第三の御縁 榎本辰姫
「私がハンドル操作するんで、あなたは車の前を少し押してもらっていいですか?」
脱輪した車を前に、もはやお手上げだった俺は女性の明瞭な指示のもと、車脱出作戦の手伝いを必死で行う。女性が俺の車に乗り込むと慣れた手つきでハンドルを切り「車を押してください」と声がかかった。
言われた通り俺は車を押すと先ほどまで、どうしても動かなかった車が動き出し、スルスルと溝から脱出していった。
「すげ〜・・・」
「そんなことないですよ。こういうのは慣れですから」
随分と気風のいい女性だ。農業に携わる女性とはこんなにも逞しいものなのかと思い知らされた気分だが、それは見た目からも想像ができる。一際目立つのは髪の色だ。明るい茶髪で昔は結構やんちゃしてそうな雰囲気を醸し出していた。年齢も俺と同じか少し上くらいだろうか。だが、間違いなく美人だし、年齢が分からない。ひょっとしたら俺よりかなり若いのかもしれない。
「それにしても、よくこんなところまで入ってきましたね。このあたり畑しかないですよ」
「いや〜ちょっとこちらに来ないといけない事情がありまして」
まさか俺がイチャイチャするお相手のがもうじきここを通るなど口が裂けても言えない。ここは適当に言い訳して誤魔化す。
「実は、ここの土地、うちのなんですよ。色々あって放置しちゃってますが、たまには様子を見にきたんですが、先ほどの有様でして。お恥ずかしいところですが、助けていただいてありがとうございます」
真実にちょいと嘘を混ぜるのが上手な嘘のつき方という言葉を思い出した。ここにきた理由はご縁の相手に出会うためだが、畑の事を気にしていないわけではなかった。実際、俺は岩女に急かされて家を出るまではこの畑のことを考えていたことは間違いない。
「へ〜。この畑、あなたの土地なんですね。どうして、畑を荒らしたままにしてるんですか?」
言葉遣いは丁寧だし、語気も穏やかだが、目つきに力があり、鋭くも圧がある。端正な顔立ちがよりその圧を高め、なんだが詰め寄られているような錯覚さえ感じてしまう。
「両親が畑をやっていたんですが、俺は畑の仕事がわからなくて、どうしたらいいか分からなくて」
「なるほど、畑をやるつもりはないんですね」
「えぇ。そう、ですね・・・」
じっと、俺の目を見続ける眼光に俺はひどく罪悪感を刺激された。女性が俺を責めているわけではない。俺が畑を放置していることに引け目があり、勝手に罪の意識を感じているにすぎない。
その時、腕組みをしながらじっと俺を見ていた女性がガッと俺の手を握り興奮した様子で話し出した。
「私にこの畑を貸してくれませんか?!」
突然の申し出に、耳を疑った。うちの畑を?もはや耕作放棄地と化したこの畑を貸してほしい?どういうことだ?
