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余命一年恋物語  作者: 榊 珠江
三のご縁 畑の美魔女

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買い物デート

 今さらだが、男女のデートにおいて一緒に買い物を楽しむというのは鉄板も鉄板だが、果たして作業着専門店での買い物もデートと呼べるのだろうか。いや、デートには違いないだろうが、なんだろう・・・。思っていたのと全く違うデートの光景が、今目の前に広がっている。


 すでに榎本さんの姿自体が浮いている。このお店の作業着は一見してみると作業着なのかと思うほどおしゃれな物が多いし、店内の一角には女性向け商品のコーナーまであるが、可愛らしい私服に身を包んだ榎本さんが作業着を吟味している姿は、まさに意表を突かれたような気分でもあり、妙な違和感を感じてしまう。


 だが、榎本さんは慣れた様子で俺の作業着を見繕い、試着させ吟味している。あれよあれよと帽子からから靴に至るまで手際よく作業着一式を見繕ってくれた。


「さすが慣れてますね。今までちゃんとした作業着なんて買ったことなかったんで、助かります」


「いいってこと。今度は私のも見ていい?せっかくだから、私も作業着、新しくしようかと思っててさ」


「えぇ、もちろん」


「試着するから、感想聞かせてね」


 榎本さんはいくつか商品を手に持ち試着室へと入っていった。まさか、女性の服選びに付き合うことになるとは予想外だ。感想を聞かれてもなんと答えたらいいかわからない。自分の恋愛経験不足が恨めしい。


「どう、これ?結構いい感じじゃない?」


「へっ?!あ、とてもいいと思います」


 ジーンズにコンプレッションインナーにTシャツを合わせた格好で、ありがちな着こなしでありつつも女性らしさを失わず、可愛らしく見える。


「すごい、最近の作業着って私服みたいなんですね」


「でしょ?だから私はこのお店が結構好きでさ。どう?シルエットとかも綺麗に見えるでしょ」


 榎本さんはくるっと周り、背中側も見せてくれた。確かに、レディースということもあって綺麗なシルエットだ。シャツにもくびれがあるし、ピチッとしたジーンズもボディのラインがはっきりと見えて、榎本さんの綺麗なお尻の形がはっきりと見て取れる。


 何を言ってるんだ、俺は。だが、なんだろう。榎本さんの後ろ姿はなんというか、破壊力がすごい。抵抗を試みるが、俺の目玉は榎本さんのお尻を捉え目を離すことができなかった。


「君、あんまりジロジロ見られるとさすがに恥ずかしいんだが?」


 榎本さんはすっと両手でお尻を隠し、俺に向き直った。


「あっ、ごめんなさい!その、綺麗だなと思って・・・」


「ふ〜ん・・・。何が?」


「いや、榎本さんが、綺麗で・・・」


 必死に取り繕うが、無理がある。自分でもこれはないわと思うほど凝視してしまっていたのだから。


「次からは気をつけるように」


「はい、すいません」


 榎本さんはやや頬を赤らめているが、怒るでもなく恥ずかしがるだけだったのがせめてもの救いだ。その後もしばらく榎本さんは手袋など小物を見繕い、俺たちは両手に商品を抱えて店を出た。


「いや〜、結構買いましたね。でも、これだけしっかり準備ができれば、あとは作業に集中するのみですね」


「どう?楽しみになってきた?」


「もちろんです。実は、農作業自体は興味はあったんですよ。でも、仕事が忙しくて両親の手伝いをすることができずじまいで。両親が亡くなってからは、あの有様でしたので」


「そっか。なら、ここでがんばって畑が再生できれば、ご両親も喜ぶだろうね」


「そうであることを願っています」


「よし、じゃぁ景気づけにお姉さんが美味しいものをご馳走してあげよう。私の家によっていきなよ。ご馳走してあげる」


「それはありがたいですけど、御迷惑じゃありませんか?」


「気にしないの。それに、ファッションショーもしたいし」


「ファッションショー、ですか?」


 よく意味がわからなかったが、榎本さんは気にせず話を進めていき、結局俺は榎本さんの自宅に舞い戻り、昼食をご馳走になることになった。


 昼食は家の前にある例のおしゃれな椅子とテーブルで食べることになり、俺は榎本さんがご飯を用意するまで外を眺めながら出された麦茶を飲みつつ景色を眺めていた。


 実に爽やかな夏の陽気だ。日差しは暑いが、傘がさしてあるから、日陰にいればだいぶ涼しい。今日は若い子たちは休みらしく、畑も静かなもので、耳には風でそよぐ草花の音がよく聞こえてきた。


「お待たせ。簡単なもので悪いけど、私特製サンドウィッチを召し上がれ」


 テーブルに置かれた置かれた皿の上には、肉厚のサンドウィッチが置かれていた。色鮮やかなレタスやトマトに厚いベーコンが挟まれている。これは食欲がそそられる。


「すごい、こんなサンドウィッチ見たことない・・・」


「すごいでしょ。実は将来、うちの畑で採れた野菜を使った料理も出してみたくて、料理の勉強もしてるんだ。ということで、感想よろしく」


「すごいな〜、榎本さんは。夢がある人生で羨ましい」


「何を言っとるんだね、私より年下の君が。隠居したおじいちゃんみたいなこというもんじゃないよ。もっと将来に目を向けてさ。夢とかないの?聞いてみたいな、君の夢」


「はは、は。そうですね・・・」


 厚い日差しに体は灼かれ、氷のように冷たい麦茶が胃を満たす。今にでも空に吸い込まれてしまいたい気持ちになる。今さら夢なんて見れるわけもない。それに、今までだって自分の夢なんて考えたこともなかった。働くばかりで流されたまま生きてきたのだから。


「今までの人生で、自分が一番楽しかったことは何?」


 榎本さんの口調が変わった。溌剌としたお姉さんではなく、まるで母親のように、暖かい声色だった。


「人生で一番楽しかったこと?」


 難しい質問だ。特に、俺のように流されて生きてきた俺にとっては。人生の節目節目では最善の選択をとってきたつもりだ。だからこそ、俺の人生はこんな病気になるまではむしろ世間から羨望の眼差しで見られていた。


 高学歴に高収入、社会的地位もあり、普通に考えれば何一つ不自由のない人生のはずだった。だが、俺には夢というものを持つことはなかった。やりたいと思えることがなかった。


 だが、そんな俺にも、人生が薔薇色に輝いていた時期はあった。今は亡き恋人との日々が、もっとも俺の人生が輝いていた時期だ。もしどんな夢でも叶うのなら、俺はもう一度彼女に出会いたい。そう思う。


「すぐには思い出せませんが、楽しかった過去に戻ってみたいとか、もう一度会いたい人に会うとか、そんな感じになっちゃいますね。でも、これは榎本さんの言う夢じゃありませんよね」


 俺は急にバツが悪くなり、頭をぽりぽりと掻いて居心地の悪さを誤魔化してみたが、榎本さんの顔は俺をじっと見つめたままだ。


「驚いた。君の夢は、私の夢の一つと同じだ」


 ハッとした。榎本さんの力強い目から覇気は消え、まるで虹彩が欠けたかのように暗い瞳が俺をじっと見つめていた。背中を流れる汗を一陣の風が吹き、冷ましていく。

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