最期のお盆の過ごし方
世はお盆である。夏の盛りで最も暑くかつ人混みも暑苦しい時期がやってきて、俺はいよいよ家に引きこもり暑さと人混みをやり過ごしていた。元々積極的にどこかへ遊びに行くような外交的な人間でもないから、世間とはこれくらいの距離感でいたほうがちょうどいいのだが、お盆という時期と死ぬ心構えを日々している俺にとっては少々気持ちの整理が落ち着かない気持ちでいた。
人生最期の夏だというのに、最後まで地味でおとなしい夏の過ごし方をしてしまっている。ひょっとしたら黒島さんやルイと遊ぶことができるかもと期待したが、生憎と二人とも多忙らしく、それぞれの生活に追われている様子だった。
黒島さんに至っては、学費を稼ぐために頑張っているようだが、最近のメッセージのやり取りでは文面こそ気丈に振る舞っているが、内実疲れが溜まっている、そんな気がしてならない。
ルイは夏を大いに謳歌している様子だが、それとは別に何か新しい事を初めたらしく、それが理由で忙しいらしい。一体何をしているのやらと気になるが「お楽しみに」の一点張りだ。本人が楽しくやれているのなら、まぁいいのだろう。
榎本さんに至っては、まだ知り合ったばかりで遊びに誘うにも慎重にメッセージのやり取りをして親交を深めている最中だ。実際会って話すとサバサバした世話焼きお姉さんのようだが、メッセージでは驚くほど丁寧な文面ギャップで風邪を引きそうなくらいだ。
話の内容もほとんどが畑に関わる話で、おまけに榎本さんもお盆は忙しいらしく、遊びに誘うのは難しそうだ。なんでも、毎年お盆はきちんと準備して迎えているらしい。
見た目が派手で、申し訳ないがあまり行事慣習に無頓着と思いきや、このキチンとした榎本さんの生活様式に俺は己自身を心底恥じた。というのも、俺も忘れているわけではないが、お盆はなんとなくでいつも終わらせてしまっていたからだ。
日本人のくせに、無宗教を気取っていたが、いざ自分が死を迎える実感を持つと、いやでも宗教的なあれこれに思考を持っていかれてしまう。死に対する不安や恐怖で得体のしれない宗教にでも入信していたかもしれなかったが、俺は縁結びの女神と出会ったことでそうした事態に陥ることは避けられた。
少なくとも、神々の存在が判明している以上、死後の世界と言うものが存在することは確定した。問題は、その世界が如何なるものか?ということだが、これに関してはあの岩女は頑として答えようとしない。何度質問しても「あちらに帰れば分かる」とだけしか言われなかった。どうやらあの世に関する知識を無闇に教えることは弊害の方が多いらしい。それが理由だった。
だが、少なくとも死ねば無になるだけではないことが分かっただけでも、俺は随分救われた気持ちでいた。大した人生ではないが、自分が経験してきた全てはいずれ全て消えて無くなるのは寂しくもあり、いいしれぬ恐怖でもあった。この不安や恐怖から解放されたからこそ、俺は余命少ない者としてまだ発狂せずにいられているだろうから。
部屋で静かに過ごす俺を見かねたのか、岩女はお盆を前にしたある日、俺に指令を出し始めた。今年は最期のお盆ということで、支度だけはしっかりと準備万端だが、それだけでは不十分だという。
俺は岩女にせっつかれ、近所のスーパーへと買い出しに向かったが、今回は岩女も買い出しに同行している。今までもこうしたことは何度もあったが、今回の岩女はどこか買い出しに気合が入っている様子だ。
案の定、近所のスーパーもお盆を前にして賑わいを見せている。日中だというのに子供たちが店内ではしゃぎ、楽しそうにおじいちゃんおばあちゃんと買い物をしていた。これもまた夏の風物詩だろう。見ていて微笑ましい気分だ。
岩女は人混みを避け俺の頭上でフヨフヨと漂いながら、これを買うべしと次々に指差してくるので、俺は言われるがままカゴに商品を入れていく。
