。子供の頃を思い出す」
子供の頃はよく両親に連れてこられたものだ。四季折々に植えられた作物、空の景色、目に映る景色、それらが全て昨日のように鮮やかに思い出される。
「がんばった甲斐があったな・・・」
しみじみと感傷に浸る俺の背中をポンと叩く人がいる。
「ありがとう。おかげで立派な畑が手に入った。今、うちの子達と相談して何を植えるか考えてるとこだよ。これからが楽しみだ」
「こちらこそ。おかげさまで心のつかえが取れました。何より、昔見た思い出の景色が見れて感無量です。全部、辰姫さんのおかげです」
辰姫さんは、満面の笑みを見せている。毎日のように一緒になって畑作業を進めていく中で、今では榎本さんのことを下の名前で呼ぶようになっている。呼び捨てでもいいと言われたが、一応年上なのでさん付けで勘弁してもらっている。見た目だけは明らかに若い女性なので、今となっては年上扱いするのも違和感が出てきてしまうが。
それにしても、だ。この一ヶ月以上、辰姫さんとかなり濃密な時間を過ごしたはずだが、少々健全すぎやしないか?当初のイチャイチャ目的は一体どこへ行ってしまったのか。縁結びのおかげで辰姫さんとは確かな絆を感じるが、男女の関係に発展しそうな気配がまるでなかった。
かといって、男女の関係になろうにも、いまだに俺の股座に住みし象さんは、相変わらず鼻の屹立の仕方を忘れたままだ。どうしようもない。
俺を助手席に乗せ軽トラックを運転する辰姫さんの横顔は、今とても晴れやかだ。一つ大きな仕事を終えたそんな顔をしている。今年は残暑が厳しく、車の窓を開けて走ってもちょうどいいぐらいの暑さだ。だが、空気のひんやり感はどことなく秋を匂わせている。季節外れの暑さとはいえ、季節の移り変わりまでは隠せない。
辰姫さんの家に着き、道具を一通り片付け終えると「畑復活のお祝いでもどうだ?」と晩御飯に誘われた。当然、断る理由はない。というか、俺も畑作業を手伝ってもらったお礼も兼ねて食事にでも誘おうと思っていたところだ。
ところが、彼女は作業の行程から先読みして今日には全ての作業が完了することを見越していたらしく、すでにお祝いの酒や料理を用意しているとのことだった。なんとも、手際がいいことだ。
「ご飯用意する前に、汗ながそっか。さすがにこのままご飯てわけにはいかないから」
「そうですね。俺はここで着替えますよ。ボディーペーパーもあることですし」
「いいよ、遠慮しないでうちのシャワー使いなよ」
「いや、それはさすがにできませんよ」
「そう頑なにならなくてもいいじゃん。あっ、ひょっとして、一人では入りたくないとか?」
「それはもっとダメ」
「いいよ、二人でシャワー浴びても」
まったく、辰姫さんの悪い癖だ。俺に大人な揶揄い方をして楽しんでいる。こっちは紳士的に振る舞いたいが、体は正直なものでメリハリのある彼女の体を自然と目が追いかけてしまうのは、俺のオスとしての本能がまだ死んでいない証拠。という前向きな理由にしたい。
晩御飯の誘いを快諾すると、辰姫さんは「汗を流してくると」と、さっさとシャワーを浴びに浴室へと消えていき、湯気とシャワーの音が部屋の中で静かに広がっていった。
いや、ちょっと大胆ではありませんか?俺、すぐそばにいるんですけど。なんなら、部屋の間取り上、見ようと思ったら曇りガラスがあるとはいえ、見ようと思えば中にいる辰姫さんのシャワー姿のシルエットぐらい見えてしまうんですが。
俺は部屋にあったパーテーションをそっと浴室への廊下の前に移動させ、浴室に目が行かないように視界を遮り、辰姫さんが浴室から出てくるのを待った。
畑作業を終え汚れた格好で家に上がったものだから、下手にソファや椅子には座れない。仕方なく部屋で立ちすくしていると、壁面の棚に綺麗に飾られた写真立てが目に入った。そこには、作業着を着た今よりももっとヤンチャでいかにもな元不良の様子が伺える辰姫さんと作業着を着た素朴な男性が並び、仲睦まじく写真に収まっている。
そういえば、俺は何度かこの家の中に招かれたがジロジロ見るのも失礼かと思い、あまり見ないようにしていたが、こうしてまじまじと見るのは初めてだ。
「お待たせ〜。次、シャワーどうぞ〜」
浴室から髪をバスタオルで拭きながら、ショートパンツにキャミソール姿で辰姫さんが現れた。たわわな胸の膨らみと谷間と刺青がよく見える。
「おっ?その写真、気になる?これは結構昔の写真なんだけどね、旦那と結婚する前の写真なんだ〜。この時はまだまだやんちゃが抜けきってなかったんだけど、今の私とどっちがいい?」
「この時会ってたとしたら、ビビって目を見れない気がします」
「君は小心者だなぁ。そんなに怖く見える?」
「怖いというか、気合が入ってるなって感じですね。それにしても、この方が旦那さんですか。優しそうな人ですね」
「そりゃもう、神様かってくらい優しい人だったね。私も今でこそ不良だの行き場のない若者をこうして受け入れているけど、この仕事は元々は旦那がやってたことなんだ。私はその仕事を受け継いだだけ。んで、私もその受け入れてもらった不良の一人ってわけよ」
「へっ?そうだったんですか・・・」
「そうだよ〜。びっくりだよね。こんな見た目弱そうな男にまさか自分が靡くとは思わなかった。でも、この人はいつも自分の言葉や行動に一本筋を通してた。決して派手じゃない地味なこの仕事も、毎日直向きにこなしていた。今まで見てきたどの男よりも大人しくて地味だけど、誰よりも優しく逞しく、頼りになる男だった。この私が惚れるほどのいい男だ」
珍しく辰姫さんがしんみりと話している姿がとても印象的だ。垂れた濡れ髪で表情がよく見えないが、この話からも辰姫さんは今でも旦那さんのことを大事に思っていることは伝わる。
「さ、君もシャワー浴びてきな。食事の支度しとくからさ」
半ば押し込まれるように浴室へと入れられてしまい、ひょいひょいと着替えもタオルも浴室へと入れられてしまった。ここまでされるとシャワーを浴びない選択はもはや無いも同然だった。




