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余命一年恋物語  作者: 榊 珠江
一のご縁 絵描き女子

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第十二話 元カノ

「あれは十数年前。俺がまだ二十代中頃の年齢だった時の出来事だ。あの頃は、俺には彼女がいた。二つばかり年下の可愛らしい女の子だった。おしゃれや化粧が、今どきの若い子っていう見た目の割には、中身は随分と大人びてて、自分ってものを持っていた。立ち居振る舞い、言葉遣いや話し方からして、しっかりとした大人の女性という印象だったよ」


「その元カノさんとは、どこで出会ったのかしら?」


「出会いか?出会いはなかなかロマンチックだったぜ。このあたりは車を少し走らせれば海に出れるんだが、休みの日に海に一人で出かけたんだ。なんだか急に海が見たくなってね。道すがらおにぎりを買っていって、それを食べながら浜辺を歩いていたんだ。そしたら、頭上で飛んでいたトンビにまんまと掻っ攫われてさ。悔しがってたら、笑い声が聞こえてきたんだ。振り向いたら、そこに元カノがいた」


「あらあら。恥ずかしいところを見られたものね」


「面白いのはこの後だよ。盛大に俺を指差して笑っていた彼女も片手にパンを持っていてさ」


「まさか・・・?」


「そのまさかさ。彼女も見事にパンをトンビに掻っ攫われた。俺は彼女に笑われたことに少しムカついてたから、指差して笑い返してやろうとしたんだ。でも、パンを取られた彼女は、パンを掻っ攫ったトンビをじーっと見つめているうちに涙ぐみはじめちゃってさ。あんまりにも悲しそうだから、声をかけて新しいパンを買ってあげることにしたんだ」


「事実は小説よりも奇なり、ってやつね。そんな出会いもあるなんてね」


「まったくだ。こんな出来事があったおかげで俺達は出会えた。相性も良かったんだと思うよ。すぐに意気投合して仲良くなった。付き合うまでにそう時間は掛からなかった。付き合ってからも、喧嘩することもなく、仲良くいられていたと思うよ。あの時は本当に幸せだったなぁ。結婚まで考えたくらいだからな」


「なのに、別れちゃったの?」


「あぁ・・・。別れたいなんて俺は一度も思った事はない。あれは彼女が雪が降る景色を見たいと言ったから、二人で雪国に旅行した時のことだった。あの日は大雪で、しんしんと振り続ける雪の中、宿に向かって歩いてたんだが、派手にスリップしてきたトラックが俺たちを撥ねたんだ。何が起きたかわからなかったよ。強い衝撃を感じたと思ったら、知らない天井を見つめチューブを体中につけられていたから何事かと思ったよ」


「あなた、まさかそれって・・・」


「俺は奇跡的に一命をとりとめた。だが、彼女は・・・、ダメだった。即死だったそうだよ。苦しまずに死ねたのが、せめてもの救いだったかもしれないがな」


「・・・。そうだったのね。別れたとはそういう意味だったのね」


「あぁ。あの日、事故が起きなければ俺はプロポーズをしようと決めていたけど、結局叶わずだ。いまだに渡せなかった指輪を後生大事に持ってるときたもんだ。情けない話だぜ」


「そんなことはないんじゃないかしら。その、もしよかったらその指輪を見てみてもいいかしら?」


「指輪を?まぁ、別に構わないが・・・。ちょっと待ってくれ」


 俺は棚から大事にしまっておいた指輪を取り出す。そういえば、この指輪も取り出してみるなんて事はいつ以来だろうか。彼女が亡くなったてしばらくは感傷に浸って眺めることもあったが、今ではもうそれもしなくなった。


 取り出した指輪ケースは、あの時から本当に時が止まってしまったかのように、今も何も変わらずある。蓋を開けると、新品の光沢を残したままだ。


「ほら、これだよ」


「ありがとう。ふむ・・・。あなたにしてはいいセンスしてるんじゃない?自分で選んだの?」


「もちろん。ケースの前でず〜と指輪と睨めっこしてたら、店員さん渋い顔してたっけ」


「なにそれ。面白い話ね」


 岩女は、しげしげと指輪を眺めている。やはり、岩女といえど女であることには違いない。何か、感じるものがあるのだろうか。心なしか、目が潤んでいるように見える。いや、顔がゴツすぎて目元が暗くてそう見える気がするだけだが。


「・・・。指輪、つけてみてもいい?」


「いや、それはダメだろ。ってか、そもそもお前の指のサイズに合わないし」


「ああぁ、ごめんなさい、ごめんなさい。ついね・・・」


 岩女はとてもバツが悪そうに、指輪ケースををそっと俺に返してきた。珍しい、豪放な性格かと思いきや、こんな繊細な一面を持ち合わせていたとは知らなかった。だが、前に岩女が言っていた気がする。神は元人間であると。


 ひょっとしたら、岩女も何かしらの悲劇に見舞われてことがあるのかもしれない。人生色々だが、こうして神なる存在がいる以上、霊魂的な存在はもはや疑いようがない。


 さっきの言葉も考えれば、いわゆる輪廻転生的なこともあるのだろう。であれば、この岩女もかつては一人の女として様々な経験をしてきたのだろうか。だが、それを推察するのも野暮というものか。


「ところで、あなた。一つ聞いてもいいかしら。あなたはもし彼女と会えるとしたら、会いたいと思う?」


 やけに神妙な面持ちで質問をしなさる。だが、今のセンチメンタルな感情に浸っている俺の答えは決まっている。


「会えるなら会いたいさ。俺が人生で最も愛した女性だ」


「でも、今のあなたはイチャイチャしたいのよね?」


「そうだよ。でも、先にあの世へいってしまった人間を思い続けるのは、よくない気もしたんだ。まるで彼女の魂をこの世に、というか、俺に縛りつけようとしているみたいでさ。最初会った時に言ったように、下心もないわけじゃない。このまま一人寂しく逝くのは嫌だし、少しくらい男の喜びだってまた感じてみたい。でも、まさか俺の体が役にたななくなっていたとはなぁ・・・」


「そうか・・・そうなのね・・・」


 岩女は天井を見つめ、黙りこくってしまった。


「あなたの命はまだあるわ。諦めるには早い。ちょっとだけ時間をよこしなさい。次の縁を見つけてくるから」


「えっ?いいのか?縁結ばれたって言ってたし、これで終わりかと思った」


「まだあんたの本意は叶ってないでしょが。これも何かの縁。本願成就するまで付き合うわよ。残り時間も決まっているわけだし」


「それはありがたいことだ」


 女神への感謝の念が絶えない。だが、どのみち俺はイチャつくことはできても、最後まで関係を持つことは叶わないだろう。今回の件で確信した事がある。俺は、もはや男としての機能を失っていた。黒島さんを抱かなかったのは彼女を慮ってのことだけではなかったのだ。


 歳かなぁ。そんな情けない気分に支配される。この男として不能となった原因は、余命宣告を受けた病気とは無関係であることは承知している。おそらく、メンタルだ。元カノの一件で、俺は男として既に死んでいたのだと、そう痛感した。

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