決着
GW前で更新頻度少なくなってしまってごめんなさい。
「――二重身体強化魔法!」
姉さんのマナが僕を包み、加速させる。
「へえ」
ニックさんの目が細くなった。
「それ、面白いな」
一気に距離を詰めアルクレイスを振るう。
ニックさんの右手の剣が上がる。
ギィンッ、と甲高い音が鳴った。
弾かれるが、止まらない。
返す刃を斜め下から走らせると今度は左手の剣で受けられる。
さらに一歩。
正面。斜め。下から。横薙ぎ。
二合、三合と切り結ぶうちに、ニックさんの笑みが少しずつ薄れていく。
「おいおい……まじかよ」
小さくこぼれた声を置き去りにして、さらに踏み込む。
右手の剣がアルクレイスを外へ流し、左手の剣が次の一太刀を受け、返された刃が喉元へ伸びる。
首を傾けて躱す。
頬のすぐ横を、細い剣先が抜けていった。
そこへ左手から火矢を二本放つ。
ニックさんが右手の剣で一本を裂き、左手の剣でもう一本を叩き落とす。
その瞬間に、また剣を振るう
ギンッ!
刃と刃が噛み合わさる。
「押してる……?」
「あのニックを?」
「本当にBランクかよ……!」
そこへ姉さんが入ってくる
「ハッ!」
氷華細剣が肩口へ伸びる。
ニックさんの意識が、姉さんへ寄った。
右手の剣が姉さんの突きを弾く。
さらに脇腹へ返した刃を、左手の剣で受ける。
姉さんの口元が、わずかに上がった。
ニックさんの視界から外れるように、横へ抜けた僕は3つのマナを一気に練る。
背後に魔法陣が浮かび上がり頭上には巨大な火球。
左右には雷と水属性で作った槍が。
「……おいおい」
と声を漏らすニックさんに3つの魔法が潰すように迫っていく。
右手の剣で火球を裂き、左右から迫る槍はそのまま遠心力を活かして払い切られた。だが、
それと同時に姉さんも詰める。
「っ、……!」
ニックさんの二本の剣が姉さんへ向く、その意識の切り替わる瞬間を狙った。
アルクレイスを低く構え、姉さんの陰を抜ける。
「はぁっ!」
アルクレイスを斜めに振り抜いた。
完璧に捉えたはずだった。今からの防御は絶対に間に合わない。確実に入る。そう思った。
その瞬間ニックさんの腕がブレる。
両方の剣が間に合い、間一髪で割り込まれる。
ギィンッ!!!
今まででいちばん重い音が訓練場に響く。
「っ……!」
ニックさんの体が浮く。
二本の剣ごと押し込んだ衝撃で、そのまま後ろへ吹き飛んだ。
石畳を二度跳ね、転がる前に片手をついて体勢を立て直す。けれど完全には止まりきれず、靴底が床を削って音を立てた。
訓練場が静まり返る。
誰も声を出さなかった。
ニックさんは膝をついたまま、裂けた袖と胸元を見下ろす。
それから、ゆっくり立ち上がった。
「……はは」
小さく笑う。
「こりゃ、やられたわ」
二本の剣が下ろされる。
その顔には、悔しさよりも楽しさの方が強く出ていた。
「もーいいんじゃねぇーか?」
軽い調子でそう言って、ジュードさんの方を見る。
「合格でしかないだろ。」
張り詰めていた空気が、一拍遅れて爆ぜた。
「吹っ飛ばした……?」
「ニックを?」
「嘘だろ、あの二人……!」
ざわめきが一気に広がる。
ジュードさんはしばらく黙っていたが、やがて書類へ何かを書き込んだ。
「試験官がそう判断するならな」
「判断するする。今の見て不合格はないって」
ニックさんが笑う。
「いやあ、強かったなあ」
そこでようやくアルモニストを解く。
息が少し乱れた。姉さんも肩で息をしている。
「……終わり?」
「終わり終わり。これ以上やったら俺も本気でやりたくなっちゃう。」
「やってもいいわよ?」
「お前の姉さん結構戦闘狂?」
「困ったことに、はい。」
「聞こえてんのよ!」
二本の剣を背へ戻しながら、ニックさんが笑ってる。
笑ってないで、つねってくる姉さんを止めてほしい。
そんなやり取りをしていると、ジュードさんが近づいてきた。
「正式な結果は本部で処理する。試験官の評価は合格。手続きが済み次第、お前たちはAランク冒険者として登録される」
「……はい」
「ありがとうございます」
「やったわね!」
「うん」
「帰ったら、カイルたちに自慢できるわ」
「それはほどほどにね」
ギャラリーのざわめきはまだ収まらない。
そんな中、ニックさんが僕たちの前で足を止めた。
「なあ、この後ちょっと時間ある?」
「時間ですか?」
「うん。二人とちょっと話したいんだよね」
そう言って、親指で外を指す。
「近くにうまい店があるんだ。ステーキがうまいんだよなあ、そこ」
「ステーキ……」
「もちろん俺の奢りで」
姉さんの反応が早かった。
「行くわ」
「早いね」
「奢りでしょ?」
「奢りだよ」
「なら行くわ」
ニックさんが声を上げて笑う。
「じゃあ、お願いします」
「よし決まり。じゃ、飯食いながら色々話そう」
ニックさんが楽しそうに目を細める。
