第六話 深窓の令嬢、再び
ルイさんの神紋についてはとにかくわからないことだらけだ。そもそもルイさんが同性愛者と呼ぶのも、証拠もないのに決めつけてはいけない。状況からしてその結論に至るのではないか、という程度の話だが、だとしてもそれは非難されるべきことではない。
それに、だ。黒島さんの件でも、必ずしも色恋の縁が結ばれるわけではない事は実証済みだ。ルイさんがもしそのような縁をご希望だとしたら丁重にお断りするしかない。
だが、ルイさんを見て、内心ドキッとしてしまった自分がいるのも確かだった。
俺は未だかつてあそこまで中性的かつ容姿端麗な人間を見たことがない。まさに性別を超えた人間の美しさを体現したかの如き姿は、深窓の令嬢、姫乃咲さんの双子と聞いて大いに納得する美貌なのだ。あの容姿ならばどんな女性もイチコロだろう。男の俺ですら見惚れてしまうほどなのだ。それに比べて、毎日鏡で見合わせる自分の顔ときたら、涙が出そうだ。
やめよう、こんな話は。こんなことを言ったら両親に申し訳ない。大事なのは、容姿より顔つき、朗らかで笑顔が溢れ、清潔感があれば
女性から毛嫌いされることはなかろう。
「あっ、このタイプもいいですね。お兄さんの家とは違いますけど、これはこれでおしゃれですね」
隣で姫乃咲さんがトレーラーハウスの雑誌を楽しそうに読みながら俺に話しかてけくる。
「えぇ。確かに、オシャレですね。姫乃咲さんのセンスはさすがですね」
ここは地元の図書館。今日は天気も晴れ風も涼しいので、図書館で借りた雑誌を早速外のテラス席で読んでいるのだ。一つの雑誌を、二人肩を並べて。
姫乃咲さんは俺のことを「お兄さん」と読んでくれている。よせばいいのに、明らかな中年であり、本格的に加齢臭が漂い始めておかしくないおじさんの俺をお兄さんと読んでくれるなど、天使か。この人は天使なのか。心まで美しいなんてずるい。
そんな彼女と過ごすひと時は、それはそれはとてもとても素敵な時間だ。こんな美人と仲良く雑誌を眺めるなど、俺の人生の予定には決してなかったことだ。それは良い。問題なのは、周りの視線だ。とにかく周りの視線が痛い。
姫乃咲さんの美貌の前に、周囲を歩く人々は男女問わず目を見張り、中には感嘆の声を上げる人すらいる。顔を赤らめ、こんな美人がこんな場所にいるなんて。そんな表情を見せる。
そして、隣に座っている俺を見て、実にさまざまな反応を見せてくれるのだ。明らかに彼女に見合っていない、さえない中年男性を見て女性は驚きや恐れを顔に浮かべ、なんならヒソヒソ声が聞こえてくる。男衆に至っては、羨望の眼差しから敵意から殺意まで実に奥深い表情とオーラを放っている。
姫乃咲さんは気にも留めていないが、俺からしたら好奇の目に晒され、落ち着いて読書どころではない。だが、楽しそうに雑誌を読む彼女に、場所を変えましょうと言う勇気が出ないでいた。
「そういえば先日、弟がお兄さんのお宅に伺ったそうですね」
「あっ、ルイさんから聞きましたか?素敵な弟さんですね。双子とお聞きしましたが、本当にそっくりですね」
「はい、双子なので。弟は、お兄さんのことを気に入ったようでしたよ。親切で礼儀正しくて、誠実な人だって」
「照れるなぁ。ただ家を紹介しただけなんだけど」
社交辞令でルイさんが言ったであろうが、やはり人間褒められると弱い。俺はすっかり気を良くしたチョロいおじさんだ。チョロおじと呼んでくれ。
「それに、素敵な人って言ってましたよ」
「す、素敵?あははは。それは、ありがたいですね」
神紋の件が脳裏をよぎる。素敵なんて言われて、言葉に含みを感じてしまうのは俺の先入観のせいだろう。
