第十四話 キャンプも終わり
ひとしきり泣いてルイが落ち着いたところで、俺はようやく濡れた服を着替えることができた。もちろん、ルイも清く正しく着替えてもらい、俺たちは何事もなかったかのように寝袋に収まりぼんやりとテント内に吊るしたランタンを眺めていた。ぽつりぽつりと話しかけてくるルイの言葉に耳を傾けながら。
「こんなはずじゃなかったんですけどね〜。今日は普通にキャンプして、もう少し仲良くなってから色々打ち明けようと思っていたのに。なかなか人生うまくいきませんね」
「確かに、人生事がうまく運ぶなんてなかなかないよな。人生が動いたり変化するのはいつだって突然だ」
「お兄さんもですか。でも、そうですよね。あんな真新しい素敵な家を手放す程度には、何かあったでしょうし」
「まっ、そういうことだ。ルイは俺に大事なことを教えてくれたから、俺も教えるけど、実は俺もとある病気で難儀している事があってさ。受け入れるのに、苦労しているよ」
「・・・そうでしたか。どうりで僕の病気にも理解を示してくれたわけですね。僕はお兄さんに否定されずに済んで、とても嬉しく思います。でも、本当に嫌いになりませんか?僕のこと」
「嫌いになる理由がないよ。姫乃咲姉弟が実は同一人物というのは驚いたけどね」
「お兄さんのその謎の包容力はどこから出てくるんですか?」
「俺も知らない。けど、もし俺がルイの立場だったら、少なくとも受け入れてほしい、話だけでも聞いてほしいって思うよ。きっと、たくさん悩んで考えて、わからないなりに答えを見つけようとしているのなら尚更さ」
「まだ、答えは出そうにありません。いつになったらはっきりするのやら」
「焦らなくてもいいんじゃないか?ゆっくり考えて、自分が納得答えを見つければいいと思う。それまでは、焦らずのんびりと構えていればいいさ。何にせよ、ルイは俺にとっては天使みたいな存在だ」
「大袈裟ですねぇ、天使だなんて」
「本当だよ。見た目も中身もね。殺伐かつ混沌とした日常に現れて、俺に非日常を味合わせてくれた。俺にしてみれば天使みたいなものさ」
ルイは顔を寝袋に顔を埋めしばらく沈黙した。
「・・・お兄さん、手を握って寝てもいいですか?」
「あぁ、構わないよ」
俺が手を伸ばすと、おずおずとルイは俺の手を取り「あったかいなぁ」と声にもならない声でつぶやいた。わずかに覗かせたその整った顔には、わずかに涙を溜めた瞳が見えた。
その日の夜は妙にぐっすりと眠れた。やはり、誰かの温もりを感じて眠るのは快眠につながるのだろうか。鳥の囀りや朝日の明るさで寝惚けることもなくスッキリと起きれてしまった。そして漂う美味しそうな匂い。
隣で寝ていたはずのルイは見当たらず、寝袋はもぬけの殻だった。テントの外へ出ると、夏の朝らしい涼しい風が吹き、うまい空気に満ちていた。なるほど、これがキャンプの朝か。清々しい。
「おはようございます、お兄さん。ちょうど朝ごはんできてますよ」
「おはよう、ルイ。悪いね、朝ご飯作ってもらっちゃって」
ルイが手にしていたのはキャンプ用の小さなフライパンだった。中には目玉焼きが焼かれていた。テーブルにはパンとコーヒー、それにソーセージと並べられていた。
二人椅子を並べて朝日を眺めながら、朝ごはんを食べ、コーヒーを飲む。なんと贅沢なことか。とても穏やかな時間が流れる中で、昨日のルイのカミングアウトが頭によぎる。
隣で美味しそうに朝ごはんを食べるルイに、気恥ずかしさや後ろめたさのような物は感じない。どころか、割とスッキリしている様子でもある。昨日の一件は下手をすればトラウマにもなりかねない出来事だったと思うだけに、ルイの表情を見てどこかホッとした心地でもある。
朝ごはんの後に食休みを挟み、撤収作業へと取り掛かる。キャンプは家に帰るまでがキャンプ。後片付けをきっちりやって、俺たちは帰路へとついた。
日はだいぶ上り、気温もそれに伴い上昇すれば朝の清々しさはどこへやら、夏の暑さに苛まれる。帰りの道中も車の窓を開け、暑さを凌ぎながら自宅へ戻るが、道中の会話は思ったほど弾まなかった。ルイが運転に集中していたのもあるが、何か思い巡らせている様子でもあった。
