第二話 深窓の令嬢
俺と岩女は二手に別れ再度図書館内をくまなく探した。我が地元の図書館はそれなりに新しく大きい。しかも、今日は平日のはずだがやけに人が多い。女性利用者はざっと数十人。そのうちイチャイチャ相手になりそうな歳の頃の女性だけに絞ってみても、五人以上はいる。
その十人を超える女性の中の一人が俺のイチャイチャする御縁が結ばれると思うと、下卑た目で見てしまう自分に途端に嫌気がさす。本も探さずイチャイチャ相手を探して歩き疲れた俺たちは徒労感を隠せず、一旦図書館のラウンジへ撤退し、休憩と緊急作戦会議を開催した。
「女神よ、どうする。これでは埒が開かない」
「参ったわね。まさかこんな事が起こるなんて、前代未聞よこんなの」
「確認だが、間違いなくこの図書館にいるんだよな?」
「それは間違いないわ。縁を結んだ子は確かにここにいる。でも、魂の在処は私にはざっくりしか分からないから、個別で判断するにはやっぱり魂の光りを見ないと分からない」
「神紋がなければ俺には見分けがつかないし、こりゃお手上げだな。かといってな〜、しらみつぶしに声をかけるなんて真似もできないし」
「それこそ、あんたには荷が重そうね」
「そういうこと。でもまぁ、時間経てば神紋見えるようになるかもしれないし、久々図書館に来たんだ。のんびり本でも見ながら神紋が現れるのを待つか」
「随分気長ね。でも、あんたがそれでいいなら、その方法でいきましょうか」
俺は席を立ち、図書コーナーへと向かう。実は図書館に来たのは久々だ。元々読書家ではないが、だからといって全く本を読まない人間でもない。今まで仕事にかまけて読書から遠のいていたが、久々に来た図書館に少しワクワクしている自分がいる。たまには本棚を眺めて読みたい本を探すのもいいだろう。
「ごめんなさい。うまくできなくて」
蚊の鳴くような声で、岩女はポツリと謝った。随分としおらしくなっている。その立派な筋肉と体躯が泣くぞ。
「いや、謝ることなんてないじゃないか。ここまでお膳立てしてくれてるのに、文句を言ったらバチが当たる」
「あなたは、優しいのね」
「それぐらいしか、取り柄はないしな」
どうも、岩女は俺の縁結びの相手が見つからないことにだいぶショックを受けているようだ。俺としては、ここまで色々とサポートしてもらっていてむしろこっちが申し訳ないのだが。どことなく気まずい空気が流れてしまったので、話題を変えるとしよう。
「女神もせっかくだ、図書館で気になる本を探すといい。俺がまとめて借りておくよ」
「あら、じゃあお言葉に甘えるとするかしら」
「焦ることはないさ。せっかく図書館まで来たんだから、楽しもう」
「そうね、そうしようかしら」
岩女もその重い腰をあげ他ので、再び図書コーナへと舞い戻る。気持ちを切り替え、一図書館利用者として、本を探して見ることにしたわけだが、さて、どんな本を探そうか。
岩女は早速フヨフヨと宙を飛んで本を探しに行ったが、俺はひとまず当てもなく図書館のメインとなる通路をのんびりと歩いてみることにした。
すっかり世情に疎くなってしまった俺には、今時の流行やトレンドなんぞ知るはずもなく、当然人気のある本も分からない。記憶を保持繰り返しながら、昔読んだ小説でも探してみるかと、小説コーナーを探し歩いた。
小説コーナーの本棚にはびっしりと本が詰まっているが、パッと見どれも古めかしい本ばかりだ。名作と謳われる小説ばかりが目立つが、その中で懐かしいタイトルの本を見つけた。
それは“短い恋の物語”というなんとも具にもつかない恋愛小説の短編集の本だった。これは俺が恋に目覚めて頭が浮かれポンチになっていた思春期の頃に出会った昔懐かしの本だ。なぜこんな本が記憶に残っているのかというと、この小説の恋愛短編の中に、当時とても記憶に刻まれた話がいくつかあるからだが。そのうちの一つの話はこうだ。
