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余命一年恋物語  作者: 榊 珠江
二の御縁 深窓の令嬢

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第十三話 姫乃咲の秘密

 ゲリラ豪雨というやつだ。天気予報では今日は雨が降らないはずだったが、山の天気は変わりやすいもの。姫乃咲さんを雨から庇いつつ、急いでテントへと逃げ込んだが、風呂で温めた体はすっかり雨で冷やされただけではなく、下着までびしょ濡れ。このままでは風邪をひいてしまう。


「姫乃咲さん、タオルとか着替えはありますか?」


「えぇ、一応予備はあります」


「よかった。そしたら、俺は外のタープの下で着替えてきますよ。姫乃咲さんはここで・・・」


 テントから外へ出ようと立ちあがろうとしたところ、服を力強く掴まれ、動きを制された。


「とても、恥ずかしいですけど、丁度いいや」


 俯きながら話す姫乃咲さんだったが、何か意を決したように顔を上げると、笑顔で言い放った。


「ここで一緒に着替えましょう」


「嫌、ダメでしょ」


「ダメじゃありません。ここまで気づかなかったお兄さんが悪いのです。罰として種明かしに付き合ってください」


 決して言い方はきつくはない。どころか、怯えたような声色で話しながら姫乃咲さんはおもむろに服を脱ぎ捨てていく。


「わっ、っちょ、待って待って待って」


 慌てて手で顔を覆うが、すけべ心に負けて


「待たない。それよりお兄さん。ちゃんと私を見て」


 決意のこもった声に、俺はたじろぐばかりで姫乃咲さんの言われるがままに動いてしまう。すでに姫乃咲さんはシャツもパンツも脱ぎ捨て、下着姿になっている。


 彫刻のように美しい体のライン、細くしまったくびれ。女性の理想と憧れを体現したような肉体美だ。彼女はそのまま下着に手をかけ、胸を露わにした。


 想像を絶する美しさ。だが、こんなに胸は大きかっただろうか。初めて会った時はもっと絶壁だった気がしたが。


 彼女の手は止まらない。続いて今度は下まで脱ぎ始めた。そこで目にしたものに言葉を失う。


 象だ。俺と同じく、姫乃咲さんはその股座に象を飼っていた。想像を絶する状況に、俺の思考は完全に停止し、頭の中はまるで宇宙の深淵に飲み込まれるが如く混乱を極めた。


「びっくりしましたか?これが僕の本当の姿ですよ」


「えっ?えっ?!えええ?!男?男なの?!いや、でもそれならなんでそんな胸があるの?それに体つきも明らかに男じゃない・・・。どっちなんだ?」


 思考が整わず、混乱していると、姫乃咲さんはすっかり腰を抜かした俺の腰に跨り、そっと俺の手を自身の乳房に誘った。


「手術で作った胸だと思いますか?これ、本物ですよ」


 姫乃咲さんは俺の手の上から胸を揉みしだき、俺にも分かるように胸の感触を無理やり味合わせてきている。滾った血が身体中の血管を駆け巡る感触が分かるほどに俺の体は興奮をしている。だが、これは性的な興奮というよりかは、恐怖に近い。まるで姫乃咲さんの体が理解できない。彼女のことが何もわからなくなってきてしまっている。


 姫乃咲さんは、俺の耳元に顔を寄せ、そっと呟く。


「双子なんて、真っ赤な嘘。僕には姉なんていません。お兄さんがずっと姫乃咲と呼んでいた女性は僕の女装姿だったんですよ。でも、怒らないでくださいね。僕は女装する時は心も女になるんです。だから、あなたへの気持ちも、女としてのものです」


「そ、そうだったのか・・・!」


「嘘つくつもりはありませんでした。偶然トレーラーハウスの譲渡の相談で、あなたに出くわさなかったら、ずっと女としてお兄さんと会うつもりでした。女として。でも、神様にイタズラされたんでしょうね。まさかこんなことになるなんて」


 姫乃咲さんはその嫋やかな手で俺の顔を包み込み、囁く。


「確かに、僕の体は男だ。でも、今僕は女としてここにいます。そして、女としてあなたに抱かれたい」


「えっ、ダメ!ここ、テント!周りの人にすぐバレる!」


「なんで急に片言になるんですか。かわいい。どうせこの土砂降りじゃちょっとやそっと騒いでも気づかれませんよ。他のテントとも相当距離空いてますから」


「いや、そういう問題じゃ・・・」


「お兄さん・・・」


 姫乃咲さんの顔が俺に近づいてくる。その美しい顔、美しい瞳を眼前にして、俺の頭は真っ白になっていく。その時、脳天が叩かれた感触がした。この叩き方、岩女か?だが、その衝撃で走馬灯のように姫乃咲さんと出会った図書館の情景が頭に広がる。彼女は短編集を手に取り、好きな物語があると言った。天使の話だ。


