最上級魔法
GW楽しんでますか?応援よろしくお願いします!!
灰燐窟の入口をくぐると、外の光が少しずつ遠ざかっていった。
壁には灰色の岩肌が続き、ところどころに淡い燐光のような粒が浮かんでいる。足元は思っていたより歩きやすい。入口からしばらくは道も整っていて、壁には本部のものらしい目印が打ち込まれていた。
「結構整備されてるのね」
「一応、まだ安定型ダンジョンっスからね」
リィナが先頭を歩きながら答える。
「この辺りは低ランクの冒険者が訓練で入ることもあるっス。もちろん、範囲は決められてるっスけど」
「ダンジョンなのに?」
「管理されてる場所なら、危険を学ぶにはちょうどいいっス。どこに何が出やすいか分かってるし、撤退路も整えられてるっスから」
なるほど。
ダンジョンというだけで危ない場所だと思っていたけれど、安定型なら危険そのものも管理の中にあるらしい。
「アトラさん、何か感じますか?」
後ろからアリシアさんに聞かれる。
少し意識を澄ませてみる。
マナは濃い。王都周辺や風渡りの森よりも、ずっと空気の中に満ちている。けれど、それ以上の違和感は見つからなかった。
「マナが濃いだけで特に異常は……」
「正確には、ここで濃いのは魔素ですね」
アリシアさんが少しだけ補足する。
「アトラさんが感じ取っているものは、マナと魔素の両方に近いのかもしれません」
「両方……」
「簡単に言えばマナは体内を巡る魔力、魔素は土地や空気に漂う魔力です。」
と言いながら手元の記録板に何かを書き込む。
「魔素濃度は高め。ただし、入口付近では異常な偏りなし……と」
「アーちゃん、真面目っスねぇ」
「記録係なので」
リィナが笑い、姉さんも小さく肩を揺らした。
そのまましばらく進む。
途中で小型の魔獣が二度ほど現れた。灰色の毛並みをした鼠型の魔獣と、岩に擬態していた蜥蜴型の魔獣。低ランクの冒険者でも慎重に対処すれば安全に倒せる程度とのこと。
「はっ!」
姉さんの氷華細剣が閃く。
魔獣の動きを止めるように、外側から道を切っていく。
逃げ場が狭まったところへ、リィナが一歩踏み込む。
「そこっス」
軽い声と一緒に拳を、振るう。
魔獣の体が、糸を切られたみたいに床へ沈んだ。
強い。
改めてそう思う。
ニックさんと戦った時も感じたけれど、本当に強い人の動きは無駄が少ない。
「リィナって、普段から気術を使ってる?」
思わず聞くと、リィナが少し目を丸くした。
「使ってるっスけど……よく分かったっスね?」
「ニックさんから聞いたんだ。自分は普段から気術を使ってるって言ってたから」
「ニックさんと面識あるんスか?」
「Aランクの試験官がニックだったのよ」
姉さんが答えると、リィナは納得したように頷いた。
「あー、なるほどっス。あの人なら試験官やりたがりそうっスね」
「知ってるんですか?」
「知ってるっスよ。あたしも気術の使い方、色々教えてもらったことあるっスから」
リィナが拳を軽く握る。
「ニックさん、あれで剣聖じゃないのが不思議なくらい強いっスもん」
「リィナもそう思うんだ」
「思うっス。気術の扱い方ならまだまだ全然敵わないっスよ。」
「……聞けば聞くほどすごい人ね」
その後ろで、倒れた魔獣の体をダンジョンの床が飲み込んでゆく。
「アトラくん、次は右お願いっス」
「はい」
右の壁際から飛び出した蜥蜴型の魔獣へ、火矢を二本放つ。
炎は狙い通りに走り、魔獣の足元と肩口を撃った。怯んだところへ姉さんが踏み込み、リィナが仕留める。
中層に降りたところで、アリシアさんにもう一度確認される。
「アトラさん、何か変化はありますか?」