「ちなみに、ご結婚はされてないんですよね。してたら、トレーラーハウスには住んでいませんか」
姫乃咲さんは豪快に笑ってみせた。見かけは御令嬢なのに、中身はまるで天真爛漫な元気な女の子。これが俺が思う姫乃咲さんの印象だ。だが、ルイさんもあの年で曲がりなりにも家を買おうとしているのだから、やはりお金持ちには違いがないのだろう。
「私、弟が羨ましいです。写真、見せてもらいました。とっても素敵なおうち。私も、見せてほしいくらいです」
「そうなんですか?でも、姫乃咲さんからしてみると多分、地味でおしゃれじゃありませんよ。焦らずとも、いずれルイさんの手に渡る家ですし、無理しなくとも」
「今、見たいんです。来年ではなく、今」
その可愛い仕草、声、視線、全てが美の極地を表現しているのではと思うほど、姫乃咲さんが湛えている小悪魔的な微笑は、俺の脳を引っ掻き回した。
普通に考えれば、絶好の機会だ。これほどの美女が家に遊びに来る。しかも、縁結びの女神によって結ばれたご縁の相手が。神が身元を保証しているのだ。何も警戒することも不安がることもない。だが、やはり女性を招くには時期尚早ではないか?まだ会って二回目なんですけど?!
姫乃咲さんは俺をじっと見据えたまま動かない。俺の答えを待っている。
「・・・。その、家に来ていただくのは構いません。でも、その、なんというか・・・」
「なんというか?」
目力が強い。顔はにこやかに笑っているが、目だけで凄まじい圧プレッシャーを感じ、さっさと家を見せんかいという気迫すら感じる。
「・・・はい。あまり綺麗じゃありませんが」
姫乃咲さんはニッコニコだ。まったく、とんでもないほど積極的だ。岩女め、いくらご縁が結ばれているにしても、展開が早すぎじゃないか?だが、もはや逃げられない。すでに腕はがっちり組まれ、車へと半ば引きづられているのだから。
「私、なんだか悔しいんです。先に弟がお兄さんの家を見たことが」
車で俺の家へと向かう道中、姫乃咲さんは突拍子もなく口にした。
「私が最初にお兄さんと会ったのに。雑誌で素敵な家を一緒に眺めたのに。私、あの時思ってたんですよ。お兄さんと仲良くなったら、お兄さんのお家を見せてもらおうって。なのに、私じゃなく弟が先に見ちゃった。なんか悔しいんです」
「そうなのか?でも、たまたまだから仕方ないんじゃないかな?ルイ君も前からトレーラーハウス探していたみたいだし、偶然家を見に来たのが俺の家だっただけだから、悪くいうのもなんだかかわいそうだよ」
「お兄さんは、優しいんですね。弟も言ってましたが、いつもそんな優しいんですか?」
「どうだろうね。俺は普通にしているつもりだけど」
「優しい人は、長生きしますよ」
「ははは、そりゃ嬉しい」
何気ない彼女の一言に、俺の心は目を背けている現実に意識が持っていかれてしまう。当然、彼女は俺の病気のことなど知らないし、悪意もないのも間違いないが、だが、ふと自身の病気のことになると、心がジクジクと痛むのだ。
車を自宅の駐車場に停め、姫乃咲さんに俺の家を案内する。姫乃咲さんは、先ほどとはうって変わって静かになっている。てっきりがっかりしているのかと思ったら、静かに感動している様子。
俺は彼女が家の外観を眺めているうちに簡単に家の中を整理し、コーヒーの用意をする。ちょうどお湯が沸いたくらいのタイミングで姫乃咲さんは俺の家へと入ってきた。
「やっぱり素敵なお家ですね。私が住みたいくらい」
どうやら、姫乃咲さんも俺の家を気に入ってくれたらしい。俺はルイさんの時と同様コーヒーを淹れ、彼女に差し出した。




