お盆過ぎて
世間はお盆で賑わいを見せる中、俺は基本的に自宅でのんびりと過ごしていた。毎日岩女に買い出しに行かされては指示されるままに食材や酒を買わされ、毎日テラスで焚き火と宴会の日々を送っていた。流石に連日となるとかえって疲れや飽きが出てきたところで岩女に苦言を呈すと「少しは嫌な気分は消えたか?」と問うてくる。
連日の宴会は初めから岩女が俺の気を紛らさせようとの魂胆だったということだ。確かに、お陰様でお盆での陰気な気分はだいぶ失せた。それを告げると、岩女は満足そうにまた親指を上げるのだった。
そして、さらに気分がよくなる出来事があった。お盆明けしばらくして、俺は榎本さんに一つお願いをした。それは、畑を貸し出すならある程度自分で手入れしてから渡したいので、手入れの仕方を教えて欲しいというものだ。
榎本さんはこの願いを喜んで聴いてくれて、早速その支度を一緒にしようということになった。作業着すら持っていない俺と買い物に付き合ってくれるとのことだ。
榎本さんとのやりとりはメッセージ上とはいえ、俺の心を癒してくれていたことは間違いがない。というのも、連日の宴会や自宅での引きこもり生活は俺に人恋しさを味あわせていた。岩女とは連日顔を合わし会話もしているが、なんせ岩女だ。随分と気心が知れてきたとは思うが、友人というわけではない。そこはやはりお互いに人は人、神は神という線引きが引かれていたように思う。
どうしても、生身の人間と会って話したいという欲求が芽生えてくるのは人情だと思う。俺にとっては、今年のお盆は死を連想させる
行事となっていたので、なおのこと生きた人間との触れ合いを渇望していたということもあるだろう。
そういえば、宴会初日に岩女に関して何か不思議な幻覚を見た気がするが、記憶が飛ぶほど酔ったらしく、途中から記憶が無い。それは岩女にも咎められたので深酒しないよう口を酸っぱく言われる始末で、今となってはあの連日の宴で何を見たのか、すっかり記憶は消えてしまっていた。
ともかく、俺は余命半年になろうかというこの時期に、新たな経験を積むことになる。実家の畑を復活させ、未来を担う人達に譲るのだ。
そんなわけで、榎本さんと俺は都合がついた日に一緒に買い物へと繰り出した。農作業用の道具は榎本さんの畑で使っている道具を貸してもらえることになったので、俺は草刈りする道具の燃料費や細々とかかる費用を負担することを申し出ると、榎本さんからはそれはそれは深く頭を下げられたものだ。
どうも、放棄された田畑は最近特に多いらしいが、再生させるのにも費用がかかるということで、それなりに経済的リスクを覚悟していたということを榎本さんから聞かされ、農業も大変なのだなと思い知らされた。だが、以前にも聞かされた通り、榎本さんは若者の未来や将来の農業を考えての行動だ。これは応援せざるを得ない。
ということで、まずは農作業のための作業着を手に入れるため、榎本さんの案内で最寄りの作業着専門店に行く運びとなった。
俺は待ち合わせ場所である榎本さんの家へと向かうと、夏らしい爽やかな格好をした女性が平屋の前で待ってくれていた。ロングスカートに半袖シャツという質素だが小洒落た格好だ。長い髪を下ろした榎本さんは作業着とは違った上品で大人な雰囲気を醸し出し、まるで別人のようだ。
「おはようございます。すいません、わざわざ出迎えていただいて」
「いいの、いいの。気にしないで。それじゃあ、買い物の旅へと向かいますか。私のベンツに乗っていきな!」
「えっ?!ベンツに乗ってるんですか?!」
驚きのあまり周囲をキョロキョロと見渡してしまった。だが、それらしい車は見当たらない。あるのはいつも榎本さんが乗り回している白い軽トラックがあるのみだった。
「君ぃ〜。田舎のベンツと言ったらこれでしょうよ〜。最強だぜ、この車は」
ケラケラと笑う榎本さんは軽トラックをバンバンと叩いてみせた。確かに、軽トラックの実用性は言わずもがな。今まで気にすることはなかったが、作業の御供にする車としてこれほど頼りになる車はない。
「さぁ、私のベンツで一流ショップへ行くわよ!」
榎本さんの謎のテンションにがんばって合わせつつ、最寄りの作業着専門店へと連れて行ってもらった。軽トラックの内装といえば無骨で汚れたイメージだが、榎本さんの軽トラックは全く違っていた。
作業用の車ということで年行きの入った汚れや塗装の剥がれは見受けられるが、とても小綺麗であることから榎本さんがこの車を大事に乗りかつ清潔を心がけているということだ。加えていうなら、ところどころに好きなキャラクターや女性らしい車内アクセサリーがちらほらあるのが、また榎本さんの女性らしさを感じさせる。
暑さ寒さもお盆まで。なんて言葉があるが、最近の日本の夏は暑く長い。まだまだ蝉時雨も聞こえる暑い最中に軽トラックに乗っていると、子供の頃父に軽トラックに乗せてもらったことを思い出す。あの時は畑の畦道をガタガタと揺られながら車が走るのがなぜか楽しかった記憶がある。
助手席から見る父の横顔も、まんざらでもない楽しそうな顔は、今となってはかけがえのない俺の思い出だ。まさか、その思い出の横顔に榎本さんの顔が連なるとは思いもしなかったが。
颯爽と軽トラックを運転する年上の綺麗なお姉さんを横目に見ていると、その視線に榎本さんは目ざとく気付き、ニヤニヤしながら俺を揶揄ってくる。やれ「見惚れてるのか?」だの「惚れるなよ?」など、おちょくられながらのドライブをしばし堪能しつつ、店を目指した。
榎本さんの家がある高原からだいぶ街へと降りてきたが、そういえば作業着専門の店なんて今まで入ったことはない。どんなお店かと思ったら、榎本さんはスッと道からとある敷地へと軽トラックを入れ車へ停めた。
一見して地味なコンビニのような佇まいのこのお店が、榎本さんが言う作業着専門店であるらしい。
「はい、着いたよ」
「ありがとうございます。随分、簡素なお店なんですね」
「これでも全国チェーンの作業着販売店だ。意外といいもん揃ってるぜ?」
「それは楽しみですね」
ドアを開け、中に入るとびっしりと店内に陳列された作業着の量に圧倒される。服だけではなく、手袋だけでも壁一面に実に様々な種類の手袋が取り揃えられている。それは靴にしても、靴下にしても、同じだった。
あまりの商品の豊富さに驚いていると、後ろから榎本さんが俺の腕を取り、ズンズンと店の奥へと引っ張っていく。
「まずは作業着から見ようか。どんな服がいい?」
無邪気に笑う榎本さんの笑顔はとても可愛らしく、ほのかに香る香水に、俺は心は落ち着いていられることもなく、慣れない環境も相まって、どう抵抗しても顔が少し赤らんでしまうのだった。