改めて周囲の魔素を探ってみるが、入口と大きな違いはないことを確認し伝える。
「分かりました。引き続きお願いします」
アリシアさんがそれを記録し、奥へと進む。
◇
中層を抜ける頃には、道の様子が少し変わっていた。
整えられていた目印は減り、壁の燐光もまばらになる。代わりに、奥の方から流れてくるマナの気配が濃くなっていた。
「この先が深層部っス」
リィナが足を止める。
「灰燐窟のコア……正確には、核になる魔素溜まりがある場所っス。今回はそこを確認して、問題がなければ戻るっス」
「魔素溜まりの状態を見るんですね」
「そうっス。変動型に移りかけてるなら、コアの動きに何か出てる可能性があるっスから」
姉さんが氷華細剣を軽く握り直す。
「ここからが本番ってわけね」
「そうっス。気を抜かずに行くっスよ」
深層へ続く坂を下りる。
空気がさらに重くなる。
「アトラさん」
「はい」
「何か変わりましたか?」
「魔素はだいぶ濃くなっています。でも、変な気配はまだありません」
「……そうですか」
アリシアさんは少しだけ考え込み、それから頷いた。
「なら、進みましょう」
その時だった。
奥の暗がりで、何かが動いた。
それは魔獣と呼ぶには、少し違和感のあるナニカだった。
体は獣に近い。四足で、背は姉さんより高い。けれど全身の表面は毛でも鱗でもなく、黒灰色の硬い殻に覆われている。頭部には目らしいものが三つあり、その奥で鈍い赤が瞬いていた。
「……何、あれ」
姉さんの声が低くなる。
「リィナ、あの魔獣知ってる?」
「……いや」
リィナが拳を構える。
「あたしも見たことないっス」
アリシアさんが記録板をめくる。
「灰燐窟の記録にもありません。少なくとも、既知の出現魔獣ではないはずです」
「七聖英雄の二人でも知らない魔獣……」
黒灰色の魔獣が、低く唸った。
三つの目がばらばらに動き、僕たちを捉える。
「来るっス!」
リィナの声と同時に、魔獣が床を蹴った。
速い。
巨体に似合わない速度で距離を詰めてくる。
だが、リィナが拳をぶつける。
鈍い音が響き、衝撃が洞窟の壁に反響する。
黒灰色の前脚が床を削り、石片が弾けた。
「硬いっスね……!」
『グルルァッ!』
魔獣が吠える。
三つの目がぎょろりとリィナを捉え、押し返すように巨体が前へ出た。
そこへ姉さんが横から入る。
氷華細剣が肩口へ伸びる。
殻の継ぎ目を狙った一突きは、硬い音を立てて僅かに傷をつけてから弾かれた。
「っ!」
魔獣の首が横へ振られ、黒い爪が姉さんの立っていた場所を裂く。
物理耐性が高い。
そう判断して、左手から雷弾を放つ。
雷が魔獣の横腹へ走った。
『ガァッ!』
黒灰色の巨体がわずかに傾き、三つの目が赤く光った。
喉の奥で、低い音が膨れ上がる。
『ガァァァァッ!!』
咆哮。
空気そのものが叩きつけられたみたいな衝撃が、正面から押し寄せてきた。
「っ……!」
リィナが腕を交差して受ける。
姉さんは氷華細剣を床へ突き立て、足元へ氷を走らせて踏みとどまる。
僕の前には、アリシアさんの白い光が広がった。
「下がってください!」
透明な結界が衝撃を受け止める。
魔獣の口元に、赤黒い光が集まる。
「来ます!」
アリシアさんの声と同時に、火炎弾が吐き出された。人ひとりを呑み込めそうな赤黒い塊が、真っ直ぐこちらへ飛んでくる。
アリシアさんが杖を掲げた。
「聖壁」
白い光の壁が展開される。
火炎弾がぶつかり、洞窟内に熱と衝撃が弾けた。
光の壁が大きく揺れる。
「アトラくん、今のうちっス!」
「はい!」
火矢を二本放つ。
一発目は肩口へ。
二発目は、姉さんがさっき傷をつけた脇腹へ。
炎が外殻を焦がし、黒灰色の表面に赤い傷を残す。
