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余命一年恋物語  作者: 榊 珠江
三のご縁 畑の美魔女

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種を植える女

 俺が車を溝に落とした場所からそう遠くない場所に、榎本さんの家はあった。開けた土地の中にポツンと平屋の一軒家が見える。それなりに年季が入っていそうな古民家の見た目をしている。そして、その周りにガレージが建ち、中には農作業用の車両や道具が置かれていた。


 だが、あたり一面は畑だ。遠くには山も見えてとても清々しい。まさか地元にこんな場所があったとは知らなかった。


 俺は先に車を停めた榎本さんに誘導され、車を停めた。


「すいませんね、うちに来てもらって。今すぐお茶出しますから、あそこの椅子に座ってください」


 榎本さんが言った椅子は、平屋の前に置かれていた。木製の椅子とテーブル。それにご丁寧に傘までついている。ここだけカフェの一席のような雰囲気だ。平屋のデザインも相まって、オシャレに見える。


 椅子に腰掛け周囲の景色を見渡すと、まるで高原に来たような風景が広がっている。一面に広がる畑に青い空がよく映える。その青い空にモクモクと積乱雲が空へと伸び上がっていて、まさしく夏の空を演出していた。


「いい景色でしょ。ここ、私の特等席」


 榎本さんは氷の入った麦茶をテーブルにそっと置き、隣の席へと座った。


「すいませんね、いきなり畑を貸してくれだなんて、びっくりしますよね」


「いえ、まぁ、驚きはしましたが、でもこちらとしてもありがたいお話です。ちょうど、あの畑をどうしようか悩んでいたもので」


「それは良かった。まさかこんな出会い方があるとは思いもしませんでした。見ての通り、私はここで農業やってるんです。色々野菜作ってるんですが、色々考えて畑を広げようと思ったんです」


「なるほど、事業の拡大って事でしょうか?」


「まぁ、事業と言えば、事業ですかね。ここははっきり言っておきましょうか。実は私、ただ農家やってるだけじゃないんです。身寄りの無い子供とか、自分の居場所がない子供たちと一緒に畑をやってまして、それで、ぼちぼち畑を広げてみんなで農業をやろうってなことをやってます」


「素晴らしい活動じゃないですか。農業だけではなく社会福祉も行っているなんて」


「ありがとうございます。褒められると、照れますね」


 そういうと、榎本さんは舌をちょろっと出しながらはにかんでみせた。サバサバしつつも、茶目っ気もあり、素敵な女性に感じる。


「あっ、ちょうどあそこで今作業してる若い子達、見えます?」


 榎本さんが指差した先には、つなぎを着た数人の若者が見えた。目を引いたのは、その髪の色だった。金にピンクに紫に、色とりどりの髪色をした若者たちが麦わら帽子を被りながら作業に没頭していた。


「最近の子達は農作業でもファッションにこだわってるんですね。これは新鮮だ」


「前向きな感想が聞けて、嬉しいです。でも、あの子達、実は元不良だったり不登校とか、そんな感じの子供たちですよ」


「えっ?!そうなんですか?」


「かく言う私も、元不良です。ほら」


 榎本さんはツナギのジッパーを下ろし、胸元を露わにした。胸の谷間がくっきり見えてしまい目を逸らそうとしたが、その胸元にあった刺青に目が引かれ、結局凝視してしまった。


「見えます?この刺青。私も昔、相当やんちゃだったんですけど、農業と出会って少しはまともになれたんです。農業って人の手が必要じゃないですか。色んな人の手を借りて、どうにかこうにかやってきました。ほんと、お世話になりっぱなしで、だから、今度は私が誰かのためにできることは何かないかなって思って、それで今の活動を始めることにしたんです」


 彼女の力強い視線だけではなく、その胸に秘めた情熱に、俺の心もどこか熱を帯びていく感覚がある。おそらく、彼女の話に俺は感動しているのだろう。


「個人で農業やるだけなら今のままで十分なんですけど、私はここで一緒に働いてくれた子にはお給料を出してあげたいんです。でも、そうなると今ある畑の収入だけでは支払いきれなくて、ここは一つ、未来の為に投資と思ったわけです。ですから、あなたに是非とも畑を貸していただきたいのです。いかがでしょうか!」


 夢と希望に満ち溢れる彼女の瞳が、作業に没頭する若い子達が、俺にはとても眩しく見えた。そして思った。俺が残せるものなんてたかがしれている。この世を去るにあたり、この世の物は何も持ってはいけないのだから、やはり俺の財産と呼べるべきものは、必要とする人たちに渡す必要がある。そう再認識するに至った。


「私もあまり若くないんで、次の世代に残せるものは残したいんですよね〜」


「そんなお年寄りのような話しをする年齢には見えませんよ。というか、俺よりだいぶ年下なんじゃありませんか?」


「そんなことありませんよ。これでもう四十前半ですから」


「えっ?俺より年上?」


「えっ?!嘘!!」


 榎本さんは素っ頓狂な声をあげ、口を手で覆い驚いている。が、驚いているのはこちらも同じだ。堂々たる態度でいる榎本さんからは若者にはない風格を感じていたが、おそらく同じ年か、少し下くらいかと思っていた。見た目だけなら二十代でも通りそうなのに、まさか年上だったとは。


「君、私より年下だったんだ」


「そのようで」


「その、君は私のこと、年上だと思った?」


「いえ、全く。見た目、二十代ですし」


「えっ?!本当?!嬉しい!」


 今度はまた違った色のキラキラした目を見せている。やはり女性は若く見られると相当に嬉しいらしい。ついでに、年下と分かると否や、話し方が世話焼きお姉さんのように変わったところがまた可愛らしくもある。


「いや〜、まさかそんなに若く見られるとは、お姉さん嬉しいな〜」


「はは、それはなによりで」


「だってさぁ〜嬉しいじゃん。たまたま助けた人がこんなにかわいい人で、おまけに畑も持ってるなんて、今日の私はラッキーよ」


 縁結びの女神の面目躍如ではないだろうか。わかってはいることだが、神紋が現れたのだからご縁は結ばれている。だが、今回は二つのご縁が結ばれた。


 イチャイチャ相手のご縁。そして、土地を渡すご縁。


 俺は榎本さんに前向きに検討することを伝えると、彼女は自分の活動を紹介している冊子やチラシを持たせてくれたので、こちらは後でじっくり見させてもらうことにした。


 帰る時もバックミラーに映る榎本さんの姿が目に焼きつく。見えなくなるまで大きく手を振って見送ってくれるのだ。

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