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余命一年恋物語  作者: 榊 珠江
三のご縁 畑の美魔女

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昔話

「私も、もう会うことはできないけど、もし会えるなら会いたい人がいるんだ。君には、この話しておこうかな」


「どうしたんですか?そんなに改まって」


「多分、この話は君にしておいた方がいいし、私もしておきたい。私という女を君に知ってもらうために」


「なんだか、緊張しちゃいます」


「大丈夫だよ、そんな固くならなくて〜」


 ようやく榎本さんの口調が少し戻ってきた。だが、榎本さんの表情もどこか固くなっているのは見て感じる。


「私さ、実は旦那がいたんだ。でも、数年前に病気で亡くなって、今は一人。つまりは未亡人ということなのさ」


 病死と聞いて一瞬、体が硬直し、身動きが取れなくなってしまった。この言葉は今の俺にとってはあまりに重い。それにしても衝撃の事実だ。榎本さんほどの器量の良い女性が独り身なのは何か事情があるのだろうと思っていたが、まさかそんな事情があったとは。


「私も会えるなら、あの人に会いたいかな。でも、今さら亡くなった人と会いたいなんて言ったところで仕方ないし、私は今を生きているわけだからね。前を向いて生きねば。だから、恋人も募集中だし、こうして生きていられるうちは仕事も頑張らなきゃ、ってね。私はこんな人間ですよ。びっくりした?」


「いえ、そんな・・・」


 毎度、気の利いた言葉が思い浮かばない語彙力の低さに我ながら失望する。わずかに垂れ下がった眉が、彼女の心情を物語っている。


「話しずらいことを、教えてくれてありがとうございます。でも、腑に落ちもしました。榎本さんほどの女性が独身のままだなんて、そんなことないだろうと思っていたので」


「へ〜、それって私のこと褒めてくれてる?」


「えぇ、もちろん。榎本さんは素敵な女性です」


「君、すごいね。恥ずかしげもなくよくそんなことを言えるねぇ」


「そうですか?率直にそう思ったまでですので」


 普段人の目をしっかり見て話す榎本さんが視線を外し、指で髪をくるくるといじっている。


 素敵な人に素敵というのは、何か間違っているのだろうか。俺は人の美点は褒めるように心がけている。俺は日の目を見るような人間ではないが、他の人は違う。もっと褒められて然るべきだ。そして、榎本さんもその一人だと俺は考えている。それは見た目だけの話じゃない。中身も含めてだ。


「それじゃ、俺も榎本さんに話しておきます。俺も元カノと死別しています。交通事故でした。おまけに、同じ事故に巻き込まれておいて、生き残ったのは俺一人でした。もう十年以上前のことですが、結婚を考えていた相手なだけに、なかなか忘れ難いですね。俺もまぁ、こんな人間です。びっくりしました?」


「・・・そうか。君も辛い経験をしていたんだね」


「えぇ、まぁ・・・」


 ガタンと物音と共に、ギュッと抱擁された。榎本さんがテーブル越しに俺の頭を抱き抱えている。彼女の髪が匂いが、俺の鼻に吸い込まれていく。

 

「私は思うんだ。先に逝ってしまった人を偲ぶのも大事だけど、生きている私たちがその事に引きづられていては、先に逝った大切な人が浮かばれないだろうなって。その調子だと、お盆も辛かったんじゃない?」


「ははは、そう、見えますか?」


「晴れやかな顔には、見えないね」


 余命の件もあって、心穏やかに過ごせていなかったのは間違いないが、周りから見てもあまりいい顔をしていないというわけか。いけないな、これではせっかく俺と関わってくれる人たちに心配をかけてしまう。