魔獣が唸り、体を震わせた。
その傷が、ゆっくりと塞がり始める。
けれど、そこで違いに気づいた。
姉さんの氷華細剣でついた傷は、もうほとんど塞がっている。
リィナの拳で凹んだ殻も、内側から押し戻されるように形を戻していた。
でも、火矢で焼いた部分だけは遅い。
焦げた傷口が、再生を拒むみたいに残っている。
「……魔法でつけた傷の方が、治りが遅い」
口に出すと、アリシアさんがすぐに反応した。
「私も確認しました。物理耐性に加えて再生能力があります。ただ、魔法による損傷の回復は遅いようです」
「なら、魔法で押すしかないですね」
「はい。ただし、並の魔法では削り切れません」
もっと火力がある魔法がいる。
「姉さん、リィナ! 一瞬だけ射線を開けてください!」
「分かったわ!」
「任せるっス!」
リィナの気配が一段鋭くなる。
第一脈動状態だ。
一度見ているから分かる。
ここから先のリィナは、ただ速いだけじゃない。
「キャトラちゃん、右脚を止めてほしいっス」
「任せて!」
リィナが踏み込む。
魔獣の三つの目が、同時にそちらへ向いた。
けれど次の瞬間、その視線が迷う。
影狼。
前に出たはずのリィナが、魔獣の視界の端へ流れる。
追おうとした首の動きが、ほんの少し遅れた。
その遅れを、姉さんは見逃さない。
氷華細剣が後ろ脚の関節へ入り、足元へ氷が走る。
黒灰色の脚が床に縫い止められた。
『グルァァッ!』
魔獣が咆哮を上げる。
口元にまた赤黒い光が集まり始めた。
火炎弾を撃つ気だ。
その正面へ、リィナが戻っている。
「烈牙ッ!」
鋭い踏み込みと同時に、拳が入った。
鈍い音。
魔獣の顎が跳ね上がり、集まりかけていた赤黒い光が口元で散る。
魔獣の巨体が大きく沈んだ。
射線が開く。
今なら通る。
一気に体内からマナを集める。
頭上に火が膨れ上がり、巨大な大剣の形を取っていく。熱を外へ散らさず、刃の内側へ押し込める。
洞窟の灰色の壁が、赤く照らされた。
劫火の滅剣。
魔獣の三つの目が、頭上の炎を捉える。
さっきまで何を受けても怯まなかった巨体が、初めて後ろへ退こうとする。
その足が動くより早く、炎の刃はもう振り下ろされていた。
「離れて!」
リィナと姉さんが左右へ跳ぶ。
魔獣が咆哮を上げる。
衝撃波がこちらへ走る。
けれど、もう振り下ろしていた。
炎の大剣が、衝撃波ごと魔獣を断つ。
『ガァァァァァッ!!』
咆哮が洞窟に反響した。
黒灰色の殻が焼け割れ、再生しかけていた傷ごと炎に呑まれていく。
レーヴァテインの刃が、巨体を深く焼き断った。
三つの目が一つ、二つと消える。
最後の一つがしばらく赤く揺れ、ふっと光を失った。
魔獣は動かなくなった。
洞窟の奥に、短い静けさが戻る。
「……倒した?」
姉さんが氷華細剣を構えたまま呟く。
「倒したっス。さすがにもう大丈夫ッスよ」
「記録にない魔獣です。確認します」
アリシアさんが慎重に近づき、魔獣の残骸を調べ始める。
僕も左手を下ろした。
「いやいやいやいや!」
最初に声を上げたのはリィナだった。
「アトラくん、今の何なんスか!?」
「え?」
「いや、え? じゃないっスよ! あんなの初めて見たっス!」
リィナが興奮したようにこちらへ詰め寄ってくる。
その横で、魔獣の残骸を確認していたアリシアさんまで記録板から顔を上げていた。
「あれは、火系統最上級魔法の一つ、劫火の滅剣です」
「最上級魔法……?」
思わず聞き返す。
アリシアさんは、いつもの穏やかな表情ではなく少し興奮した様子だった
「アトラさんは、最上級魔法まで使えるんですか!?」
うーん……どう答えればいいんだろう。