「実は、私この近くで数年前から畑をやってる者です。ようやく畑の仕事も分かってきて規模を拡大させようとしているので、土地を探していたんです。この道、私も畑に行く時に使う道なのでここの畑がずっと気になってたんですよ。持ち主に連絡したくても誰が所有者かわからなくて、会えてよかったです!」
興奮しながら早口で捲し立てる勢いに完全に押されながらも、女性の言いたいことはなんとなく理解した。土地の処分に悩んでいたところにまさかこんな話も舞い込むとは、なんともタイムリーな話だ。そこで、俺もあることに気がついた。女性の額から紅い光が漏れ出ている。帽子で見にくいが、確かに紅く煌めいている。この光はまさか・・・。
「私、榎本辰姫えのもとたつきって言います。畑の件、是非考えてもらえないでしょうか!」
俺は帽子を脱ぎ、深々と頭を下げた。
「ひとまず、頭をあげてください。俺も突然の話でまだよく分かってないので、ひとまずゆっくりお話しませんか?車の件でお礼もしたいですし」
女性は顔を上げ「ありがとうございます」と実に気持ちのいい声で答えた。そして俺もまた、ここに新たなご縁が結ばれたことを把握した。
女性の額に紅く光る岩の神紋がくっきりと浮かび上がっている。この女性が、次の俺のイチャイチャ候補か。まさかこんな形で出会うとは、神様も随分変わった演出をしなさるものだ。
ひとまず俺は女性、もとい榎本さんの家に招かれることになった。善は急げとばかりに畑の話をしたいと半ば強引に引きづり込まれた感も否めないが。
榎本さんの軽トラックの後ろについて車を走らせていく中、助手席ではしたり顔の岩女が喜びを噛み締めている。よほどご縁が結ばれたのが嬉しいらしい。
「女神よ、随分嬉しそうだな。今回は相当気合入ってたみたいだけど、満足いく縁結びができたって感じか?」
「えぇ、大神様と共に厳選したあなたのお相手よ。今回こそ間違いなくあなたとイチャイチャできる相手よ」
「さすがだな。俺も今回は色々と期待が高まるよ。まさに渡りに船だ」
「渡りに船?」
「あの畑だよ。両親から引き継いだ土地だ。できるだけ自分が納得できる相手に、あの畑を譲りたい」
「なるほど、つまり今回はあなたの本願であるイチャイチャ相手が、別件のあなたの願いすら叶えてくれるということね。それは確かに渡りに船に違いない。なるほど、これで合点がいったわ。大神様のお力なら縁を結ぶ相手なんてすぐに見つけられたはず。ところが、今回はいつもより慎重に相手をお選びになった。ここまでの考えてのお相手選びだったというわけね」
「お〜。それはすごい話だ。すごいし、なんだか怖くなってきたぞ。なんでそこまで神様達は俺にここまでしてくれるんだ?まさか後になって見返りを求めたりはしないだろうな?」
岩女はキョトンとして俺を見る。想定外の質問だったのか、腕を組み、しばらく考え込んでしまった。
「おそらく、見返りはもうもらっているはずよ。そうでなければ、ここまで神が動くことはないはずだから」
「いや、それを聞いて納得できるほど俺は善行もしてないし徳も積んでないぞ」
「そうかしらね。私はそうは思わないわ。だって、あなた普段から人にやさしいじゃない。それにそのへんで目についたゴミを拾ったり、機会があれば募金してみたり色々やってるじゃない」
「人に優しくするのは人間として当たり前のことじゃないか?」
「あなたはそう言っても、それができない人間がこの世には多すぎるのよ」
「それに、ゴミ拾いだっていつでもやってるわけじゃないし、募金だって財布で嵩張ってる小銭を入れる程度だ。そんなの誰だってやってるだろ」
「そういうのでいいのよ」
「それにしたって、ここまで都合がいいのはなんか裏がありそうじゃないか?」
「あっ、それは否定しない。というか、私も大神様は何か企んでそうなこと気ずいてるから」
「マジかよ」
「瞬き三千年、って言葉聞いたことあるかしら?神様にとってはこの世の三千年という時間ですらほんの一回瞬きをしたぐらいにしか感じないそうよ。神様歴の浅い私にはまだ分からない感覚だけれども、大神様なら、人間では及びもしない未来まで見通した上で何かを成そうとしている。そんな気がするのよ。
でも、これだけは言わせて。私も、大神様もあなたの本願成就を望んでいるわ。それは間違いないから安心しなさい」
なんとも壮大な話に頭はついていけていないが、神様の手のひらで踊らされているような気がして釈然としないところもある。だが、こちらから神頼みしておいてこんなことを言うのも失礼だろう。
ともかく、今回もご縁が結ばれたのは間違いない。あとはこのご縁をどう育むか。俺にとっても三度目の正直。次こそはちゃんとイチャイチャしたい。




