夏の憂鬱と新たな出会い
夏といえば、まず思い浮かぶのは夏休み。家族連れがここぞとばかりに遊びに出かけ、外出先は平日でもどこも混雑。お盆ともなれば人の移動も頂点を迎え、そんな世の中ではおちおち休んでもいられない。あまりの人の多さに身も心も休む暇がない。
元々、友達もいなければ恋人もいない。両親も先立てばいよいよ孤独な俺はこの時期は暑さが収まり夏休みが終わるのを待ちつつ、涼しい自宅に引き篭もるのが常だった。今年は特にそうだ。とにかく眩しいのだ。
人はいずれ死ぬ。だが、その時がいつ来るかは誰にもわからない。俺のようにはっきりと死期がわかっているのでなければ、大抵の人間は己の死は遠い遠い将来だろうとぼんやりと思っている。同じ夏は二度とないと思うことはあっても、来年もまた夏がやってくると、無邪気に思うことができる。
だが、俺にとっては最後の夏だ。どれだけ陰鬱に過ごそうと、思い出深くなろうとも、これが最後の夏。来年も、再来年もまた夏が来るだろうと思える世間の人々が、眩しく羨ましい。
だが、特に俺の心を蝕むのは、お盆の存在だ。毎年俺はお盆はしっかりと両親を迎えている。墓参りも欠かさず行っている。だが、今年に関しては、来年は俺が迎えられる立場に変わるという事、そして迎えてくれる人がいない事、これらの事実が俺の胸を冷たくキツく締め上げる。
幸い、俺のスマホには黒島さんやルイからのメッセージが届いているので、孤独感に苛まれることはなかった。
黒島さんは相変わらず絵の練習をしつつ、絵の学校に通うための学費を貯めているらしい。ルイとは家の譲渡の話をしつつ、最近では他にもある財産の処分についての相談に乗ってもらっていたりもする。ルイのご両親が弁護士ということなので、とても頼りがいがあってありがたい。
岩女に関しては、いたって平常運行といった様子だ。岩女はルイの件で思ところがあったらしく、縁結びの大神様と相談を重ねているらしい。この間、妙に神妙な面持ちでいたので腹でも下したのかと聞いたところ、頭をスパンと叩かれ、次こそはあなたの本願成就させてみせると鼻息荒く息巻いていた。俺のために新たなご縁を結ぼうと、方々動いてくれているらしい。
ならば、俺は時を待つのみだ。余命一年のところ、もう半年が過ぎようとしている。焦っても仕方ないが、焦燥感に駆られてしまうのも事実。この鬱陶しいほどの暑い季節をやり過ごしながら、残りの人生をいかに充実させるか、建設的なことを考えねば。
そんな折、ふと思い立ち俺の財産の処分について再考してみることにした。俺が持っている財産は、銀行に預けているお金に加えてこの家と土地、そして車がある。
お金については、俺は今のところ黒島さんに相続をお願いしたいと思っている。黒島さんとのメッセージの内容は一見して元気そうだが、文面からしても無理をしているのではないかと思われる節がある。本人は独力でお金の問題をクリアしたいようだが、夢を追いかけるには今の世相はあまりに厳しい。
お金を稼ぐだけでも相当苦労するのに、その上夢を追いかけるのなんて、普通に考えて無理がある。どうにかして俺の金を黒島さんに有意義に使ってもらいたいが、彼女はまだ俺が余命いくばくもないことすら知らない。デートの時ですら俺にお金を出させるのを止める人物だ。そもそも遺産を受け取ることを了承するかもわからない。
車に関しては、俺の病気は死ぬ直前までは体はピンピンしているらしいから、ギリギリまで持っていて、亡くなる寸前に処分するか、それか車もルイに託してしまおうか。
土地と建物に関しては、これはルイとすでに話は決まっているから問題はない。問題なのはそれ以外の土地だ。