「そうか。だから図書館であの本を・・・」


 俺は姫乃咲さんと図書館で出会ったあの日を思い出す。彼女が好きだと言った短編集にあった一つの物語。天使の話だ。あれは、姫乃咲さんが好きだと言った理由が今わかった気がする。


 俺の唇を奪おうとする姫乃咲さんの瞳を覗く。うっとりと潤ませるその瞳の奥に、わずかだが躊躇いがあることに、俺は気づいてしまった。


「あっ、痛い」


 俺は指の腹で優しくパチンと姫乃咲さんの額を叩いた。


「抱いて欲しいなら、抱くよ。でも、それは君が本当に女としての自分を受け入れてからだ。迷ったまま事を進めるのは、きっと後悔すると思う」


「・・・お兄さんにはお見通しか。ほんと、鋭いのか鈍いの化、分からないなぁ」


 声もあげず、静かに涙を流しながら、姫乃咲さん、いやルイは俺に語った。


「最近発見された奇病をご存知ですか?ホルモンバランスを崩れて、性別があやふやになっていく病気を。この病気は、どんどん女性ホルモンが増えていき、体が女っぽくなるんです。それどころか、この病気は骨格や体の構造そのものもより女性らしくしてしまうんです。この胸もそう。お兄さんと会った時は、まだそれほどではありませんでした。でも、お兄さんと女性として接していくうちに、どんどん膨らんでこんなことに・・・」


 奇病。この言葉に、俺も反応せざるを得ない。今世間では謎の奇病が発生している。それは俺のように一年経過すると死に至る病だけではなく、今までの医療の常識を覆す病が多数確認されているのは聞いていた。


 俺はもう死にゆく身なので、興味を失ってそれ以上調べることはしなかったが、まさかそんな奇病も存在していたとは。ルイの説明によると、性自認のあり方によって体の変化も左右されてしまうらしい。ならば、ルイは男性の体でありながら心は女性ということになるのではないか。


 だが、今までの話を総合すると、姫乃咲ルイという人物は男性とも女性とも交際した経験があり、最終的な行為も経験している。となると、彼の性別の軸は一体どこにあるのだろうか?その答えは本人しかわからない。


「僕は一体男なのか、女なのか。って顔してますね」


「あっ、その・・・ごめん」


 これはとても繊細な話題だ。これは経験した当の本人にしか分からない葛藤や苦悩があるだろうに。かえって気を使わせてしまうとは申し訳ない。


「元々ですよ。元々、僕は自分が男なのか女のか分かってません。子供の頃からです。子供の頃から、かわいい服だったり化粧にも興味持ってましたし、憧れていたりもしました。反面、男としての感性もちゃんと持ってました。だから、初めての恋人も女の子でしたしね。


でも、僕はなぜか男の人も好きになってしまった。心の底から好きだったんです。彼氏のこと。悩みましたよ。体は男だけれども、自分の本質は男なのだろうか、女なのだろうかって。


でも、大人になってからも、その答えは出なかった。どころか、いよいよ女性としての自分を感じる時も増えてきてしまいました。女装を始めたのも、それがきっかけです。でも、失敗しましたね。女装をすればするほど、周りからも女として見られ、女として性愛の対象に見られ、でも、悪い気がしなかった。むしろ嬉しかった。


そんな時に、この奇病に罹っていることがわかったんです」


「病気の影響で心にも変化が生じているということなのかい?」


「ゼロではないと思いますが、他の症例を聞いてもいますが、あまり関係ないと思います。これは僕が抱える心の問題なんだと思います」


 なんて言っていいかマジで分からない。こんな時に気の利いた一言を言えない自分が口惜しい。


 何を口にするべきか困り果てていると、ルイは俺の体に顔を埋め、肩を振るわせ始めた。


「僕がお兄さんを押し倒したのは、お兄さんに抱かれれば自分はどちらで生きればいいかわかるかもと、下心があったのは認めます。でも、それだけじゃない。今の僕は、私はあなたを女として好きなんです。でも、男同士で友達でいるのも楽しくて、嬉しくて、僕はあなたとどちらで接したいのか、はっきりとわからないんです。自分でも、男でいたいのか、女でいたいのかすらも、もう分からないんです!でも、どうか、お兄さんのことを大切に思っていることだけは信じてください。どうか、お願いします・・・」


 涙をこぼし、肩を振るわせ懇願するルイ君をそっと抱きしめる。一体、どれほどの勇気を振り絞っただろう。これほど重大な事を軽々しく言えるわけがない。それでもルイは俺に話してくれたのだろう。


「ありがとう、ルイ。話してくれて、ありがとう」


 ルイは泣きながら、静かに頷いた。


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