連れられて入った店は、本部から少し歩いた大通り沿いにあった。
扉を開けた瞬間、焼けた肉の匂いが鼻をくすぐる。店内は冒険者らしい人たちで賑わっていて、あちこちの席から笑い声と皿の音が聞こえてきた。
「ここのステーキがうまいんだよなあ」
と言いながら慣れた様子で奥の席へ向かう。
「二人とも遠慮しなくていいよ。今日は俺の奢りだから」
「本当にいいの?」
「いいっていいって。沢山動いてお腹すいたろ?」
姉さんの目が少し輝いた。
「じゃあ遠慮なく」
「姉さん……」
「奢りって言ったのはニックさんよ?」
「そうそう。食える時に食っときな」
ニックさんが笑いながら店員に注文を済ませる。
しばらくして運ばれてきたステーキは、皿からはみ出しそうなほど大きかった。焼き目のついた肉から湯気が立ち、切った瞬間に肉汁が滲む。
「……美味しそう」
「でしょ?」
姉さんが我慢できずに口いっぱいに頬張る。
「うん!これほいひぃ!」
「キャトラちゃん、いい食べっぷりだねぇ」
そんなやり取りを聞きながら、僕も一口食べる。
噛んだ瞬間、香ばしさと肉の旨味が口の中に広がった。たしかに、これは美味しい。
「でさ」
ニックさんが肉を切りながら、こちらを見る。
「あの最後のやつって身体強化魔法の重ねがけ?」
「……分かるんですね」
「分かるよ。俺も似たような技つかうしね」
そう言われて、手が止まった。
「もしかして最後の僕の攻撃を防げったのって…」
「うん。あれ、防げたのはそれを使ったから。最後の一撃、絶対入ったって思ったでしょ?」
「……はい」
「だよねえ」
ニックさんは楽しそうに笑った。
「いや、本当は使わないつもりだったんだよ。試験官として、Sランクとして、大人の余裕ってやつを見せつけようと思ってたわけ」
姉さんがじとっとした目を向ける。
「でも、あそこまでやられたら使うしかないでしょ」
肩をすくめながら肉を食べるニックさん。
「その技って、、気術を使ったやつですか?」
思わず聞くと、ニックさんが少し目を丸くした。
「……分かるんだ?」
「はい。ニックさんからは、マナの匂いがしなかったので」
「マナの匂い?」
姉さんが横でちらりと僕を見る。
ニックさんは一瞬だけ黙って、それから声を上げて笑った。
「ははっ! なにそれ、規格外すぎでしょ」
「そうですか?」
楽しそうに言ってから、頷く。
「正解。俺は気術を使ってる」
「じゃあ、試験の間ずっと気術を使ってたの?」
姉さんが身を乗り出す。
「まあね。気術って慣れると常に使ってても使っててもあんまり疲れないんだよ。」
「ずっと?」
「 そう。戦闘時だけじゃなくて生活してる時もずっと。」
「なんかすごいわね」
「そこは経験値の差ってやつだね」
ニックさんが軽く笑う。
「それだけ気術の技量も高くてあの剣技……もしかして、剣聖だったりしますか?」
そう聞くと、ニックさんはひらひらと手を振った。
「違う違う。俺は剣聖じゃないよ」
「違うんですか!?」
「違う。七聖英雄の剣聖は別にいる」
「まあ、誰にも負けない自信はあったんだけどね」
ニックさんは軽く笑いながら、ステーキを一切れ口へ運ぶ。
「でも、今代の剣聖はすごいよ。一度だけ手合わせしたことがあるけど、あれはえげつない」
「ニックさんがそこまで言うんですか?」
「俺が柔の剣だとしたら、向こうは剛の剣って感じかな」
柔の剣。
剛の剣。
今日の試験を思い返す。
ニックさんの剣は、受け流し、逸らし、崩し、こちらの力を利用して間合いを作るものだった。あれで剣聖じゃないなら、剣聖はどれほどのものなんだろう。
「ニックさんでも剣聖じゃないんですね……」
「なんか、すごい世界ね」
「ははっ。まあ、巷じゃ無冠の剣士なんて呼ばれたりもしてるよ」
「無冠の剣士……」
「格好いいじゃない」
「そう? 無冠ってちょっと複雑だけど」
そんな話しているうちに、皿の上のステーキはすっかりなくなっていた。
「……食べすぎたかも」
「姉さん、かなり食べてたもんね」
「だって美味しかったんだもの」
「いい食べっぷりだったよ、キャトラちゃん」
店を出ると、城塞都市の空気が少し涼しくなっていた。
通りにはまだ人が多い。武器を背負った冒険者、荷を運ぶ商人、巡回する兵士。昼間より少し落ち着いているのに、街の熱はまだ残っている。
「今日はありがとね。試験お疲れ様!」
「こちらこそ、ありがとうございました」
「また手合わせしたくなったら言ってよ」
「いいんですか?」
「もちろん。面白い相手は歓迎だよ」
楽しそうに笑ってから、ニックさんは大通りの方へ歩き出した。
「じゃ、またな。Aランク冒険者さんたち」
「……はい」
「またね、ニック!」
その背中が人混みに紛れていく。
「帰ったら、みんな驚くかな」
「驚くでしょ。カイルなんて絶対騒ぐわよ」
「たしかに」
姉さんと並んで、宿の方へ歩き出す。