兼業農家でもあった両親は、そこそこの広さの畑を持っていた。だが、両親が亡くなったあと農業に全く無知な俺はその畑を持て余し、放置したままだった。
相続する人間がいなければ、俺の土地は国に物になる。それはそれでいいのかもしれないが、俺としては両親が守ってきた土地の行末ぐらいは決めてからこの世を去りたい。できるなら、信頼できる相手に、両親が大事にしていた土地を大切にしてくれる人に。
「私がきたーーー!!」
突然、天井から絶叫と共に岩女が降ってきた。随分と血相を変えているが、何事か。
「ようやく見つけたわ!次のイチャイチャ相手候補が!これが三度目の正直よ!」
「おお!またご縁を見つけてきてくれたのか。ありがたいが随分と唐突だな!」
「出会いはタイミングが肝心!今すぐ行くわよ!早く車に乗りなさい!」
「わかったから急かすな!」
岩女の勢いに押され、俺は車に乗り込み岩女に言われるがまま車を走らせた。目的地は判然としないらしいが、進む道からして近隣の山に向かっているのは間違いなさそうだ。
「女神よ、随分と息巻いてるが今回のご縁は自信あるのか?」
「えぇ、もちろん!今回は私の上司に当たる縁結びの大神様と綿密な打ち合わせの末決めた相手よ。次こそはあなたに素敵なご縁を結んであげるわ。なにより、今回のお相手は間違いなく女よ。期待しなさい」
今回は随分とテンションが高い。最近の岩女は随分と大人しく過ごしていたように思える。言葉の端々に、二度も縁結びを失敗していることをだいぶ気にしているらしかったし、そのせいもあるのだろう。気合いの入り方が違う。加えて、今回は縁結びの大神様の肝入りということならば俺も安心していられるし、なんなら期待も高まるというものだ。
車はズンズン山へと入っていく。辺りはすっかり畑ばかりに風景に変わってしまっている。岩女に導かれた場所は、そんな日本の原風景とも呼べる景色の一角であった。というか、両親が残し俺が放置している草だらけの畑だった。
「女神よ、俺はこの場所に覚えがある。うちの畑だ。なんでまたこんなところに連れ出したんだ」
「言ったでしょ。出会いにはタイミングが重要なの。ここにいればもうじきお相手が来るのよ」
「そうは言っても、この道狭いし、待つなら車寄せて駐車しないとだな」
今俺が走ってきた道は路面こそコンクリートで舗装はされているが、せいぜい片側一車線よりやや広い程度の道幅だ。ここに車を停めるなら、どうしても脇にはみ出さなければ車がすれ違えない。
できるだけ畑の脇に車を寄せていく。おおよそ見当をつけてハンドルを切った瞬間、車の前輪がガコンと落ち走れなくなってしまった。
「今何が起きたの?」
「やっちまった・・・。多分、畑の周りの溝か何かにタイヤが落ち他みたいだ」
「ちょっとどうするのよ!もうじきこのあたりにご縁の相手が来るはずなのよ。なんとかしないと!」
「わかってるけど、どうしようもないぞこれ!」
自力で脱出を試みるが、思った以上にタイヤが深く落ちてしまったらしい。脱出にはレッカーを呼ぶしかないかもしれないこの状況に、俺と岩女は慌てふためくことしかできずにいた。
そこに、一台の軽トラックが通りかかり、運転手が窓を開け、心配そうな声で話しかけてきた。
「あの〜大丈夫ですか?脱輪した感じですか〜?」
飄々とした声で話しかけてきたのはツナギに帽子を被った女性だった。この近くの畑の主だろうか。その女性は俺の車の状況を見るや何が起きたか察したようで、車から降りると俺の車の状況を観察し、こういった。
「この程度なら、すぐに車戻せますよ。手伝いましょうか?」
渡りに船とはこのこと。俺はこの女性に助けを求め、一緒に車を引き上げることになった。