一体何を買わされるのかと思いきや、寿司やスイカなどのお盆に親戚が集まったら食べそうな物に加え、花火ときた。しかも大量に。まさかこいつ、花火で遊ぶ気かと怪訝の表情を向けても岩女は素知らぬふりで変わらず買う商品を指し続けている。
最終的に帰りは両手に買い物袋を持ち、大量の食料と花火を買い込むことになった。どういうつもりか問いただすと、岩女は一言「パーティーだ」とだけ言い放った。
自宅に帰り日が暮れ始めると、俺は焚き火と花火の支度をして、岩女は酒と料理の準備をする。我が家のテラス席は宴会場の様相を見せ、にわかに感情が昂るのを感じた。世間からは地味でおとなしく句見られていた俺だが、たまにこうしてはしゃぐのも悪くないだろう。隣で岩女がドヤ顔で親指を立てている。
なるほど、岩女もはしゃぎたいわけか。だが、それだけではなく、俺への気遣いが感じられるところから、俺の最近のメンタルの不調を気遣っての今回の宴席なのだろう。俺と岩女はビールの缶を開け乾杯した。
焚き火とランタンが照らす中、俺たちはとりとめもない事を話しつつ、夏の夜を楽しんだ。腹は満たされ、酒に体は満たされ、時折吹く柔らかな夜風を受け、焚き火が消え掛かった頃、俺たちは大量の花火の袋を開け、宴の第二ラウンドへと突入した。
アルコールのせいで、そもそもなぜ岩女とこんな宴会をしつつ花火に興じているのかすら考えられなくなっていたが、俺は子供の時以来していなかった花火を手に取り、しみじみと自分自身がそれだけ生きてきたことを実感した。
時に、童心に帰るのも悪くない。だが、俺たちは二人して花火ではしゃぐということをしなかった。淡々と焚き火の残火で花火に火をつけ、酒を煽りながら一本、また一本と花火に火をつけ、眺め続けていた。客観的にみると、何が楽しくて花火をしているのかというほどの地獄絵図にも見えるが、これでそこそこ楽しんでいるのが俺たちだ。
実に語るべきところが見当たらない日常のワンシーンだ。つまらないわけではないが、この酒の量では記憶が明日に持ち越せるのかとても不安になってきた。
淡々と花火をしていき、最期線香花火をする段になった時、不思議なことが起きた。花火をしている間もとりとめのない話は続いていたが、その時だけは岩女は静かになり、線香花火を見つめ続けていた。
何を考えているのか分からなかったが、呆っとしつつも集中しているような岩女の姿がいつもと変わっているように見えたのだ。
服装はいつもと同じ巫女装束のような服だったが、明らかに背格好と体格が違う。普段の筋骨隆々としてゴツゴツした体付きではなく、普通の女性の姿をしていた。口にはできないが、そこらへんにいる女性といった感想だ。だが、その女が岩女であることで、妙な安心感があるのも否めなかった。
何度も目を擦るが、酩酊した頭と目では岩女を正視することがもはやできず、幻覚でも見ているのかと思ったが、垂れた髪の間から覗かせる岩女の顔はとても可愛らしく、愛しむように線香花火を愛でていた。まるで幸せを噛み締めるように。
「なぁ、女神よ。お前って、生前どんな姿していたんだ?前世、女っていつか聞いた気がするけど」
「なによ、藪から棒に。確かに私の前世は女だったわよ。取り立てて美人でもブスでもない、そこらへんにいる普通の女だったわよ。ひょっとして、実は私の正体は超絶美人とか思ったりしてるわけ?」
「いや、随分酔ったからなのか、お前の姿が普通の女の姿に見える。どっかで見たことあるような気もするが、多分幻覚だろう。瞼も重い。このまま寝ちまいそうだ」
岩女ははじめは揶揄うように言うが、俺の言葉にハッとして着物の袖で顔を隠してしまった。
「まさか、あんた私の顔を見たの?!」
「よく見えなかった。でも、お前ブスじゃないな」
「うっさいわ!」
岩女から罵倒とも照れ隠しとも言える言葉を浴びせかけられたが、あまりの酩酊に意識が飛んでいき何を喋っているのかすらも分からなくなってきた。こんな深酒は生まれてこのかた初めてだったが、悪いことも忘れられるのも酒の効用か。ゆっくりと、瞼が落ちていく。