「それにしても、境遇がこんなに似ているとは思いもしなかった。案外、相性がいいんじゃないかな、私たちって」


「それは光栄ですね」


「もしよかったらさ、気晴らしに私といいことしない?」


 耳元で、甘い囁きと吐息が耳に掛かり、思わず背筋がぞくぞくしてしまう。色香が漂って仕方ない。


「いいことって・・・俺達、まだそんな関係じゃぁ・・・」


「そんな事はいいの。こういうことは早めにやっておいたほうが後が楽になるのよ」


「え?!そういうものですか?!」


「そういうもの。お姉さんに任せなさい!」


 腕を引っ張られ平屋の中へと引き摺り込まれると、榎本さんはおもむろに服を脱ぎ始め、脱ぎ捨てていく。


「えっ?!榎本さん、そんな大胆すぎますって!」


 いかに経験を積んでいるであろう女性であっても、そうみだりに男の前で服を脱ぎ捨てていくのはいかがなものか。嬉しいやら喜ばしいやらで俺は一向に構わないが、この急展開は心臓に悪い。


「大丈夫!ちゃんと奥で着替えるから。君も早く着替えて!」


 榎本さんにポンと投げて渡されたのは、先ほど買ったばかりの作業着一式が入ったレジ袋だ。


「善は急げってね。君の畑に行くわよ!」


「えっ?なんで?!」


「君の畑に行くよ!湿っぽい話で今日を終えちゃ味気ない。汗を流してスッキリするのさ!」


 部屋の奥にあるパーテーションの裏から顔をひょこっと出し、榎本さんは揶揄うように笑ってみせた。


 あっ、なるほど。いいことって、そういう事でしたか。てっきりスケベな展開になるのかと思い変な期待をしてしまったが、いくら縁が結ばれていても、そこまで都合よくはいかないか。

 

 それにしても、パーテーションで視線が遮られているとはいえ、目の前で着替えをして、しかも脱いだ服をパーテーションにかけるのは女性として大胆すぎやしないか?下着のデザインも色までバッチリ見てしまうではないか。


 榎本さんの下着を脳に刻みつつ、俺はパーテーションに背を向け、作業着へと着替えはじめた。俺が買った作業着はシンプルにツナギだ。なんとなく、作業といえばツナギかなと安直に買ってみたが、これはこれで着心地がよく作業もしやすそうだ。


「おー、決まってるね〜」


 榎本さんが声をかけてきた。どうやら着替え終わったらしい。


「作業着って、案外いいものなんですね。って、榎本さん、まだ着替えてる途中じゃないですか!」


 慌てて榎本さんに背を向けたが、榎本さんは飄々としているどころか、驚く俺に逆に驚いている様子だ。


「なんで?あとTシャツ着流だけだし」


「なんでって、そんなインナーだけじゃ破廉恥じゃないですか!」


 榎本さんは今日買ったジーンズにコンプレッションインナーを着た出立だが、やたらボディラインが強調されて目のやり場に困る。特に上半身。そこそこの大きさの胸の形からくびれからまるっと見えてしまっている。


「ごめん、ごめん。ちゃんとシャツも着るからさ。それにしても、君ぃ、ウブなんだね?」


「あまり揶揄わないでください。心臓が持ちません」


「かわいい年下は嫌いじゃないよ」


 そう言って、榎本さんは人差し指で俺の頬を軽く突くのだった。まったく、不思議なご縁を結ばれたものだ。完全に俺は榎本さんのペースに乗せられているが、悪い気はしない。悪い気はしないが、大人の揶揄い方に俺の心臓が耐えれるか、それが心配になってきてしまう。


 着替えも終わったところで、俺は榎本さんと一緒に草を刈る道具やその道具の燃料を軽トラックへと積み込み、畑へと向かった。


 我が家の畑は、何度見ても荒れ方がひどい。雑草だらけで地面が見えない、それどころか、背の高い雑草も多くびっしりと生えていて、一目ではここを畑と見抜ける人はいないだろうと思わせるほどだ。


 手際よく道具を用意する榎本さんに指示を仰ぎ、俺は生まれてこのかたしたことがない農作業へと、いよいよ挑戦する事になった。

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