第五話 薔薇の匂いは芳しく
どういうことだ?俺の今回のご縁は二人も結ばれていたのか?俺は家の中から窓越しでルイさんを眺めていた岩女に目配せする。
絶句した表情。岩女は手で口元を抑え、驚きを隠せないでいる。
「失礼、顔を拭いてきます。少々お待ちを」
早足に家の中へ入り、岩女に詰め寄る。
「おい、これはどういうことだ?!彼、男だよな?!なんで神紋が浮き出てるんだよ!なんのつもりだ!」
岩女はその逞しい手をブンブンと振り、自分に責はないと猛烈にアピールしている。
「私も知らない!なんで?彼男なのに。」
「お前が知らなきゃ誰が分かるってんだよ」
「はっ・・・。まさか、奏上奉った内容が、正しく伝わらなかったとか?」
「それって、誤発注ってことじゃねぇか!ちゃんとしろよ女神!まさか俺に男とイチャイチャしろと?悪いが俺は異性愛者だ!同性愛は否定しないが、性的嗜好が違う俺に強要するな!」
「待って、私も何が起きてるかわからないのよ!大神様に確認してくるから、ちょっと待ってなさい!いいわね!」
お互いにヒートアップし息が切れたので、しばらく息を整える。
「・・・あぁ。そうしてくれ。でも、本当になんなんだ。一度の縁結びで二人も結ばれるなんてあるのか?」
「可能性として考えられるのは、彼の場合のご縁が異なる事象であるということね。あなた知ってる?縁結びの神様が結ぶのは恋の御縁だけではないということを」
「え?そうなの?縁結びって色恋の話じゃないの?」
「それはあくまで御縁の一つに過ぎないわ。縁は人と人、あるいは物事と結ぶもの。例えば、ルイって子に関していえば、あなたはあの子が望むものを湯ぜってくれる人としての御縁が結ばれたと考えることができるわ。普通に考えればそれが妥当だと思うけど、とにかく大神様に確認してるから、あなたは引き続きお茶を楽しんでなさい」
まるで逃げるように岩女は、ふっとたち消えて見えなくなった。なるほど、確かに、俺たち日本人は何かにつけて御縁という言葉を使う。色恋だけではなく、例えば就職先、そこで出会う人、新しく手に入れた道具達、例を挙げれば枚挙にいとまがない。
「ひとまず、顔を拭いて戻るかぁ・・・」
心を落ち着かせ、顔を拭き席に戻る。ルイさんの額からはもう神紋が消えていた。これは、黒島さんの時も姫乃咲さんの時もそうだった。俺が神紋を確認すると、自然に消えているのだ。
俺は妙な緊張感を感じつつも、お店の人とルイさんとコーヒーを飲み終え、具体的な譲渡について話し合った。まだ何度かやり取りする必要はあるだろうが、今年の冬までに決まればいい。それに、ルイさんの反応からして、この家を気に入ってくれたようだし、これで胸のつかえが一つとれた。
すっかり日も落ち、片付けたコーヒーカップを洗っていると、岩女が音もなく帰ってきた。その表情は、いたって平静で感情が読み取れない。
「おかえり、女神様」
「ただいま。待たせたわね」
「いいや、いいさ。それで、大神様からお話は聞けたのかな?」
「まぁ、話はできたけど、ひたすらはぐらかされたわぁ・・・。時が経てば分かるって、そんなこと言われたってねぇ」
見るからに疲れが見える。肩の落ちようや顔色からして徒労だったのだろう。なんだか、こちらまで悪いことをしたような気になってしまう。
「なんか、悪かったな」
「いえ、いいのよ。私も何が起きたか知りたかったし。でも、久々に疲れた気がする」
どさっとソファに倒れこんだ岩女の背中は哀愁が漂い、あまりに哀れだ。俺は労うべく御神酒を用意し、そっと差し出す。
「大神様はとてもお優し方なのよ。私が神様修行を始めた時も懇切丁寧に教えを授けていただいた。何かあればいつでも尋ねて話を聞いてくれていたのに、今日に限ってなんであんなにはぐらかすのか」
「あのご縁は、お前が言った通り色恋以外の縁が結ばれたってことでいいんじゃないか?実際、彼はいい人だったよ。安心してこの家を譲れる」
「そっか。あなたには現実的な問題がまだあったのね」
珍しく岩女は感傷的になっている。いつものように馬鹿みたいに元気でアホな事も言い合える岩女が、これじゃこちらの調子が狂う。
「まぁ、こういう時は酒でも飲んで忘れようぜ」
「あんたほんとに優しいのね」
「酒飲む前に顔洗ってきな。すごいことなってるぞ」
振り返った岩女の顔は、涙と鼻水が垂れ子供が泣いた顔のように汚れていた。顔の凹凸がある分、人より汚れてしまうのだろうか。岩女には悪いが、面白い顔でたまらない。
「顔洗ったら酒をいただくわ。あなたも付き合いなさい!」
「へいへい、お付き合いいたしますよ」
「ちなみに、なんだけどさ。縁結びって色恋以外にもあるんだろ。思ったんだが、神様ってご縁の種類をどうやって見分けるんだ?紅い神紋でどうやって見分けるんだ?魂みたいに他に見分ける方法があるのか?」
「それは簡単よ。色が違うのよ。青や緑、黄色とか、園の種類によって違うわね。って、あれ?」
「彼、紅かったよね?」
「紅かった・・・。でも、私じゃないから!私は彼とあなたを結んでなんていないから!信じて!」
「お〜ぅ・・・。やっぱりそういうことになるのか・・・」
俺は同性愛は否定しない。なぜならば、愛するということに本質的に性別は関係ないと思っているからだ。だが、性的嗜好はあると思う。そしてそれは個人の問題だ。
現時点では、異性愛者である俺に、同性愛者の男性との縁が結ばれた格好になるが、だが待て。焦って結論を出すのはいけない。ひょっとしたら、あのルイさんは極めて愛の器が大きい人物なのかもしれない。そう考えるとまた違った見方もできる。
俺はあの女神にイチャイチャ目的の縁結びを願った。だからこそイチャイチャする相手と結ばれていると思っていたが、ルイさんは性別を超えたより本質的なイチャイチャをもたらしてくれる人物なのかもしれない。それが如何なるものかは、恋愛の浅学無知な俺には皆目見当もつかないが。
縁結びの大神様も時が経てば分かると言っているのだ。ここは焦らず、状況を静観しよう。そう思いながら胸の鼓動を抑え、岩女と酒を交わすのだった。