物語の主人公には恋人が二人もいた。一人は女性。もう一人はなんと男性だ。主人公はあまりに美しい中性的な姿のため、男性からも女性からも恋の対象として絶大な人気を得ていた。
彼氏といる時は、女性の服に身を包み、化粧をして男の恋人が望む女性として振る舞い、彼女といる時は男性の服を見にまとい、逞しさを見せつけ、女の恋人が望む男として振る舞っていた。主人公は二つの性の視点で恋を楽しんでいたのだが、それぞれの恋人との関係が深まる中、主人公は苦悩を味わうことになる。
なぜなら、主人公は両性具有の体を持った天使だったからだ。それぞれの恋人に夜を共にすることは求められた天使は、男性でもあり女性でもあるその体を晒すべきかひどく悩み、結局恋人達とは夜を共にすることなく、天界へそそくさと帰ってしまった。そんな流れの物語だ。
何が言いたいのかなんのこっちゃ分からないお話で、短編とはいえ読み切った自分を褒めたくなるような物語だったのだが、実はこの短編の作者は若くして亡くなっており、かつ性自認で苦悩していた人物が書いた物語と聞いて、俺はその感想を持ったことをひどく恥じたのだった。
さらに記憶は蘇り、その短編の最後に飾られた挿絵を思い出す。挿絵には物語の主人公である天使の姿が描かれていて、笑っているとも、泣いているとも見える物憂げな表情がとても美しく、当時思春期を迎えていた俺はドギマギさせられたのだった。
まさか、こんなところであの本に出くわすとは思わなかった。懐かしいので、その本に手を伸ばしたところ、隣からにゅっと細い手が伸びてきた。
「あっ、ごめんなさい」
本を取ろうとした俺の手と、横から伸びてきた手がぶつかってしまった。
「こちらこそ、すいません。痛くありませんでしたが?」
ぶつかった手の主を見る。そこには長く美しい亜麻色の髪をした美しい女性が俺と同じ本を手に取ろうとしていた。目鼻立ちが整い、まるで精巧に作られた西洋人形のような顔をして、身につけている服も真新しい。気品が漂い、その上品さにむせてしまいそうだ。そんな深窓の令嬢とでも呼べる雰囲気を醸し出してあまりあるこの女性に、俺は思わず見惚れ、じっと見つめてしまった。
しばし女性と目が合い見つめ合う形になってしまったが、口を先に開いたのは女性だった。
「僕の顔に何かついてますか?」
僕?僕っ子?!深窓の僕っ子お嬢様?!!属性盛りすぎな気がしないでもないが、俺は人生で初めて遭遇した僕っ子に必死で動揺を隠そうと取り繕った。俺はその時ようやくじっと女性の顔を見つめていたことに気づき、謝罪した。
「すいません、今日見かけた女性で一番綺麗な人だと思ったもので」
しまった。何を言っているのだ俺は?口が滑ったにも程がある。穴があったら入りたい!だが、これは俺の本音だ、神紋がついた女性を探し回り、全ての女性の顔を見たが、ダントツで美人だったのはこの女性だったからだ。
こんなセリフを聞かされ、女性は目を丸くしている。だが、女性はまるで子供がいたずらするような表情で微笑みながら俺に話しかけてきた。
「この本、どんな内容か知ってますか?」
「えっ?あぁ、はい。昔読んだことがありますよ。印象深い短編があって、久々に読んでみようかと思いまして」
「そうですか。ちなみに、どの短編ですか?」
「天使が出てくるやつです」
「なるほど、あなた面白い完成をお持ちのようですね」
女性はニコッと笑った。と同時に、額に紅い光が滲み出し、円を描いていく。円の中にも紅い光は線を描き、女性の額には岩の神紋が浮かび上がり煌々と輝き出した。