会話もそこそこに、ルイは俺を自宅へと送り届けてくれて、一緒に荷物を下ろしていく。
「今回は本当にありがとうございました。キャンプも楽しめたし、色々話もできて、本当に嬉しかったです」
「それはこちらもだ。楽しい時間をありがとう」
「それで、お兄さんに、ちょっとお願いがありまして」
ルイは改まって、何かを言いたそうだった。俺はその空気を察知し、ルイと向き合い、次の言葉を待った。
「昨日の夜からずっと考えたんですが、今後の僕とお兄さんが会うことに関してお願いがありまして。その・・・もしお兄さんが良ければ、またお茶したり、食事したりできる関係を続けたいなと思っています。
まだ、僕はお兄さんのことを女性として好きなのか、男として友達でいたいのか、はっきりと分かりません。でも、お兄さんの存在は、僕にとって間違いなく大切な人であることは、今回のキャンプではっきり分かりました。
そんなお兄さんと、僕は一緒にいられることを望んでいます。こんな中途半端な僕が、一体いつになったら自分の気持ちがはっきりするのか分かりませんが、それでも、これからも一緒にお兄さんと過ごす時間がほしいです。わがままだと思いますが、お兄さんはこれからも僕と会ってくれますか?」
声を震わせながら、時に小声になりながら、ルイは俺にそう話してくれた。やっぱりこの子はいい子だ。話しずらいこともしっかり俺に伝えてくれて、自分の思いもしっかり伝えてくれた。ならば、ここは俺もしっかり返事をせねば。
「ありがとう、ルイ。何にしても俺はルイの気持ちを尊重したい。気持ちが決まったなら、その時はまた俺に気持ちを教えてくれ。それまでは、今までと変わらずで構わない。どちらの姿でも、ルイはルイだ。また、一緒に遊ぼう」
「・・・はい、ありがとうございます」
ルイは瞳を潤ませ、静かに涙を流した。ルイが抱えている心と体の問題は、そう簡単に答えが出るのかはわからない。そして、その答えが出る時に、俺はまだこの世にいるかも分からない。けれど、少しでもルイの気持ちに寄り添えるのであれば、残りの命も有意義に使えるという物ではないだろうか。
そもそも、俺はルイに対し男だの女だのという感覚はいつの頃からかなくなっていた。あるのは性を超越した存在、いうならば天使だ。そんな身も心も天使なルイと今後も付き合いが持てるのは、むしろ光栄とも思える。良き人との出会いは何にも変え難い財産だ。
ルイを見送り家に入ろうと玄関を開けると、そこには堂々たる土下座をした岩女が頭を床につけ待ち構えていた。
「今回は本当にごめんなさい!まさかあの子が男だったなんて!」
「あ〜・・・。そうね、確かに、びっくりしたけど。とりあえず、そんなことまでして謝るのやめようよ。今回はイレギュラーすぎる事態とは思うけどさ、別に岩女を責める気なんてないよ」
「だけど、私はあなたの願いを聞いておきながら、とんだ間違いを・・・!」
「神様にだってミスはあるだろ?まあぁ、ちょっと思ってたイチャイチャはできなかったけど、なんやかんや楽しい思い出ができたしさ。それより、慣れないことしたからちょっと、体が疲れたかもしれない。少し、ベッドで休んでいいか?」
「いや、待って!まだ私の謝罪は終わってはいな・・・。って、あなたどうしたの、顔がいつもより赤いわよ?」
へ?そうなのか?どことなく重たい体を引きづり、洗面台へと向かう。確かに、いつもより顔が赤い。おまけに、なんとなく寒気も感じる気がするし、妙にゾワゾワする。
「あなた、まさか・・・。顔貸しなさい」
岩女は力づくで俺の首を引き寄せたかと思えば、俺の額を自分の額に押し当てた。
「近い近い近い近い近い」
「黙らっしゃい。・・・こりゃ風邪かしらね。あなた、はしゃぎすぎたわね」
思い起こされるのは、昨日の晩の大雨だ。風呂上がりに冷たい雨に打たれたのが災いしたらしく、俺はこの暑い盛りに風邪をひいてしまったらしい。




